第5話 おっさんが豆腐屋な件
「───おっさん、あんた三丁目の豆腐屋の入り婿の外国人だろ?」
おっさんが飛び上がる勢いで驚いた。
「───おっさんは覚えていないかも知れないけど、俺は日本に来て4年目くらいのおっさんから豆腐を買ってやったこともあるのだよ。………お忘れかい?」
おっさんの出身国は、母国語は英語ではなく、ヨーロッパユーロ圏の中では英語の通じるランキングは下の方だったはず。
日本よりはランキングは高いが、おっさん個人としては英語はほとんど出来なかったらしい。
しかも今じゃあ日本に長く居すぎて母国語も怪しくなってきているとの噂もある。
………ある意味俺とおっさんは仲間だね。
自慢じゃないが、おっさんと同じく俺も全く英語は出来ないし、あえていうなら日本語だって怪しい。
────あ、ホントに自慢じゃないや。
でも、俺の名誉の為に言い訳をさせてもらえれば、転勤族だった親父にくっついて日本中を移り住んだお陰で、色んな地方の方言がごちゃ混ぜになったんだよ。
いつもは意識して標準語喋ってるけどね。
話しは戻るけど、まぁ、おっさんは十代で日本に来て、もう30歳は軽く越えてたはず。下手すると四十路?
日本文化に憧れて来日して、豆腐屋の娘さんに一目惚れして結婚して、尻に敷かれて今に至る。
そんなだから、今までの人生の後半は日本に居て、惚れた弱みで豆腐屋の入り婿になって以来、豆腐屋の店先に立って毎日近所のおばちゃん達と世間話。話す相手は近所のおばちゃんばっかしで、その間全く母国語喋ってないんだから母国語忘れても仕方ないよな。
俺も人生の前半に喋ってた赤ちゃん言葉は忘れたぜ。
だから無理やり英語を使おうとしたらそりゃスマホに頼らざるをえないわな。
……………。
あ、今気付いたけど、今日の俺、なんか優しくない?
さりげなく、おっさんの事を気遣ってるし、こんな気遣いができるなんて、大人になったもんだなぁ。
────そんな事を考えながら、俺はおっさんにこう言い放った。
「………で、おっさん、俺に何が言いたいの?」
………あ、なんか冷たい言葉出た。
考えてもいない冷たい言葉出た。
本当の俺はもっと優しいんだよ、おっさん。
これはそう………ほら、あれだ、ツンデレ!そう!ツンデレだ!!
……どうしよう、おっさん更に涙目になっちゃったよ。
───でも、これが最後の駄目押しになって、ここで観念したおっさんは普通に日本語で話し始めた。
「敵の幹部の運転する車に跳ねられて死んだ君を、我々独自の治療法で蘇らせたんだ」
「え?やっぱ俺は死んでたの??」
あ、ショッキングな事実判明。
「うん、それはもう完膚なきまでに。顔なんかもう肉親でも判別不可能な位だったよ。そうそう、忘れてた!ほら、写真みる?」
そう言って俺におっさんが写真を見せようとする。
凄く嬉しそうだ。
さっきまで涙目だったのに。
ムカつく。
「見なくてもいいよ、勘弁して!」
俺はグロ耐性がないから丁寧にお断りした。
だが、おっさんはここぞとばかりグイグイ来る。
「そう言わず、ほら、見てよ」
「いや、いいって」
「そんなこと言わないで……」
「見なくても結構です」
「結構です?それって良いってこと?」
「アホなこといつまでもグダグダ言ってんじゃねー!見なくていいって言ってんだろ!!」
いい加減しつこいおっさんにそう言って、おっさんの持つ写真を叩き落とした。
────はずだったが、おっさんの方が一枚上手だった。
懐からもう一枚。
「ほらほら、美人だろ?僕の奥さん?」
………嫁自慢かよ!!
「流れから言って、俺の事故の写真を見せようとしたんじゃなかったんかい!!」
この流れからなら普通そうだよな?
「だって君の死体本当に大変な状態だったんだよ!いくら僕だって、そんなキモい写真撮ってないよ!」
………あぁ、もうこのおっさんの相手は嫌だ。
確かにおっさんが言うような状態だったなら、そうかも知れんが………だからと言ってキモい言うな。
……キモいって言った奴がキモいんだぞ。
「あ、写真で思い出した。今回全部プリントするなら240リラになりますが……好きなショットを選んでプリントも出来ますよ」
「マジで商売してるんかい!」
このおっさん、あのナースコールのボタンと勘違いさせる自撮り写真で金を取る気らしい。
………ん?まてよ?
リラってイタリアで昔使われてた通貨だよな?
もう通貨はユーロになっていて、リラは廃止されてるはずだ。
………ふざけてんのか?
………それとも素なのか?
「おっさん、イタリアのリラってユーロに統合されてもう使われなくなったよね?」
「!?」
それを聞いておっさんがこっちを見て固まる。
涙目だけじゃなくプルプル震えだした。
………知らなかったのね。
恥ずかしくて震えてるのね?
───日本にずっと住んでるんだもの、知らなくて当然だね。
………ってそんなわけあるかーぁ!
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