プライバシーとはいったい

 魔王城での滞在を許可された翌日。

 私は、魔王――レボルからあてがわれた部屋で寛いでいた。


 テーブルに目を向けると、薄い白磁のカップから湯気が立ち上がっている。

 カップを手に取ると、気品高い芳醇ほうじゅんな香りが鼻腔をくすぐる。

 口に含むと、上品な甘さが広がっていく。 


「――美味しい。セバスの淹れる紅茶はいつ飲んでも最高ね」


「お嬢様の執事であれば、これくらいはできて当然でございます」


 セバスが半直角の礼をした。

 出来る執事は回答もスマートだ。


 コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。

 セバスが扉を開けると、レボルが立っていた。


「エリカ、頼まれていたものを持ってきてやったぞ」


「まあ、もう用意してくださったんですのね。どうぞお入りになって」


 レボルが持ってきたのは、縦横2メートルはあろうかという大きな鏡だ。

 部屋の壁際に立てかける。


「こんなものを何に使うつもりだ?」


「こうするのですよ」


 鏡に触れ魔力を流し込むと表面が波打ち、だだっ広い草原が映し出された。

 そこには、ぷよぷよとした魔物――スライムと対峙している少年の姿が見える。


「これは何だ?」


「遠く離れた場所にいる相手を映す魔法ですわ。鏡を媒介する必要があるのですけど、相手に気づかれる心配もないので便利なんです」


 この魔法の素晴らしいところは映像だけでなく、音声まで伝えてくれることだ。

 

「この鏡に映っている人間は誰だ?」


「彼は私の幼馴染で、名前は一ノ瀬善人よしと。女神アシュタルテに召喚された勇者ですわ」


「何!? 勇者だとっ!」


 レボルが眉間にしわを寄せる。


 そんなに警戒しなくてもいいと思うんだけど。

 ああ、そういえば何で魔王城に滞在したいか、理由を言っていなかったっけ。


 今の善人は正直言って弱い。

 鏡越しにステータスを読み取るが、レベルは1だった。

 昨日、召喚されたばかりだし、これが初めての実戦なのだろう。


「私たちがこの世界にやって来た理由が彼なのです。せっかくですからレボル様もご覧になりますか?」


「……そうだな」


「カイルくんも扉に隠れてないで、入ってらっしゃい」


「……いいの?」


「ええ、遠慮しないで」


 隠れていても私にはバレバレなのだよ。


 おいでおいでと手招きすると、カイルは息を弾ませながら一直線に近づいてきた。

 子犬のようで可愛らしい。


 備え付けのソファに座ると、カイルは私の隣にちょこんと座ってきた。

 出会って1日しか経っていないのだけど、何故か懐かれたようだ。


 頭を優しく撫でると、カイルは嬉しそうに笑った。

 あー、なんだか癒される。


 レボルが何だか苦虫をみ潰したような表情をしているけれど、気にしない。


 カイルの頭を撫でつつ、鏡に視線を戻す。


『せいっ!』


 善人が手に持った剣でスライムを両断しているところだった。


「ほう、太刀筋は悪くないな」


 善人の動きを見て、レボルが呟く。


 ええ、そうでしょうとも。


 善人は幼い頃から剣道と空手を続けていて、今ではどちらも有段者だ。


 魔物との実戦は初めてでも、下地はできている。

 見た感じ、動きの鈍そうなスライムに苦戦はしないはずだ。

 

 スライムが消滅すると、小さく光る石が残った。


「あれは何ですの?」


 レボルに問いかける。


「魔石だ」


「魔石とは、どのようなものですの?」


「魔力を結晶化したものでな、魔物や我ら魔族の体内に必ず一つあるものだ。人間の国では武器や防具などの素材として使っているらしい」


 素材か……。

 どんなことができるか試してみたくなるわね。


「レボル様、魔王城の外にいる魔物を少し狩ってもよろしいでしょうか?」


「魔物であれば別に構わん。あれらは別に我の直属の配下ではないからな」


「ありがとうございます。アン、適当に狩ってきてくれる?」


「了解っす」


 アンはスカートからライフルを取り出すと、扉を出ていく。

 私が魔改造したもので、魔力弾を射出する。

 

 スライムを倒したことで、善人のレベルが2に上がった。

 経験値3倍の恩恵を受けているだけあって、上がるのが早い。


 同時にステータスも上昇したけど、レベルが1上がったくらいでは目に見えて強くはならない。


 だけど、善人の目は輝いていた。

 ほんの僅かだとしても、自分が強くなったという実感はあるのだろう。


『いいぞ、ヨシト』


『お見事です、ヨシト様!』


『初めての戦闘にしちゃ上出来だよ』


 盾を持った大柄な男と、杖を持った少女、同じく杖を持つ眼鏡をかけた女性が善人を褒めている。


 3人に対して、善人は笑顔を見せた。


『ありがとう、みんな』


 善人のパーティかしら?


 それぞれのステータスを視てみる。

 男が盾使い、少女が神官、女性が魔道士で3人ともレベル20。


 構成的にはバランスの取れたパーティだけど、魔王城ここに来るのに必要なレベルが最低でも80ということを考えると、心もとないレベルだ。


 善人をサポートするのは決定事項だけど、同時に善人の周囲を固めるメンバーもそれなりに強くなってもらわないといけない。


 他のメンバーが弱いままで足を引っ張るようなことがあれば、きっと善人は助けようとするからだ。


 なぜなら、それこそが善人の目指している場所なのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、善人はスライムやゴブリンを倒し、レベル3になったところで街の中に戻っていった。


 善人たちは街の中でもひときわ大きな建物の中に入っていく。

 

『すみません、魔石の買い取りをお願いしたいんですが』


 善人が先ほど狩った魔物の魔石を取り出し、カウンターごしの受付らしき女性に渡した。


『買い取りですね、少々お待ちください』


 へえ、この建物で魔石の買い取りをしているというわけね。


 あら? 善人に近づいてくる黒髪の男がいるけど……あの顔は日本人?


『なんだ、もう帰って来たのかよ』


鋼太郎こうたろう。ああ、みんなが最初は慣れるだけにしておいたほうがいいって言うんでね』


『はっ! そんな調子じゃ俺が先に魔王を倒しちまうぜ。女神イシュベルの勇者である、この鋼太郎様がな』


 女神イシュベル――初めて聞く名前だ。

 

 というか、やっぱり善人以外に勇者がいたのね。


 って、もう1人近寄ってきているけど。


『ふっ、聞き捨てならないな、鋼太郎。魔王を倒すのは僕さ』


『ちっ……駿しゅん、戻ってきてやがったのか』


『ああ、新しい勇者がやって来たという話を聞いたんでね。君がそうだね? 僕は定森駿。女神フローヴァに召喚された勇者さ』


『初めまして、駿さん。一ノ瀬善人です。女神アシュタルテに召喚されました。右も左も分からない若輩者ですが、よろしくお願いします』


『ああ、よろしく』


 善人は駿とがっちりと握手を交わしている。


 ええっと。

 これ以上、勇者は現れない――わね。


 勇者は善人を含めて3人、女神も3人。


 ステータスを視たところ、鋼太郎のレベルは25、駿のレベルは36と、善人よりも高い。

 彼らのパーティも善人と似たような構成だけど、平均してレベルは善人のパーティよりも上だ。

 レベルが高いということはそれだけで有利になる。

 

 気になるのは、善人に対する感情が表面上の態度に比べて良くないこと。

 これは善人にというよりも、他の勇者に対して、といったほうがいいかもしれないわね。


 鋼太郎も駿もお互いに良い感情を持っていないようだし。

 召喚した女神が違うことが関係しているのかしら?


「セバス」


「はっ」


「あの2人の勇者について調べてきてくれる?」


「お嬢様のご命令とあらば」


「ありがとう」


 私は転移魔法を発動させ、最初に映し出された草原と繋ぐ。

 

「詳しいことが分かりましたらご連絡致します」


「ええ、お願い」


 セバスは最後に一礼すると、繋がれた草原へ飛び込んだ。

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