フライングヒューマノイド

 この話はぼくが子供のころ提灯行列に参加した日からはじまる。提灯行列というのはみんなで提灯を持ってそこらを歩くだけの謎のイベントで、由来は不明だけどお盆の迎え火や送り火とはなにも関係ないらしい。ぼくが小学校にあがる前くらいはたしか本当に提灯を持って行進していたけれど、その年参加したときは、小さい子に火を持たせるのが危ないという配慮からか、懐中電灯を持つことになっていて、ますます趣旨が不明だった。

 夜の公園についたとき、ぼくのいとこ(名前は仮に友子さんとしておこう)が、「肝試しをやります」と切り出した。友子さんは、

「この公園はむかし処刑台があった場所で、いまでも幽霊が出るって言われてるんだ」

と言った。

「処刑台ってなに?」とぼくがたずねると、友子さんは「犯罪で死刑になった人を殺す場所」と教えてくれた。

「それは本当の話?」

ぼくの質問をスルーして友子さんは、

「幽霊を刺激するとまずいから、懐中電灯は消してください」

と続けた。ぼくは言われたとおりにし、ぼくたち二人は公園の築山を登り、山の裏を見て帰ってくることになった。ぼくは築山という言葉も知らなかったので、この公園の山を指す固有名詞が月山なんだと思っていた。

 築山を登っていくと、街灯はすごく遠くに感じられ、道はすごく暗く感じられた。途中、リュウノヒゲかなにかの茂みを踏み抜いてしまい、声こそ上げなかったものの心臓がドキドキするほど驚いた。

 ふと、空を見上げると丸い小さな光がぼくたちについて来てることに気がついた。ぼくらが立ち止まると光も止まる。ぼくたちが歩きだすと光も同じ速さで進んだ。

 ぼくは人魂だ、ほら、と指差し友子さんに光の存在を教えてあげた。友子さんはしばらく空を見上げていたが「私にはどこにいるのかわからないよ」と言い、カズ君(ぼくのこと)は霊感が強いのかもしれないね、と言った。そうかもしれない、とぼくは納得した。

 思い返すと、もっと小さいときからぼくはよく空を見上げていた。ぼくにとって、なにかが空を飛んでいることは当たり前の事実だった。その何かは光っていることもあったし、ただの黒い斑点のようなこともあった。目を凝らすとその光や斑点が軍艦のようにも見えることもあったし、人形のように見えることもあった。

 UFOという言葉は後から知った。UFOの存在を否定する人がいるのが、ぼくには奇異に感じられた。UFOが宇宙人の乗り物であるかどうかはひとまず置いておく、ただなにかが空を飛んでいることは事実なので、それ自体を否定しないでほしい、という意味のことをぼくはむきになって母親に語ったことがあるが、つたない子供のおしゃべりだったのであまり理解はされなかったようだ。

 霊感という概念はぼくにはぴったりきた。空を飛んでいるものに対するするどさは人それぞれで、見える人と見えない人がいるのだ。ぼくは見える人だ、とぼくは思った。

 築山で光を見た次の日、ぼくの家に変な電話がかかってきた。両親がいない時間だったので、はい、と電話に出ると

「こちらは、ロボット研究所です」

という。

「ただいま、アンケート調査を行っています。発信音がなりましたら、あなたの性別、住所、誕生日を教えてください」

 ピーッという発信音がなり、ぼくは電話を切った。

 その二、三日あとだろうか、学校帰り、校門の前に風船をたくさん持った人が立っていた。その人は当たり前のように、はい、と風船をぼくに差し出して来たので、ぼくは風船を受け取ってしまった。風船を受け取るとその人は

「この近くに新しい学習塾ができたのを知っていますか?」

と話しかけてきた。

「いえ、知りません」

「その学習塾で、いまアンケートをやっていまして、ご協力いただけないでしょうか」

「親に聞かないと答えられません」

と、ぼくは風船を返そうとした。

「簡単なアンケートです。あなたの性別、住所、誕生日を教えてください」

その人は笑顔で言った。その声の無機質なトーンが、家にかかってきた電話とそっくりだった。ぼくは風船を持ったまま走って逃げた。

 UFOはたぶん空の上から子供たちを見張っているんだ。空ばかり見上げているような子供はUFOの恰好の標的だ。UFOの目撃者のもとには、UFOからの使者が送り込まれる。個人情報を聞き出して、その子供そっくりのクローンを作り上げる。UFOを目撃した子供はクローンと入れ替えられて、周りの大人達はその変化に気づかない。

 ぼくは空ばかり見上げている子供だった。野球にもロックバンドにも芸能ニュースにも興味がなかった。そのことをUFOに気づかせてはいけない。

 提灯行列の日からだいたい十年たった今日、ついさっきまで友子さんの結婚式だった。友子さんの旦那さんは太っているけど筋肉質ですごく元気がよさそうだった。

 大人になれないかもしれないって不安だったんだよね、

「大人になったじゃん」

と友子さんは言った。

 ぼくは久しぶりに空を見上げて、UFOからぼくを見下ろすぼくに、ぼくがどんなふうか見せてあげる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る