第6話◇決めました魔王軍行きます

 



「ヒモ?」


『女の金を使って自分は堕落した生活を送るカスのことよ』


「え、悪いやつじゃないか……」


 しかし、言われてみればエレノアの誘いはそういう類のものに聞こえる。

 向こうからヒモになっていいよとは、なんだか変な話だ。


「レインさま、そこの聖剣が言っているのは三流のヒモです」


「三流のヒモ」


『くっ……それどころじゃないのは分かっているのに、「まずもってヒモに等級があるのかよ」というツッコミを抑えきれないわ……』


「そもそも、金銭的に依存する代わりに何かしらの精神的肉体的メリットを提供するのが俗に言うヒモでございますが、これは一種の取引と言えるでしょう」


「なる、ほど?」


「取引が男性に有利すぎる場合を三流、条件がつり合っている場合を二流とした場合、これを超えるのはそう――自分を養うことそのものに幸福を感じる女性と暮らすことです」


 彼女の話からするに、男性のみが得をする状態だとヒモとしての格が低いわけだ。


『この女自分の願望を一切隠さなくなったわね……あと本当に自分なりに等級分けてるのね……』


「エレノアは……俺がそっちの国で好きに暮らすと、幸せなのか?」


「それはもう天にも昇る心地でしょう」


 想像したのか、エレノアがだらしなく表情を緩めた。

 部下とかに見せちゃいけない顔だ。もし今日対面した時のクールな感じで仕事してるなら、威厳とかが地に落ちてしまう。


「……昔助けた礼じゃなくて?」


 向こうが感じた恩義に甘えるというのは、したくない。


「まさか、あれはきっかけに過ぎません。これは礼ではなく、私の欲ぼ……夢なのです」


 夢、か……。


『欲望! 欲望って言いかけたわ!』


「幻聴でしょう」


『聖剣はそんなものとは無縁なのよ! 全ての言葉を正しく聞き分けるんだから!』


「まぁ、それはすごいですねぇ」


『チビッ子あやすみたいに言うな!』


「とにかく、私は対価を求めません。強いて言うならレインさまの新しい生活に、どこか私の居場所をいただければと思いますが」


 世間話したりとかだろうか。そんなもの対価の内に入らない。


「自由って、本気なんだな……」


 もしこれが全部演技だとすれば、大したものだ。

 この話の早さだと、彼女は前々から計画していたのだろう。


『そんなうまい話があるわけないわ! 仮にレインへの待遇が全て実現されるとしても、目的は勇者が抜けることによる人類の戦力低下とか、そんなんでしょう』


 聖剣は、なんとかエレノアの裏を暴こうとしたのだろう。

 だが皮肉にも、その問いへの答えが、俺の意思を決定的なものとした。


 彼女は真剣な顔に戻り、落ち着いた声で言う。


「レインさまがお優しいのは私とて理解しているつもりです。きっと、『命令』が失われてもご自分の意思で人助けをなさるでしょう。そこまで含めて――『自由』と申しているのです」


「――――」


 魔族を殺したいわけじゃない。

 ただ今日の任務みたいに、俺がいることで助かるやつがいるかもしれない。


 全部を全部とはいかないが、知ってしまったらきっと助けに向かうだろう。


「もちろん我が国に滞在なさる以上こちらのルールに馴染んでいただく必要がございますが、ご相談いただければ全面的に協力する用意がございます」


『ぐ……この女、目が本気だわ……』


「私としましては普通の少年のように暮らしていただくのが一番よいのですが、幸福を見つけてもらおうというこちらが貴方を縛るわけにもいきません」


「……もし、俺がいつか幸福ってのが何か分かって、それがそっちの国では手に入らないものだったら?」


「必要とあれば、どんな協力も惜しみませんとも」


 エレノアは即答した。


『……れ、レイン?』


「本を読みたい。街のやつらが読んでるみたいな、娯楽作品を」


 魔法や戦術など、教育係の英雄たちが必要と判断したものしか読んだことがない。


「はい」


「自分の部屋がほしい。陽の光がよく入ってくるところだと嬉しい」


 ここ十年移動続きの生活だったので、自分の部屋なんてものも当然なかった。


「承知いたしました」


「あと……大きな風呂にも入ってみたいし、街を案内してほしいのと……それと、子供がやるような遊びを教えてほしい」


 裸が一番危険なので、体を濡らした布で拭う場合がほとんど。他の客もいるような大衆浴場など行けるわけもなかった。


 様々な土地を巡ったが観光? 的なことをしたこともない。


 子供の遊びは……やったことがないので、少し気になっている。

 子どもたちが輝く笑顔を浮かべていたのだ、きっと楽しいのだろう。


 エレノアは全てを、嬉しそうに聞いてくれた。


「い、今の全部……勇者おれが望んでも、おかしくないか?」


 不要、無意味、勇者は特別、一般人とは違う、遊びに現を抜かす暇などない。

 そんな、何度も聞いたような言葉が頭の中でぐるぐる巡る。


 それをかき消したのは、エレノアの声だった。


「もちろんです。その望み、私が責任を持って叶えてご覧に入れましょう」


 一瞬、他の英雄たちの顔が浮かんだ。

 怒るだろうか、失望するだろうか、あるいは心配とか? どうだろう。


 でも、俺がずっと抱えていた願望が、おかしいものではなくて。

 俺が経験してもいいものだというのなら。


「じゃあ、エレノアについてくよ」


「……! はい……っ!」


 感極まったように、目尻に涙を湛えるエレノア。


『ええええええええええええええ!?』


 穏やかな空気が流れたところに、聖剣の叫びが響き渡った。


「なんだよ……」


『あ、あんたそれ、人類を裏切るってことよ!?』


「そう……なるのか? でも今まで通り、人間領攻めようとしてる悪いやつらとか倒しても構わないんだろう?」


「えぇ、色々準備が整うまでは、所属は隠していただく必要がございますが」


 俺は自由といっても、魔王軍の食客になる以上は色々調整が必要なのだろう。


 人と争うつもりがない国であっても、エレノアのような強者が四天王にいたりする。

 今日ここに来た目的を考えても、自衛のためだけに揃えた戦力というわけではなさそうだ。


 向こうにも向こうの事情があるのだろう。

 その上で、俺に自由にやらせてくれると言っている。


「あのさ、聖剣。考えてみろよ、やることは変わらないのに、待遇はよくなるんだぞ?」


『い、いや、そう、なの? でも、え、人と争う意思がない国とはいえ……魔族の国に身を寄せるって……』


「俺はうまい飯と甘いもの食いたいし、思う存分寝たい」


『で、でもでも聖剣的には魔族に与するっていうのは……』


「ふむ……じゃあお前は人間側に預けて――」


『それはダメ……!』


 必死な声で言う。

 以前から感じていたが、こいつは勇者の剣で在ることに強く執着しているようなのだ。


「じゃあ一緒に行こう」


『うぅ……歴代最強の勇者が魔王軍に寝返るなんて……しかもご飯とか睡眠とかで……』


「どっちにしろ、俺は行くけど」


『ついてくわよ! ていうかね、絶対あの五人追ってくるからね?』


「どうかなぁ、あいつらも忙しいだろ。俺を探す暇はないんじゃないか」


 それに、俺が死んだのではなくどこかで魔族と戦っていると、あいつらなら気づく。

 命令に従うという形ではなくともやることをやっていれば、すぐ探し出して連れ戻すなんて話にはならない筈だ。


 起こるだろう騒ぎはきっと【軍神】か【賢者】あたりがなんとかするだろう。


 ただ一人だけ、【聖女】の動きは読めない。 


『初の単独任務で、この銀髪に逢ってしまったのが運の尽きね……』


「俺にとっては多分、幸運ってやつなんだろうな」 


「! 必ずやご期待に応えてみせます!」


 そんなこんなで、俺はとある国の魔王軍で世話になることになった。


 もちろん、売られてしまった子達はそれぞれ保護し、安全な場所まで送り届けた。

 俺とエレノアが魔力量に優れ、空間属性を使える者で良かった。


 魔力をかなり消費して疲れたが、安いものだ。

 うぅん……睡眠と食事、どっちを先にしようか。


 俺はそんなことを考えながら、エレノアと共にその場を後にした。



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