第6章

続ポテトコーラ付きLLセットと新しい季節


 腹が減ったからマックを食わせろ、と隣でウィッチがのたまっている。


「腹が減っては戦は出来ません」


 このくそアマ……さっきファミマフラッペ飲んでたじゃねぇか。


「そんな時間ねぇだろ」と言いかけたとき、ウィッチがバイザーを下ろし鏡を見ながら赤いバンダナリボンをいじりはじめる。俺にはギャングにしか見えないが、ファッションリーダーを自称するウィッチさん曰く「バンダナリボン」と仰っているから、たぶん巷ではこの90年代スタイルが流行っているに違いない。さっきもファミマの駐車場で運転席に座ってバンダナをいじっていた。俺がドアを開けると何か察したようでニコッと笑って、そそくさと車を降り助手席に移ってくれた。なぜハンドルに気づかないのか、とは聞かないでおいた。


「もうバミューダの連中は先に行っちまってんだぞ?」


「B・Bが取り逃したからでしょ?」


 ウィッチさんはおでこの上の結び目を少し横にズラして気取ってみせたものの、やっぱり気に入らなかったようでギャングスタイルに戻した。


「俺は関係ある……のか?」


「池の水抜かれたら困るんでしょ?」


「まぁ、そうだな。いや、でもバミューダなんてぽっと出のヤツら俺はどうでもいいぞ? そもそも、捕まえる必要が……」


 バイザーをバチンと勢いよく閉め「なんで首根っこ捕まえて引きずりまわさなかったの? それで全部解決じゃん」と語気を強めるウィッチさん。

 何を言ってるんだ? このアバズレは……。なんでも暴力で解決しようとするんじゃない。


「解決なんかしないだろうが。だいたい、お前の仕事はガキの監視じゃないのか?」


「もういいから、はやくマック行こうよ。お腹が減って力が出ないよぅ」


 クソ……。


 たしかに、今日はファミチキしか食べていないので俺も腹は減っている。しかし、この片田舎のどこにマックがあるというのだろうか? ファミマを出てしばらく走っているが、飲食店といえば汚いラーメン屋か汚い定食屋しか見当たらない。


「ラーメン屋でいいんじゃないか?」


 ウィッチはチラッと俺の顔を見てすぐに窓の外に目をやる。


 クソ……この尻ガールめ……。


 仕方なくカーナビでマックを調べると8キロ先にあるようだ。


「あるじゃん」

「あるな……」


 とりあえずマックに向かうことにした。もう池なんてどうでもいいんじゃないかと思い始めている。





 潮来駅周辺までくるとマックの看板が見えた。店内で食ってる時間は流石になさそうなのでドライブスルーで買うことにした。マイクの脇に横付けすると『いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ』とすぐに店員が声を掛けてくる。が、ウィッチはぼーっと前を見たまま何も反応しない。「おい、お前が注文すんだよ」と促すと「え? あたし?」とすっとぼけた様子。ウィッチは2、3秒考え自分がアメ車の助手席に座っていることを思い出したようで「アメ車つかえねぇ」と暴言を吐いてから、注文を始めた。


「月見バーガーのセットとビックマックのセットで」

『お飲み物はどうなさいますか?』

「コーラのLとポテトのLで」

『えーと……』

「両方ともそれで」

『かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます』

「大丈夫です」

『え、あっ、では車を前に出してお待ち下さい』


 このくそアマ、なんだかいけすかねぇぞ……


 受け取り口まで車を動かすと白髪まじりのオヤジがニコニコしながら待っていた。


「お会計は1900円ちょうどになります」


 ウィッチがチラッとこちらを見る。


「…………」


 財布を取り出して千円札を2枚、ウィッチに渡す。

 お釣りと商品を受け取るのを確認して通りに出る。ウィッチは足もとに置いた袋からポテトとコーラを取り出している。


「後で返せよ?」

「セコくない?」


 交差点を右折して池があるであろう藪へと車を走らせる。





 ウィッチさんがコーラとポテトを手に持ちキョロキョロし始めた。


「なんだ?」


「これ置く場所ないじゃん」


「アメ車にそんな便利な装備があるはずないだろ」


 ドリンクホルダーはシフトノブのところに2つあるのだが、Lサイズのコーラが収まる様な代物ではないし、片方には灰皿がわりにコーヒーの空き缶が置いてある。車内は無駄に広いわりに大してオシャレでもなく薄いグレー一色でまとめられている。そして、便利な装備など何ひとつ無くただ座るための椅子があるだけだ。アメリカ人は何を考えてこの車の内装を設計したのだろうか? 


「アメ車つかえねぇ」


 またしても暴言吐きながら、ウィッチさんはダッシュボードにポテトを置いた。


 ん?……


 そこに置くの? ダッシュボードに直で置くの?と言いかけたとき、ウィッチはさらにポテトの隣にコーラを置いた。


 ────!?


 俺はあまりの衝撃に急ブレーキを踏みそうになったがなんとか堪え、ゆっくりと車を減速させた。


 嘘だろ? どうなってんだコイツ? どうかしてるぞ? ポテトを直で置くのはまだいい、なんだかアメ車っぽいじゃないか、でも走ってる車のダッシュボードにコーラを置くやつがあるか? 俺は見たことない、ダッシュボードにコーラを置くやつなんて見たことない。なんなんだ? ダッシュマットが敷いてあるからイケると思ったのか? いや、そういう問題じゃない。常識的にというか、物理的に無理だろ?……いや、待てよ? アメリカではこうなのか? まさかコイツ、アメリカ育ちなのか?……いや、そんな話聞いたことない。そもそも物理的に無理だろ?……コーラは……。倒れるじゃないか。コーラは倒れるじゃないか!!


 ダッシュボードに置かれた月見バーガーのフルセットを見つめながら、ゆっくりと車を路肩に寄せ、なるべく衝撃を与えないように、慎重に車を停止させた。


「え? なに? なんで止まるの?」

「お前……とんでもねぇな?」

「なにが?」

「ウィッチお前、生まれはどこだ?」

「越谷だけど?」

「そんなわけあるか!!」


 ウィッチはキョトンとした表情で周囲を見回し「え?なに?どうしたの? なに?事故?」と慌てながらも、この期に及んでダッシュボードに置かれたポテトを2、3本摘んで食べようとしている。1本足元に落ちたのを俺は見逃さなかった。


「落ちたぞ」とウィッチの足元に目をやると、このくそアマ尻ガールがなんだかそれ水着なんじゃねぇか?というくらい短い迷彩柄のショートパンツを履いていたことを思い出す。


「もうそれ……ジャングル生まれのやつじゃねぇか!! チンパンジーか? チンパンジーに森で拾われて育ったのか? 越谷にジャングルなんてねぇぞ!? どうなってんだ!!」


「え? なんなの? なんの話?」と言いながら、ウィッチは足下に落ちたポテトを拾いそのまま口に入れた。


 ────!?


「……んでもねぇな……とんでもねぇな!! とんでもねぇな!!!」


「だからなんなの? ちょっと落ち着いてよ」











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