006. 児童虐待未遂

 銀色の髪から生える猫の耳。


 年齢はリズより少し下くらいだろう。まだ背は低く、声も高い。身に着けた紺色のベストに薄茶のズボン……そのお尻部分からは可愛いしっぽが生えていた。


 物陰に隠れていたらしいが、レヴィアに捕獲されてしまい、ぽーんと飛んで来たらしい。


「フハハハハハ! 捕まえました! ねこさんゲットですわ!」

「痛ぇ! 離せ! ぶん殴るぞ!」


 フン縛られ、ぐるぐるの簀巻き状態にされる少年。かなり勝気な性格をしているようで、この訳の分からない状況下でも犯人たるレヴィアを睨み、怒鳴っている。

 

 一方のネイは困惑の極みにあった。リズもそうらしく、ぽかーんとなっている。


 ……何なのだこの状況は。さっきまでのシリアスはどうした。

 

「ねえ、レヴィア。それ、なに?」


 リズが復活。付き合いが長い分、多少はこういうのに慣れているのだろう。まだ目が点になってはいるが。

 

「ねこさんですわ。より正確に言うなら獣人の子供でしょうか」

「それは見たら分かるわよ。何でこんなところにいて、何で縛り上げてんのよ」


 当然の疑問である。ネイもそれを聞きたかった。それに答えるべく口を開くレヴィア。

 

「何でこんなところにいるか。予想はつきますが、ホントのところは分かりませんわね。ねぇねこさん、何でこんなところにいるの?」

「お前の知ったことじゃないだろ! いいから離しやがれ!」

「生意気なガキですわね。つねってやる」


 レヴィアはしゃがみ、簀巻き状態で寝転ぶ少年の両頬をぐいーんと引っ張った。

 

「いひゃいいひゃい! 痛いだろ! やめろ!」

「なら素直にお話しなさいな」

「お前には関係ないだろ! 離せこのブス!」

「あ゛? ブチ殺すぞテメー」

「ひっ」


 いきなりのチンピラ顔ですごまれる少年。美少女がしてはいけない顔であった。その変化っぷりにビビッたのか、はたまた殺気で萎縮したのか。少年は一気に勢いをなくす。

 

「ま、待てレヴィア。やめろ。やめるんだ」


 未だ困惑中のネイだが、とりあえず止める事にした。お仕置きから児童虐待に移行しそうだと感じたからだ。流石に目の前での通報案件を放ってはおけない。

 

 その言葉に従い少年の頬を離すレヴィア。しかし許してはいないようで、ドスの利いた声で吐き捨てる。

 

「チッ。おいガキ、世の中には言っていい事と悪い事があるんだ。ママが教えてくれなかったみてーだから代わりに教えといてやるよ。……二度と生意気叩くんじゃねーぞ」

「……」


 すっかり萎縮してしまったらしく、少年は顔が真っ青になっている。獣らしく危険に敏感なのかもしれない。


 事実、このままだと割とトラウマレベルの事が起こるところだった。己の美に絶大な自信を持つレヴィアに対し、容姿を馬鹿にする発言は禁句中の禁句なのだ。


「で、何してらっしゃるの? 先程からずっと見てましたわよね?」

「う……」

「ゴブリンの時にいたのもアナタでしょう? お耳がばっちり見えてましたわ」

「それ本当? ……アンタ、何か怪しいわね」


 半眼になりいぶかしむリズ。当然の疑念だ。

 

 そもそも間近にケルベロスがいた時点で襲われていないのがおかしい。ケルベロスは犬同様、かなり鼻が利くのだから。


 おまけに種族が獣人ときた。彼らは別大陸に住んでおり、加えて人間との交流もほとんどないはず。この辺りで見る事は無い。見れるとしたら売られてきた奴隷くらいだ。

 

 恐れながらも少年は黙り込んでいる。答える気は無いらしい。

 

「……ま、いいですわ。何をしてようがわたくしには関係ありませんし」

「えっ? い、いいの?」

「ええ。ほら、さっさと行きますわよ。ネイも」


 しかしレヴィアは興味が無いようで、さっさと出口の方へ歩き出してしまう。仲間二人とケルベロスを放ったまま。


「ち、ちょっと待て。ケルベロスを……」


 ようやく復活したネイはそれを止めようとした。

 

 ケルベロスの爪、牙、皮といった部分は非常に高く売れる。剥ぎ取らないのは勿体ないし、討伐の証拠として体の一部も持ち帰る必要がある。あの金にうるさいレヴィアがそれ忘れるとは思えないのだが……。

 

 彼女を追って数歩歩くネイだが、ふと思い出す。


 ケルベロスはまだいいとして、あの少年をそのままにしてはおけない。縛られたままなど魔物のいいエサだ。流石にそれは可哀そうだと思い、振り返ろうと――

 



 ――ズルズルズル。



 

「……なあレヴィア。この少年は……」

「ん? ああ、うっかりしてました。商品に対する扱いではありませんわね」


 よいしょ、とレヴィアは担いだ。

 

 ……何をしてるのか分からなかった。何を言ってるのか分からなかった。いや、何となく理解できるのだが、理解してしまう自分が嫌だった。しかしリーダーとしては絶対に聞いておかなければならない。

 

 そう決意し、ネイは口を開く。

 

「レ、レヴィア。それ、どうするんだ?」

「え? どうするって、それは勿論――








 売り飛ばすんですわ」

 





 

 

 ………………








「獣人の子供。かなりのレアものですわ。よく見ればお顔もまあまあ整っていますし、ケルベロスなんかよりずっと高く売れる事でしょう」

 





 

 

 ………………

 





 

 

「うわああああ! 助けてえええええ!!」


 ジタバタと暴れ出す少年。必死で逃れようと身をよじり、余裕の無い表情で叫ぶ。対しレヴィアは「臨時ボーナスゲットですわ!」なんて鼻歌まじりだ。

 

 ――人身売買。しかも対象は子供というダブル役満。


 世界人権宣言とこどもの権利条約に真っ向から喧嘩売っている。まあこの世界にそんなものは無いのだが。


「ち、ちょ、ちょ、待て! 流石に待て!」

「そうよ! そんな事していいと思ってるの!?」


 焦りながら止めようとするネイ及びリズ。

 

 因みにこの国での奴隷売買は一部の犯罪奴隷や借金落ち等を除き違法である。ただ、獣人といった他種族は含まれないので合法といえば合法か。最も、普通は良心が咎めるので『不適切だけど違法ではない』というヤツだ。合法ロリみたいなものだ。

 

「大丈夫。わたくしは身寄りのない可哀そうな子供をどこかへ預けるだけ。こんなに可愛い子なんですもの。闇オークションにかければきっといい引き取り先が見つかるでしょう」

「全然大丈夫じゃない! いいかレヴィア! 今までのみょうちくりんな行動にはまだ目をつぶれたが、流石にこれは駄目だ! 子供を売り飛ばすなど人の風上にもおけぬ所業だぞ!」

「そうよ! 子供は宝なんだから! 飢饉の時を除いて!」


 必死で止めようとする二人。何気にリズの発言がシビアであった。


「助けてえええ! 謝るから! もう何もしないから!!」

「別になにもしなくて構いませんわ。お金になってくれればいいの」

「だからやめろ!! いい加減にしろよレヴィア!!」


 憤怒の表情で怒鳴るネイ。そんな彼女に対し、レヴィアは涼し気な瞳で一瞥いちべつ

 

「何ならネイ。あなたが買う?」

「はあ!?」

「男日照りのアナタですから。きっと満足できますわよ?」

「ふざけるな! 相手は子供だろうが! そもそもそんなもので愛など」


「逆光源氏」


 ……ピクッ。

 

 ネイの身体が一瞬ピクリとする。


「確かそういうタイトルでしたっけ? アナタが持ってる本。幼くも将来有望な男児を迎え、立派な男に育て上げる……。中々興味深くありましたわ」

「そ、そそそそそれがどうした。言っておくがその本は友人が勝手に置いてったもので」

「別に責めてる訳じゃなくてよ。ただ……」


 レヴィアは肩に担いだ少年に目をやった後、ネイに向かって微笑む。


「リアルな逆光源氏に興味はなくて? きっと楽しいですわよ」




 ――衝撃。ネイの頭に衝撃が走る。




 逆光源氏リバース・グリマー・ミスターミナモト

 

 主人公はグリマーという女。初恋のお兄さん(故人)が忘れられない彼女は大人になってもこれといった本命を選ばず遊びまくっていた。


 しかしある日、グリマーはお兄さんに似た少年ショタを見つけてしまう。アグレッシブな彼女はあらゆる手段を用いて少年を手にし、理想の男へ育て上げようとする。


 食べたい、はやく食べたいという肉欲を抑えつつも教育に励むグリマー。結局欲望を抑えきれずつまみ食いしてしまったものの、その目論見は成功し、ハイスペック男子へと育った元ショタ


 既に熟女と化していたグリマーではあったが、そのねちっこいテクニックに男は陥落してしまい、ダブルピースの末にゴールイン。めでたしめでたし……という話である。

 

 早い話が女性目線でのおねショタものである(成人指定)。

 

 ……まじまじと少年を見るネイ。


 容姿は十分。性格はやんちゃそうだが、次第に従順となる変化を楽しめる。自分が鍛えれば立派な騎士になれるだろうから将来性もある。おまけにネコミミというオプションまでついてる。

 



 ――じゅるり。



 

「ひいっ!?」


 身の危険を感じ、びったんびったんと動きを激しくする少年。まるで陸に打ち上げられた魚のようだ。

 

 暫しの間、その生きのいいエモノを吟味していたネイ。が、ぶるぶると首を振って思い直す。


「い、いやダメだ。やはりそういうのは良くない」

「あら残念。なら適当な未婚のマダムにでも売り払いますか」

「何っ! 何でマダム!?」

「いえね、恵まれたわたくしとしてはネイのような恵まれない女性に分け与えるのも大切かと常々思っていたのです。けれどネイが断るようですから、ねぇ」

「な、そんな……」


 ダブルピースのゴールイン。自分が引いても結末はそれだと言う。

 

「まあネイのように? お優しいお方だとは限りませんけど? 女は年を取るほどアレが増すといいますし、獣欲のままに貪られるかも……」


 『家族が増えるよ!』『やったねタッくん!』

 

 ネイの持つ……いや、持っていた恋愛小説(成人指定)が思い浮かぶ。胸糞悪すぎて速攻で捨てたヤツだ。詳細を語る事すらおぞましい。


 ――いいのか? リアルでそんな結末を許していいのか?

 

「いやダメだ。よかろう。私が買う」

「ネイ!?」

「さすがはネイですわ! 慈愛に溢れてますわね。それじゃ一千万リルクいただきます」

「一千万!? さ、流石に高くないか? 高級馬車が買えるぞ」

「あら、人一人の人生を頂く訳ですから、それなりの対価は必要ではなくて?」

「い、いや、しかしだな……」

「……分かりました。わたくしとしてもいい買い手に売りたい気持ちはあります。ここは身銭を切りましょう。八掛けの八百万までお値下げいたしますわ」

「は、八百万か。そのくらいなら借金すれば何とか……」


「助けてええええ!! 誰か助けてええええ!! 兄ちゃあああん!!」


 商売人レヴィアの口車に乗ってしまうネイ。正気を失いおめめがグルグルになっている。「やめなさいってば!」「いい加減にしなさい!」「売り買いしていいのは口減らしの時だけ!」などと女の声が聞こえるが、意味が分からない。

 

 少年を地面へと下ろし、レヴィアがつらつらと重要事項を説明してくる。専門用語が多くてよくわからないがとりあえずうんうんと頷く。


 最後に契約書を出してきたのでペンを持つ。あとはサインするだけ。サインすればこのショタっ子は自分の――




「――――ッ!」




 心神喪失状態にあるネイを、戦士のカンがたたき起こす。殺気……!

 

 抜刀し、背後を振り返る。鉄の小刀。大量に降り注ぐソレを剣の腹で防御する。射線の先には誰もいない。


 隣にはいつの間にか剣を持ったレヴィアの姿。リズをかばいつつ、こともなげに小刀を振り払っていた。

 

「兄ちゃあああん! ありがとう! マジでありがとう!!」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」


 将来の夫が――じゃない、獣人の少年がいない。地面に転がっていたのに、忽然と姿を消していた。声の方を見ると、少年と同じく銀髪の男が少年を抱え、出口の方へ逃げ去っている。

 

「ドロボー! テメー金払え!」


 獲物をさらわれ激怒するレヴィア。


 人一人抱えているにもかかわらず、男は身軽な動きで通路を走る。その動きは豹の如く俊敏だが、レヴィアも負けていない。狼のごとき速さで男を追いかけている。

 

 展開についていけないネイとリズの二人。が、とりあえず三人を追って走り出した。

 

 数分の時間をかけて遺跡のエントランスへと到達。するとそこでピュウウッと笛のような音を耳にする。


 外に出ると、悔しそうな様子のレヴィアがいた。視線の先をたどれば、空を飛ぶ大きな鳥に男二人が乗っている。逃げられてしまったようだ。

 

「ばーか! お前なんて死んじゃえ! このブ……ブ………………ばーか! ばーか!」


 空の上から罵倒してくる少年。貧弱なボキャブラリーである。他に何か言いかけていたが、なぜか途中でやめたようだ。

 

 大鳥が高速で飛び去ってゆく。流石のレヴィアもアレには追いつけまい。そう思って彼女を見ると、地面に座りせっせと何かを集めている。

 

「何してやがる! テメーもやるんだよ! リズもだ!」

「や、やるって、何やるってのよ」

「馬鹿野郎! こうやるんだよ!」


 立ち上がり、見事なフォームで石を投げるレヴィア。


(そんなもの当たるはずないだろう……)


 そう呆れながらも空を見ると、割といい線いっていた。炎が上がるほどの剛速球が放たれ、正確なコントロールで大鳥へ迫る。鳥は恐怖の叫び声をあげつつも何とか回避に成功。その上ではものすごい焦った様子を見せる人影。

 

 そんな地対空戦が数度行われるも、残念ながら当たりはしなかった。鳥は高度を上げ、レヴィアの射程外へと逃げてしまう。


 腹が収まらないらしく、隣からはたくさんの聞くに堪えない罵倒。「もう諦めなさい」とリズがいさめている。


 結果として少年は助かった。色々と怪しい少年ではあったが、売り飛ばされるのは流石に可哀そうだ。正気に戻ったネイはほっと息をつく。「外道に堕ちなくてよかった」なんて考えつつ。

 

 

 





 ちょっぴり惜しいと思う心は、努めて無視した。

 

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