ヒーローの話

 


 魔女が燃えて、灰になる。

 空気が震え、歓喜が包む。


 罪には罰を。魔女には鉄槌を。

 正義は魔女をも倒すのだ。


 笑顔の民衆、宴を挙げる。

「悪い魔女が消えた」と言って。


 それが優しい少女でも。仲の良かった少女でも。

 魔女は魔女。悪は悪。


「今までよくも騙したな」

 民は口々にそう言った。


 悪口、罵倒、蔑みを。

 魔女へ手向けて笑ってた。


 それが優しい少女でも。仲の良かった少女でも。

 無垢なる罪無き少女でも。


「キィイイイ!」と。

 突然声が広場に響く。


 魔物だ、魔物だ、魔物だと。

 口を揃えてそう言った。


 空飛ぶ魔物、名はハルピュウア。

 人は驚き逃げ惑う。


 魔物は風を巻き起こす。

 それが魔女の業火を巻き込んだ。


 風に炎がゴウゴウ混じり、村はどんどん火事になる。

 怖いよ、助けて、どうしてと。叫びは風に飲まれてく。


 逃げる人々を魔物が襲う。

 人は次々死んでゆく。


 生きる為に、生きる為に。

 仲の良かった村人達は、今や命かかった敵同士。


 押しのけ、罵り、我先に。

 逃げ出し、焼かれ、死んでゆく。


 少し前まで生きてた村は、とうに死んだ村となり。

 ハルピュウアだけは我が物顔で、空を悠々飛んでいた。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


「Zzz……はっ!?」


 目をぐしぐしと擦る。

 体は横たわっていた。


 なんだぁ、いつの間に寝てたのか。

 じゃあさっきのは夢だね。悪い夢だった。本当に!


 火刑も、転生も、わたしが多分死んだ事も全部

 あー良かった良かった、疲れてたのかな?


 寝起きで口が乾いたなぁ。お茶飲もう。

 さ、台所台所…。


 立ち上がり、目をしっかり開ける。

 周りには何も無かった。


 そう、何も・・


 ……。

 …………。


「ワァッツ!!??」


 待っ待って待って待って待って待って!?

 夢は!?夢じゃ無かったの!?何この廃村!?タイムスリップ!?


 異世界転生の次はタイムスリップですか!?

 わたしが何をしたって言うんだぁあああ!!


 よくよく見てみると手が小さいし、視線も低い。

 うむ、幼女だ。ドワーフじゃなければ幼女だ。


 わたしも前は学年の中で一番背が低かったけれどこの身長は更に低い。

 何で転生(?)しても小さいままなんだろ。大きくなりたい!


 視線を体に移す。

 あれ、見覚えのある物が無い……。


 ……。

 …………っは!!


「服が無い!!??変態だーーっ!?」


 嫌ぁあああ!!!?流石にまっぱで外を出歩く趣味はありません!

 わたしは気付いたと同時に胸とあそこを隠す。


 誰かわたしを見ていないか周りを見渡す。

 人どころか草も建物も無い。みんなメラメラ燃えていた。


 っていうか火事じゃん。わたしまっぱだ何だって騒いでいる場合じゃないじゃん。

 逃げねば。わたし一人でも。わたしを見限った親は知らん。


 確か近場に森があった筈。でも火が燃え移ったら蒸し殺されそうだしなー……。

 あとあの森、魔女が住んでるって噂だしなー……。


 わたしみたいに捕まりかけて逃げた人だろうか。

 そういやわたし焼かれた筈なのになんで生きてるんだ。


 服が無い。処刑台も無い。という事は焼けたのだろう。

 でもわたしだけ焼けた跡が無い。火傷のやの字も無い。


 おかしい。よくよく考えなくてもおかしい。

 偶然?奇跡?それにしては出来すぎている。


 なんでかな?なんでだろ?

 ……分からない事は深く考えても分からん!以上、閉廷!


 それにしても、本当によく焼けている。

 歩き回った事でよく分かったが焼死体、多分顔見知りのがちらほらとある。焼けてて判別つかんけど。


 顔見知りの筈なのに、見ても心が全く痛まない。

 いっそ清々しい。転生(?)の衝撃で人の心まで失くしたのかな?


 なんというか……そう、火龍がタップダンスしたみたいな……そんな超常的存在が巻き起こした災害みたいだ。

 一言で言うなら地獄絵図。


 家も焼けてる。牛や羊の焼けるいい匂いがする。

 途端にくぅ……と情けない音が腹から聞こえた。


 お腹……空いた……。こんな場で不謹慎だけれど、お腹空いた。

 そりゃそうだ。元々農村という腹一杯食べさせて貰えるような環境じゃないし、魔女審問でご飯を抜かれていたのだ。


 あぁ、麦(多分)に火がついた。凄まじい速さで焼かれて行く……。

 うわ火の粉飛んできた。今まっぱなんだから当たったら火傷する!逃げねば。


 うーん、しっかし何故火がこんなに回っているんだろう?

 火、は多分火刑の火だろうなぁ……。


 風は一体どこから出て来たのだろう。

 今日は風の強い日じゃなかったのに。


 竜巻? ならもっと違う被害になりそうなもんだけれど。

 うーん、うーん?


 ゴウッ

「う熱っ!?」


 風が強く吹く。火が煽られてわたしを炙る。

 肌が少しヒリついた。


 何事も元の世界と同じように考えてはいけないのかもしれない。

 異世界の風は元の世界の風よりも強いようだ。


 風だ。風だって信じているよ。こんな強い風が普通なんだって信じてる!

 わたしに覆い被さるデカイ影、これが起こしてるんじゃないって信じてるから!


 だから!


「キィイイイ!!!」

「ぎゃぁあごめんなさいごめんなさい何でもしますから食べないでぇえええ!!!!!」


 本当に!食べないでぇええ!!!

 やだやだやだ、何これ!?魔物!?わたしの五倍近くあるよ!?


 わたしの知ってる中だとハルピュイアが近い。

 ギリシャ神話の怪物だ。


 頭と胸は女性で、それ以外は鳥のパーツの怪物。

 神話の存在が黄色く濁った目でわたしを睨みつける。


 知性はちっとも感じられない。

 口の周りは血で真っ赤で鉄臭い。


 目と目がばちこりと合っている。

 何もしていなくても感じる力の差に思わず涙ぐむ。


 ぺたりと尻餅をつく。

 足に力が入らない。


「い……や……」


 鉤爪がわたしに向かって伸びる。

 わたしにはほんの少しずつ後ろに下がって、出来るだけ爪が届くまでの時間を伸ばす事しか出来ない。


 攻撃の手段も、何も無い。

 知恵はこの場では役に立たない。


 知らない内に生まれ変わって。冤罪で、火刑に処されて。

 家族からは見捨てられ、そして化け物に食べられて死ぬのか。


「……は、はは」


 短いけれども嫌な人生だった。これは悪夢だ。これから起こる事もきっと悪夢。

 だから、次に生まれ変わる時は夢から覚めたなら


「もう少しマシな人生現実を……」


 死に際だからか世界がゆっくりに感じられる。

 鉤爪がわたしの頰に触れる。赤い線がつと入る。


 そうして、そのままハルピュイアは━━


「邪魔なンだよ、退け」

「キィイイイ!!??」


 ━━爆発四散した。


「……へ?」


 血しぶきがわたしに降りかかる。

 今、目の前で何が起きたというのか。

 怖くて目を瞑っていたから見えなかった。


 目を瞑る前と違う事、それは目の前にいたハルピュイアが居ない事、それからその代わりとでも言うように見知らぬ少女がわたしの目の前にいる事だ。


「お前、大丈夫か?」

「え、あ、はい……」


 少女……少女?十六、七歳くらいの見た目を果たして少女と呼ぶのか。……呼ぶか。

 紫色の天パ?でふわふわした髪を腰まで伸ばしている。


 目は黄色。ただし眠そう、というかめんどくさがりな印象を受ける半目だ。

 髪と併せてさつまいもみたいな色合いだ。


 服は修道士っぽいような、そうでもないような……。

 タータンチェックのブランケットの羽織りが落ち着いた雰囲気の修道服になんともミスマッチだ。


「……取り敢えずこれでも羽織ッてろ」

「あ、ありがとうございます」


 わたしの状態を見兼ねてか羽織りを貸してくれた。優しい。

 一瞬さつまいもカラーとか思ってごめんなさい。


 ……ふぁ、安心したのか眠くなって来た。羽織りも暖かいし。

 でも、この人の素性も知れないし、名前も知らない。


 ここで眠ったら何されるか分からない。

 悪い人じゃなさそうだけれども……。


「何だ?寝みィのか?」


 いやいや、そんなんじゃ……ぐぅ。

 本能睡眠欲求には抗えないよ……。

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