不可視の森と申し立て回避の冴えたやり方②


 さてはタランチュラにやられてイカれてしまったんだなと思い言葉を失っていると、ウィッチさんはなんだか涙目になってTシャツの裾を両手でギュッと掴み、少し汗ばんだ両脚をモジモジと擦り合わせている。


 コレは……


 恐らく俺が悪い……。Lサイズのコーラは時に人を殺してしまう。何故、気がついてやれなかったのかと己の不甲斐なさを恥じた。しかし、この状況だ、どうしようもないぞ?

 

「いつからだ?」

「……ついさっきよ。この藪に入ってから……」

「まだ……余裕はあるのか?」

「こんな無駄話してる暇は……ないわ」


 ウィッチは下唇を噛んだ。潤んだ瞳が切迫した状況であることを物語っている。


「俺は……どうしたらいい?」

「コレはあたしの問題よ? 悪いけど……あなたにはどうすることもできない……」


 たしかに、他人がどうこう出来る問題ではない。だが、もっと早く気がついてやることは出来たはず。


「すまない……気がついてやれなかった」

「あたしの問題だって言ってるでしょ? 勝手に謝らないで……」


 あなたのせいではない。あたしがコーラをガブ飲みしたのが悪いんだ。そう言ってくれている様で少し救われた気がした。


「でも、どうするんだ? お前ひとりで解決するつもりか?」

「あたりまえでしょ!? あなたに何が出来るって言うの!?」


 何も出来ない。見守ってやる事さえ出来ないかもしれない。「今ここですればいい」そんな簡単な言葉すら掛けてやることも出来ない。


「すまない……」

「……無駄話してる暇はないって言ってるでしょ、もう行くわよ」


 ウィッチは振り返るとまた、ガサガサと道なき道を進んで行く。俺にはその後を着いて行くことしか出来ない……。





 なんだか常夏みてぇだなぁと、甘ったるいココナッツの匂いを嗅ぎながら歩いていると、ウィッチが急に立ち止まりその場でしゃがみ込んだ。


 ────!? 


「お、おい、ちょっと待て! まだだ! まだダメだ!!」


 膝に顔をうずめ震えているウィッチの肩を揺すると「もう……いいの」と力なく顔を上げ、微かに笑ってみせた。


「バカやろう!! このままお前を置いて先に進めってのか? そんなこと出来るわけないだろ!」


 ウィッチさんはどこか戸惑いの表情をみせ、二度首を傾げると「いいから、ほっといてよ!」と声を荒げた。


「先に行って……すぐに追いつくから……」

「ダメだ……」

「どうして? そんなに難しい事じゃないわ。あなたはあたしを置いて先に進めばいいの……」

「ダメだ」

「いいかげんにして……あんまりあたしを困らせないで」


 ウィッチは鋭い目つきで俺を睨みつけると肩に置かれた俺の手を払い除けた。


「よく考えてみろ……脇に入れる様な場所はない」

「だから先に行ってって言ってるんじゃない! 何を考えろっていうのよ!」

「たぶん……帰りもこの道を通る」


 ウィッチは事の重大さを察したのか、目を見開き「いや……そんなの……いやよ!!」と大きく首を振った。頭を抱え震えるウィッチの手を取り「なら進むしかねぇだろ」と引っ張り上げる。再び立ち上がったウィッチは小刻みに震え、俯いたまま顔を上げようとしない……。


「……ッ……ぁ……ンンッ……でちゃうよぉ……」


 ────!? 





 と、とんでもないことをしてしまった……。


 ウィッチさんは眉をひそめ下唇を噛んで苦しそうな表情を浮かべる。潤んだ瞳で俺を見つめ、太ももの間に両手を挟み込んでモゾモゾと動かしている。


「待て待て!! 我慢しろ!」


「……だめ……でちゃ……う……ッッ……」


 ウィッチさんは下を向いたまま微動だにしなくなった。コイツまさかやっちまったのかと一瞬ドキッとした。心臓が口から飛び出すかと思った。丸出しの太ももに目をやると少し汗ばんでいるが……どうやら大丈夫そうだ。しかし、まったく動かない、右手でTシャツの裾を掴み、左腕は変な角度で固まっている。


「おい、大丈夫か?」


 ウィッチは顔を上げようとせず下を向いたままコクコクとうなずく。おでこの上で結んだバンダナがひらひらと儚げに揺れた。


「歩けるか?」


 返事がない。


 周りを見回しても、まるでジャングルのように生い茂った草木に囲まれていて脇に入れそうな場所はない。草を掻き分けて強引に入っていくことも可能ではあるが……。サンダルに短パン、Tシャツにバンダナ。そしてノーブラ。ウィッチさんの服装を見るに、その選択肢は無いと思われる。


「とりあえずここで待ってろ。先の方を見てくる」


 この先に『ちょうどいい場所』なんてあるのか分からない。だが、放って置けばこの女は死ぬ……。蒸し暑い藪の中で放置されて漏ら──死んだ女。そんなもんを俺は背負いきれる自信は無い……。だから、必ず救ってやるよ───必ず。


 俯いて黙り込んでいたウィッチさんが「……おいてかないで」と俺の腕にしがみ付き縋るような声を出した。


「安心しろ、必ず戻ってくる」

「……嘘……こんな……めんどくさい女…………」

「何を言ってるんだ、こんな時に。めんどくさいことを言い出すな!!」


 ウィッチさんはどこか怯えた様な表情をみせる。


「……ほら、そうやって……あたしをおいてひとりで池に行くつもりなんだ……池のほうが大事なんだよ……」

「どうしてそうなるんだ? おまえの為に先を見てくると言ってるんじゃないか!!」


 ウィッチさんだって分かっているはず。このままここに居ればもう選択肢は一つしかない……。

 俺の目の前で漏ら────死ぬか、俺の目の前で「する」か、どちらにしろ死ぬことになる。なんの因果が有るのかは知らないが、くだらねぇ人生の中でたまたま出会えた仲だしな。俺はこいつを見捨てる訳にはいかない。一人で死なす事なんて出来ない────最後まで見守ってみせる。


「あたしは、そんなこと頼んでない!!」

「じゃあ、このままほっとけって言うのか? そんなこと出来るわけないだろ! とんでもないことになるぞ? わかってるのか?」

「わかってる。でも、ひとりぼっちは……いやなの……だから────」


 思わず肩を抱き寄せると、ウィッチさんは体を硬直させ腰を大きく反らした。


「……ぁ……ンンッ……でちゃう……よぉ……」



 ────!? 

 















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