★み、水も言も巡れと言う夢幻話 第二話
「俺がかつての自分を
新情報だ。八重は話に集中した。
「俺が解放されたってことは当然、あれも解放される。俺はあいつが
最後の一言は聞かなかったことにして、八重は急いで尋ねた。
「少し前に解放って……私が生まれる前あたり?」
「もう少し前。百年くらい前かな」
それは少しと言わない。もはや伝説の域である。
八重は
たとえるならびひん様と亜雷は、
(でも、その神話の神ではない気がするんだけれどなあ。もっとこう、
八重はそこまで日本神話に
「じゃあ、『びひん様』はあれで退治したことになるのかな」
「ひとまずは、そうだろう」
と言う、亜雷の表情はなぜか晴れない。
「しかしわからんな……なんで急に朧者が複数わき出したんだ?」
「というか、亜雷はどうして私が朧者に殺されかけているのに気づいたの?」
厳密に言えば助けてくれたのは黒葦だが、亜雷の一部らしいので、彼の意志であったと判断していいだろう。
「そりゃおまえに危機が
またその言葉だ。八重は
(わからないことは
黒葦の
「……黒葦様は背に傷を負っていたけれど、あれは
傷は
「これまで俺は、あいつの中に取り込まれていたし、この太刀も
「確かに黒葦様、目の
「力関係が逆転すると
なるほど、と思ったあとで、八重は引っかかりを覚えた。なにかをごまかされた気がする。
「だがこいつはもともと俺の太刀だ。殺せるわけがねえ。あいつから太刀を奪い返したはいいが、おまえの言う『黒葦』として存在するのが難しくなった。傷が
「……それで一時的に、私に
「他にどんな理由があるんだ」
悪びれずに言われて、八重は
「さっきあの場所で奇祭の真似をさせたのは、なんで?」
八重を
「質問の多い奴だなあ。……そもそもな、おまえが俺の太刀を置き去りにしたのが悪い」
亜雷が黒太刀の先でばしゃばしゃと水面を打った。……本当にそんな
「おまえに太刀を預けておけば
「はっ!? 待って。その黒太刀、奪われていたの!?」
亜雷は責めるような表情でうなずいた。
「なぜか知らんが、このところ急に朧者の出現が増加している。そいつらを
「私が知らないところでそんな出来事が」
八重は
(私を
すると黒葦は、八重の救助に来たというよりは、黒太刀を追ってきたのではないか。
「ええと、こういう流れ? 長年行われた廻坂廻りの効力で亜雷との力関係が逆転しそうだった、だからびひん様は力を削ぐために黒葦様を殺そうとした。でも黒葦様は
「ああ。これは俺もなぜか知らねえが、朧者の増加でまたあいつが力をつけ始めている。実際、
「百鬼夜行って、それが原因か!」
「あいつが完全に力を取り戻す前に、おまえに奇祭の真似事をやらせて俺の本体を石碑から解放させたんだよ」
「……そっか」
大筋は
けれども、もやもやする。解決していない部分がある。
(朧者の増加原因は本当に知らないみたいだ。でも、私の前に何年にもわたって、黒葦様として現れた理由は? 奇祭の真似事をさせたときに私を殺そうとした理由は?)
そして根本的な謎だが、これまでの廻坂廻りの中で、びひん様が黒太刀を持って花耆部を練り歩いていた理由はなんなのか。それに、びひん様は完全に退治できたわけでもない?
そのあたりの説明が
「ちゃんとわかったのか? おまえが俺という本体を解放したんだぞ。だから、どれほど不服であろうとも俺はもうおまえのものだ。それが、いまの俺の意味だ」
「……私にかまわず自由に生きてくれて大丈夫だけれど」
恩返し目的で
「俺から意味を取り上げるな。目覚めたばかりの俺を
むちゃくちゃな要求だ、と言いかけて八重は口を
「八重」
考え込んでいるところに
望まぬ入水を、亜雷が
「なぜ私の名をご存じか」
乱れた髪を片手で押さえながらぎこちなく
彼も八重ほどではないが、もふっとした髪をしている。そのため目元が見えにくいが、
「それは意味のある質問なのか? 俺の太刀はおまえのそばにいつもあっただろう。黒葦の姿でも、ともにいたじゃねえかよ。おまえの
「そういえばてめえ、虎姿のときは俺の身体をよくも好き放題に
この男、口が悪い。
「
八重が空中に文字を書くと、亜雷は息を
「誤読したようだな。美嬪じゃねえ」
「亜雷は知っているの?」
「
断言する亜雷の顔に、八重はそっと指を
目元を
亜雷は不思議そうに首を
「ひもがり? ……殯って、身分が高い人の死体を一時的におさめる場所のことだっけ?」
八重がその言葉を知っていたのは、かつての故郷で
「そうだ。名じゃなくて、あいつがどういう存在かを示す言葉だな」
「……あ、これ以上聞きたくない。嫌な予感がする」
八重がはっきりと
「まあ聞けよ。あいつは『神格を持つ死の国の者』だ。俺とは似て非なる存在なんだよ」
「聞きたくないって言っているのにこの
「だからそのことを忘れぬよう、斐殯と柱に刻んだんだ」
「……
つい口調を改めた八重に、彼は迷いなくうなずいた。
(確かにさっき、亜雷は自分がびひん様を追い
八重はこめかみを押さえた。他の話が
「俺はな、八重。斐殯のように完全に
「ソウデスカ」
目を
「異域から流れてきたってことは、こちらで新たに生を受けたも同然だろ。だが
八重たちのような「うろこ」とは
「
「十人がかりで握れる
なんとなく聞いたことがあるような、ないような。思い出せない。
「だからこれ以上は変形せぬように、俺は俺という存在の
にこりとする亜雷から、八重は少し身を引いた。だが、すぐに顔を寄せられる。
「なぁ八重、さっき宙に文字を書いたろう」
「ソウデシタッケ」
「俺と同じ世から八重も流れてきたな? そうでなければああもすらすらと『漢字』を書けるわけがない」
……しまった。たやすい漢字なら
「八重の魂は歪んでいない。水で
座る位置をずらそうとする八重の顔を、亜雷はわざとらしく
「ところでだ。俺は、俺をよく知らねえが、それでもいくつか覚えていることがある」
彼は、八重の
「俺には兄弟がいるんだよ」
「ふうん……。何人?」
「数ははっきりしねえわ。二人か四人か六人か……八人……十人……二十人か?」
「待って待って、どこまで増える」
際限なく増えていきそうだ。
「兄弟じゃなく
ぶつぶつと呟く亜雷から目を逸らし、八重は指先で黒太刀の真ん中あたりをちょんと
おまえのご主人様、
すると、膝の上ですっごくガタガタされた。なにこの黒太刀
「とにかく俺が確実に覚えてんのは一人だけだ」
人の太刀で遊ぶなというように
「記憶に残っているその弟を、
「弟さんもどこかに封じられているって意味?」
亜雷は八重の頭を撫で回した。ただでさえわかめみたいな
「ただなあ。弟は俺と違って
「……
「おもしれえよな、こっちの世は。神格のある者だろうと
亜雷は
「ここは
八重は考える。本当にまっさらな意味での黎明なのか。それとも
「弟さんに会いたいよね」
余計な思考を振り払い、八重が同情をこめて言うと、亜雷は
「あー、会いたい。うん、会いたい。よし、会わせてやろうな」
「……え?」
「おまえは、俺の命。そのおまえは都合のいいことに奇祭を取り仕切れるじゃないか」
「いや、取り仕切るなんて大げさな」
「俺を解放したように、弟もどうにかしてやれ。魂の変形は進んでいるだろうが、いまならまだあいつを救えるかもしれねえ」
「そんな
「俺の弟を救うことができたら、おまえを花耆部に帰してやるよ」
八重は息を詰めたあとで、身の
「亜雷の弟さんを救えるにこしたことはないけど……それは
正確には、「戻れない」だ。
八重の複雑な胸中に気づいているのか、亜雷は瞳に
「そこは案ずるな。俺が責任をもって住みやすくしてやる」
「どうやって?」
「
良案だろとばかりに
「な、せっかくだからこの機会にさ、美冶部の奴らも皆殺しにしようぜ。あそこの男に見捨てられたんだろ?」
「そこまで
八重は
「なに、
「そんな重い打ち明け話、笑いながら聞かせないでほしかった。だめだってば」
八重が首を横に振ると、彼はいぶかしげな顔をした。
「なんでとめるんだ。八重だってさっき、あんなにつらい、苦しいと
いま一番忘れたい記憶を
「こっちの世界に流されてきた俺は、
「心を
睨み付けると、亜雷は
「でもな、俺は八重に
下げて上げるという、優しさに
だが忘れてはいけない。この男は、八重に向かって
「そのうち私を殺すつもりだから、環性は気にならない?」
皮肉のつもりはなかったが、とっさにそんな問いが口をついて出た。八重はすぐに
どうせならもうひとつ聞いてしまえ。八重は
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