002. レヴィアと愉快な仲間たち

 レヴィア・グラン。彼女には秘密があった。彼女は前世というものを覚えているのだ。


 前世での名は、木原新之助キハラ シンノスケ。二十一世紀を生きる日本男児である。


 彼はとある事故に見舞われ、「あ、死んだ」と思った瞬間、「おぎゃあ」と生まれ変わっていた。いわゆる転生者というヤツなのだろう。

 

 新之助は非凡な男だった。


 容姿、能力、運……彼はおよそ人が欲するだろうほとんどのものに恵まれていた。その美男っぷりは老若男女どころか畜生まで見惚れ、運動能力は非常に高く、おまけに頭もいいという。天に二物どころか百物は与えられた男だった。

 

 当然、彼の人生は順調そのもの。自ら起こした会社は押しも押されぬ大企業となり、(自身には劣るにせよ)美しい妻を娶り、(自身には劣るにせよ)可愛い子供に恵まれた。誰もがうらやむだろう人生を送っていた。

 

 そんなある日、新之助は居酒屋へと繰り出した。社員を連れての飲み会というヤツだ。


 参加者は全て会社発足時からの古参であり、気の置けない親密な仲。社長がいるからなどという緊張感はなく、和やかにスタート。いい感じに酔いが回り、法に触れない程度のアルハラをする新之助だが、どうも部下である田中(バーコードヘッド)の様子がおかしい。


 どうした、何か悩みでもあるのかと聞いてみると、彼はぶつぶつと愚痴りだす。

 

『ウチの嫁ったらヒドいんですよ。ずっと家にいるのに掃除しない、洗濯しない、料理しない。……全部私がやってるんですよ? なのに感謝しないどころか娘にまで馬鹿にされる始末。おまけに月の小遣いは五千円。たった五千円ぽっちですよ? 妻や娘はエステやらネイルやら行くくせに。……もう、泣くしかないですよ……』

 

 うわぁ……。

 

 その内容にドン引きしつつも、泣き出した田中を慰める社員一同。新之助も「元気だせよ。何なら弁護士紹介しようか?」などと優しく声をかける。

 

 だが、内心は別だった。新之助の心は別の感情で満たされていた。

 

 バーコードとはいえ可愛い部下だ。心配する気持ちは本物である。とはいえ、心の大部分は別のもので埋められていた。


(マジかよ。そんなんいるの? 超やってみてぇー……)


 パートをして家計を助けていた兼業主婦の母。居心地のいい家庭を作ってくれている専業主婦の妻。どちらも良妻と呼べる部類の女である。


 故に思いもしなかった。田中の嫁のような存在を。


 ――何もしないのに金が入る。大企業勤めの旦那持ちは周囲にもウケがいい。努力は最初のひと時だけ――


 新之助は不当な事が大好きである。洒落にならないほど悪い事はしないが、こう、ギリギリの線をつくグレー的な行為は大好物である。もちろん他人にされればムカつくが、自分がやるのはOKという非常に人間らしい感覚の持ち主でもある。

 

 その感覚からすれば田中妻の所業は許せるものではない。が、自分がやりたいかと問われれば是非ともやりたい。


 夫を虐げるという不当なことをやりつつ夫の金で豪遊するのだ。訴えられれば負けるかもしれないが、そこはうまくやるのだ。田中の嫁のように。

 

 しかし、それは不可能である。新之助が男である限り。

 

 女を働かせ、男はその金で豪遊する――イケメンを超える超イケメンの自分が望めば余裕だろうが、世間体が非常に悪い。


 男の専業は同性から羨ましがられつつも内心は「情けないヤツ」と見下される。働いてる妻まで「あーあ、ババ引いたね」などと馬鹿にされそうだ。つまりヒモ同然の扱い。そんなのは新之助のプライドが許さない。

 

 対し、田中の嫁は純粋に羨ましがられるだろう。


 共働き世帯が増えたとはいえ、社会には専業主婦を許容する雰囲気が残っている。つまり専業主婦と専業主夫は同価値ではない。男である新之助はどう頑張っても田中の嫁のポジションにはなれないのだ。

 

 地位や名誉であれば社長の自分の方が高い。だが、そう評価されるのは結果を出したからにすぎない。非常に正統なものだ。対し、田中の嫁は…………。


 新之助は嫉妬した。田中の妻に。女という存在に。

 



 だが、今は違う。

 

 今の自分はレヴィア・グラン。女だ。

 

 田中の嫁の顔は忘れたが、所詮は田中の嫁である。自分の美少女っぷりを超える事はあるまい。加えて前世の記憶というチートもある。確実にヤツより上だ。


 女性の魅力モリモリである。ウハウハのモテモテである。旦那の金で豪遊できる!

 

 

 

 

 

 

 

「なのに何で結婚できないんですの……?」


 ビールジョッキ片手にくだを巻くレヴィア。

 

 ここは冒険者の酒場。冒険者たちが仕事を受ける冒険者組合の近くにあり、一仕事終えた彼らが酒と料理を楽しむ場所だ。


 周りには鎧を着た戦士やとんがり帽子をかぶった魔法使いなど、『ザ・冒険者!』と主張せんばかりの人間が多数存在。同じく冒険者であるレヴィアもしばしばここを利用していた。

 

 そんな彼女と同じテーブルにいる、二人の女性。両者ともあきれた表情でこちらを見ている。

 

「当たり前だろう。逆になんで結婚できると思うんだ」


 女性にしてはかなり長身の女。赤い髪をポニーテールに結い、ふくよかな胸は金属製のブレストプレートに覆われ、腰には護身用のショートソード。肌は褐色とこの辺りでは珍しく、そのハスキーボイスも相まって凛々しい雰囲気がある。

 

 彼女の名はネイ・シャリーク。レヴィアが所属する牡丹一華のリーダーだ。パーティを組んで半年とまだ短いが、既に気の置けない仲である。

 

「というかアンタ、お金持ってるじゃない。何で相手の金にこだわるのよ。普通の人でいいじゃないの」


 もう一人は、赤い頭巾を被った金髪おさげの少女。魔法使いらしくローブを纏っているが、身長が低い事から背伸びした子供のようにも見える。

 

 彼女はリーゼロッテ・レギアル。親しい者からはリズと呼ばれている。

 

 これら二人とレヴィア、合わせて三人が牡丹一華ボタンイチゲのフルメンバーだ。


 美人ぞろいであり、最高位の冒険者である彼女たち。故に周りから声をかけられる事も多い。が、今日は少し様子が異なる。何故か若干遠巻きにされていた。

 

「それじゃ意味ないですわ! わたくしがなりたいのは金持ちの専業主婦なんですのよ!? 金持ってる男に寄生して、バリバリ働いてもらって、その裏で私はエステ通いしたり、一食一万のランチを楽しんだり、ブランド物の服を買いあさったりしたいんですの! 自分の金じゃそんなの勿体なくてやれませんわ!」


 うわぁ…………。

 

 大声での主張に周りがドン引きしている。


 唯一、田舎出身のリズが「都会の主婦ってそんなのが普通なの!?」とカルチャーショックを受けていたが、隣のネイが「無い無い」と即否定。

 

 因みに結婚後は夫を虐待して最終的に保険金残して死んでもらうつもりだが、流石に言葉にはしない。言うと怒られそうだからだ。


「全く……。そんなあからさまな金目当てで男が寄ってくると思うのか。普通の男なら即逃げるぞ」

「ふっ。そりゃあアナタのような凡俗ならそうでしょう。ですが、見てくださいまし」


 顔を上げ、呆れた表情のネイを真面目な顔で見る。


 そして次の瞬間――ぱあっと光り輝くような笑顔が咲き誇った。

 

「わたくし、美少女ですもの。金で済むんなら安いものではなくて? なにせ、究極の美が手に入るのですから」


 ハイパー自信過剰発言。しかし恐ろしい事に過剰ではなかった。

 

 白百合を思わせる無垢な笑みに二人は赤面し、息をのむ。同性にも関わらず見惚れてしまっているのだ。遠くでこちらを見ていた男冒険者たちも同様の反応。そのうちの一人が隣の女性から張り手をくらっている。多分、恋人とかだろう。


 因みに同じように自信過剰だった新之助時代。彼は婚期を大幅に逃している。そのことを彼女はすーーーっかり忘れていた。


 そんな過去を知らない二人は否定したくとも否定できないでいる様子。実際レヴィアは見た目は極上なので声をかけられる事は非常に多いのだ。加えて両者とも未婚なので経験を語る事もできない。どう考えを改めさせるべきか考えていると――




「ギャハハハハハ! レヴィアのヤツ、また振られたのかよ!?」




 遠くのテーブルで爆笑する中年の男。酔っているのか、顔が真っ赤であった。バンバンと机を叩き、ヒーヒーと苦しそうに笑いながらも言う。


「こ、今月で何回目だ? 俺の知ってる限り五回はフられてるぞ……」


 頬をひくつかせるレヴィア。ヤツの名は…………名は覚えてないが、確かB級の冒険者だったはず。


 自意識が高く、B級である事を誇りに思い、偉そうにしていたことを覚えている。そして王都に来たA級冒険者である自分たちを目の敵にしているようだった。『ぽっと出が偉そうにしやがって』という感じで。


「お、おいやめろって」

「いいじゃねぇか。告白された当日にフられる女なんて見たことねぇ。なぁ賭けねぇか? アイツが今月あと何回フられるか」

「だからやめろって。趣味悪いぞ」

「趣味悪ぃのはアイツに告る男だっての。お前の事だぜサム」


 げらげらと笑いながら酒を飲む男と、それを止める相席の男。酔っているせいかは知らないが、止まる様子は無い。


 音もなく立ち上がるレヴィア。それを見たネイとリズは「やべっ」といった顔をしつつ彼女の服の裾を引っ張る。

 

「ダメよレヴィア。抑えなさい」

「そうだ。また出禁なんて勘弁だぞ」


 二人は覚えていた。怒ったレヴィアがビール瓶片手に大立ち回りする姿を。前にいた町ではそのせいで移動せざるを得なかった事を。


「まあお二人とも。別にブン殴ったりはしませんわ。ただ、あのクソ……じゃない、あのおじさまにお聞きしたい事があるんですの」


 笑顔のまま返答。その反応に毒気が抜かれた二人は思わず手を放してしまう。るんるんと機嫌よさそうに男の元へ移動するレヴィア。

 

「おー、何だよフラれ女。何か文句あんのかぁ?」

「だからやめろって。すいませんレヴィアさん。コイツ酔ってまして」


 レヴィアは「かまいませんわ」と言い、酔っぱらいの男の隣に座る。そして――

 

 

 

「ねぇおじさまぁ。わたくし振られてしまったんですのぉ。慰めて下さるぅ?」




 媚び媚びな声を出しつつしな垂れかかる。彼女を追ってきた仲間二人であったが、その思いもせぬ行動に硬直。動きを止めてしまう。


 一方、間近で輝く美貌にクラリとし、呆けている男。

 

「おじさまみたいな経験豊富な方に教えてほしいんですのぉ。わたくし、どうすれば男の方に好きになって頂けるのか分からなくてぇ」


 わき腹をツンツンしつつぶりぶりにぶりっ子するレヴィア。


 その姿を見た男はでれーっと鼻の下を伸ばし、いやらしい表情になる。そしてレヴィアの腰を引き寄せて自慢げに語りだした。


「そうだなぁ。やっぱお前は性格が」

「セクハラだコラァ!!」


 ドゴォン!!

 

 衝撃音。驚いた周囲の冒険者たちが音のした方向を見ると、レヴィアは頭をテーブルに打ち付けていた。勿論自分の頭ではなく、酔っぱらいの頭をである。

 

「俺の黄金比ボディーにべたべたと汚ねぇ手で触りやがって! 金払えコラァッ! 金が無い!? なら内臓売ってこい!」

 

 媚び媚びの笑顔は既に無く、その表情は憤怒そのもの。さっき馬鹿にされた怒りを存分に晴らすつもりだった。

 

 加えて中身が男なので、男に情欲を向けられるのはとても気持ちが悪い。その怒りも込められている。自分から行ったクセに。


 がっつんがっつんと打ち付けられ、額からだくだくと血液を流している男。既に白目をむいており、気を失っている様子。対面のサムと呼ばれていた男が「ひいっ!」とおびえている。


「ス、ストップ! レヴィアストーップ!!」

「やめないか! ほら、こっちへ来るんだ」


 硬直が解けた仲間にホールドされるレヴィア。両腕をつかまれズルズルと引きずられながらも「この辺で勘弁してやるよ。ペッ」とツバを吐きかけた。

 

 その美しい姿からは想像もできぬ所業。が、これが彼女本来の姿であった。普段はその様相にふさわしくお嬢様っぽく振る舞っているが、ちょっと怒ったりするとすぐ新之助が出るのだ。

 

 強制的に戻らされたレヴィア。しかし一連の行為で気分はスッキリ。機嫌よさそうに手を挙げる。


「ふぅ、無駄にカロリー使ってしまいました。すみませーん、串盛りのお替り下さいな」

「何事も無かったようにするんじゃないの。すみません、ウチの者が……」

「わたくし何も悪くなくてよ。ただセクハラ野郎を退治しただけですわ」


 ぺこぺこと周囲に謝るリズに、しれっと開き直るレヴィア。一応、嫌がる行為セクハラを女冒険者が自力で解決したと取れなくもないので、何とも言えない顔をする店主マスター


 とりあえず破壊されたテーブル代は悪い方(?)に求める事にしたらしく、こっちには絡んでこない。というか絡みたくないのかもしれない。

 

 ブン殴りたい相手に悪い事させて正統性を得る――以前仲間に怒られた末に思い付いた作戦。その作戦は大成功に終わった。


「全く、小狡い真似をして。本当に結婚したいのか? 今のでここにいるヤツらは全員対象外になったろうよ」

「問題ありませんわ。元々底辺の冒険者などに興味はありませんもの」

「底辺って……お前も冒険者じゃないか」

「だからいいんですわ。間違いなく上昇婚になるのですから」


 打つ手なし、とばかりに頭を抱えるネイ。「じょうしょう婚って何?」と不思議がっているリズ。彼女に説明しようとするレヴィアだが、ネイに「いらん事教えるな」と止められてしまう。

 

「そもそもだな、金目当てに結婚というのが間違っている。いいかレヴィア。結婚とは神聖なものだ。そんな不純な思いでするものじゃない」

「はあ? 役所に紙切れ一枚出すののどこが神聖なんですの」

「それは手続きの話だろう。恋をし、惹かれ合い、その想いが成就した証が結婚だ。どんな困難があろうとも一緒にいたい。楽しいことも悲しいことも、全てを共有したいと思う者同士がするものだ。そんな二人にこそ結婚という祝福が与えられるのだよ」


 つらつらと持論を語るネイに、「へーそうなんだ」と適当な相槌を打つリズ。見た目通りおこちゃまなのか、はたまた興味が薄いのか……。

 

 そんな彼女へとレヴィアは耳打ち。


「リズ、騙されてはいけませんわよ。金のない男など、原始人でいえばマンモスを狩れない草食系男子。ほかの奥様方に『こないだ旦那が象牙の指輪作ってくれてー』なんてマウントも取れないんですのよ?」

「いや、それはどうでもいいけど」


「そうだろう。指輪が無理なら花の冠を作ってくれればいい。狩りが苦手なら共に畑を耕せばいい。苦労を分かち合うのが夫婦というものだ」

「まあ、そうよね。畑仕事も夫婦そろってやるのが効率的だし」


「リィィーズ! 騙されてはいけませんわ! そりゃあ原始人は共働きが普通だったでしょう。全員でウホウホしなければ生き残れなかったでしょう。けれど、貧富の差というものが生まれた今は違うのです。金持ちはウホウホしなくても余裕なのに、貧乏人は死ぬまでウホウホしなければならないんですのよ? どう考えてもウホウホしない方が良いでしょうに」

「そもそもウホウホって何よ……」


 リズを経由して持論を語るレヴィアとネイの二人。しかしレヴィアの主張はイマイチ受け入れられなかった。ウホウホと言う言葉は恐らく『働く』というニュアンスなのだろうが、それも伝わっていない様子。

 

 それも仕方ない。第一次産業がほぼ全ての田舎出身、加えて真面目なリズには働かウホウホしなくても生きていけるという発想自体が無いのだ。


「フッ、これで分かっただろう? レヴィアよ。お前は間違っている。気持ちのない結婚など誰にも理解されんのだ。いい加減考え直せ」

「うぬぬ、リズがおこちゃまなだけでしょうに」

「ちょっと! 誰がおこちゃまよ!」


 ドヤ顔をするネイに、ぐぬぬと悔しがるレヴィア。おこちゃま扱いされて怒るリズ。


 実際のところ金はそれなりに大事である。現代日本よりもシビアなこの世界では特に。が、その他諸々の欲望が混じっていたせいでレヴィアの主張はいまいち理解されにくかった。


 負けず嫌いのレヴィアは考え始める。


 原始人の例えはよくなかった。何故だ。想像しにくいからだ。文明人たる自分は理解できるが、中世ファンタジーな原住民が理解するには知的レベルが足りないのだろう。つまり、おこちゃまでも想像しやすい話をしなければならない。実在し、身近に想像しやすいものを。自分の主張を立証するものを…………。

 

「…………!」

 

 何やら閃いたらしく、手をポンと鳴らして「これだ!」という顔をするレヴィア。

 

「……リズ。アレを見なさい」

「? 何よ」


 椅子を寄せてリズの肩を抱き、とある方向を指差す。リズが不思議がりながらもそちらを向くと、困惑する褐色顔があった。

 

「何だ。私の顔がどうした」

 

 ネイであった。意味がわからないとばかりに眉をひそめている。彼女が一体どうしたというのか。

 


 

「二十五歳独身」


 

 

 ビシィッ! と固まるネイ。「あっ」と口の端を引きつらせるリズ。

 

「二十五歳独身。おまけに処女。頭お花畑な結果がアレですわ」

「え、ええと」

「聞く価値があると思いまして? まあリズが一生独身でいたいというなら別ですけど」

「うっ。それはちょっと……」


 ひそひそと話し合ってはいるが、ネイには丸聞こえである。というか聞こえる音量で話している。

 

 二十五歳独身。現代日本であればまだまだ若い。が、二十歳ハタチ前後に結婚するのが一般的なこの世界においてはまぎれもない行き遅れであった。


「ちゃんちゃらおかしいですわねぇ。きっと創作物だけで結婚を知った気になってるんでしょうねぇ。よろしくてよ? 爆笑してもよろしくてよ? オーッホッホッホ!!」

「ちょ、やめてあげなさいよぉ……」


 勢いよく立ち上がり、ネイを見下しつつも笑い出すレヴィア。右手を左頬につけて笑う、いわゆるお嬢様笑いだった。底意地の悪さがものっすごい出ている。悪役令嬢という言葉がピッタリだ。

 

 因みに新之助の結婚年齢は二十五歳どころではないのだが、それはそれ、これはこれ。


「な、何が悪い! ちょっとタイミングが悪かっただけだ! 結婚しようと思えばすぐにでも」

「あら、そうなんですの? 知りませんでしたわ。ネイに彼氏がいるなんて。是非紹介して下さいまし」

「うっ。いや、今はいないが……」

「いない!? いないのに結婚!? リィィーズぅ。頭の悪いわたくしにはまっっったく理解できないのですが、分かりますぅ?」


 「だからやめたげなさいよぉ……」なんてか細い声を出すリズ。その言葉を無視し、とてつもなく嬉しそうに追い打ちをかけるレヴィア。「言うだけ番長!」「ブルペンのエース!」「売れ残りのクリスマスケーキぃ!!」などと訳の分からないことを叫んでいる。


 意味は分からないだろうが悪意は伝わるのか、涙目になるネイ。

 

「そもそもアナタ、理想が高すぎでしてよ。『白馬の王子様』なんて三高(高学歴高収入高身長)よりもレアでしょう。いい加減現実を知りなさいな」

「う、ううううるさい! お前だってものすごい理想高いじゃないか! 金持ちがそうぽんぽんと捕まるものか!」

「わたくしは金だけですわ。それに、そこそこ寄ってきますわよ? そっちはそもそも存在すら怪しいでしょうに。いても白馬のおっさんがせいぜいじゃなくて?」


 白馬の王子様。

 

 『いつか王子様イケメンが私を迎えに来てくれる』的なヤツで、創作物にどっぷりつかった少女にしばしば見られる願望である。幼き頃より恋愛小説を嗜んでいたネイもそうなってしまい、それが普通だと思っていたのだ。


 成長し、現実を知った今でこそ多少ハードルを下げたものの、元々が高いせいでコレという相手が見つからない。かといって諦めたくはない。諦めきれなかった結果が今の彼女(二十五歳独身)であった。

 

 反論できず体を震わせるネイ。それを哀れに思ったのか、リズが優しく語り掛ける。

 

「ほ、ほら、ネイ。結婚できてないのはレヴィアも同じなんだから。あんまり気にしないで。ね?」

「うるさい! 貧乳は黙ってろ!」




 ――ぴしっ。



 

 固まるリズ。それを見て「やべっ」という表情をするネイ。「ぶっ」と噴き出すレヴィア。

 

「ひ、ひひひ貧乳ですってぇ……?」

「あっ。す、すまん。つい……」


 八つ当たりであった。そしてその八つ当たりは急所を突いていた。リズの顔が怒りに染まっていく。

 

「行き遅れ! 行き遅れ行き遅れ!」

「な、なにおう! 貧乳! 貧乳貧乳!」


 再び争いが勃発。リズに対して貧乳は禁句なのだ。


 例えるならネイがどたぷ~ん、レヴィアはたっぷん、リズはスカスカである。十四という年齢を考慮してもその大きさは誠につつましく…………。そしてその事を彼女は非っ常に気にしていた。

 

「行き遅れ行き遅れ! いい年こいて夢みてんじゃないわよ!」

「貧乳貧乳! いい年になってもお前は貧乳のままだろうな!」

「なんですってぇ!?」

 

 リズはネイの頬をつねった。それに反撃し、ネイもリズの頬をつねった。

 

行き遅れいひおふれ! 行き遅れ行き遅れいひおふれいひおふれ! 行き遅れいひおふれのノーフューチャー!」

貧乳ふぃんぬう! 貧乳貧乳ふぃんぬうふぃんぬう! 貧乳ふぃんぬうのノーフューチャー!」

 

 醜い争いだった。そして非常に低レベルだった。レヴィアは思った。『小学生の方がまだマシな喧嘩しそう』、と。

 

 肩をすくめ、やれやれとため息を吐く。そしてつかつかとカウンター席に向かい、お行儀悪く足を組んで座る。


「構ってられませんわ。マスター、ブルマンのコーヒーを一つ。お砂糖ミルク多めで」

「ねえよ。つーか止めろよ」


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