第一章 セージとグリエ

第1話 強火のグリエ

 しっぽ族にとって、15歳は立派な大人だ。


 グリエは15年の半分を野原で、残りの半分を都市で過ごした。

 両親は遊牧民で、幼いころは羊や陸鮎と共に草原を走り回っていた。でも、グリエに魔法の才能があることがわかると、両親は彼女をパステシュの街に預けることにした。パステシュには学院があり、そこでは魔法の才能がある子どもの面倒を見てくれたのだ。


 学院での生活は、グリエにとっていい影響と悪い影響をもたらした。


 グリエが親和性を持っていた魔法は発火術はっかじゅつで、これはとても危険な魔法だった。でも、学院で学んだおかげで、グリエはその制御を身につけることができた。喜んだときや怒ったときに火を吐いたり、寝ぼけて壁を吹っ飛ばしたりすることは、ほとんどなくなった。それが、いい影響。


 悪い影響は、グリエは魔法への親和性が高すぎて、発火術の扱いを身につけるためにほかの生徒の三倍の時間を費やしたことだ。それで、他の勉強をすることができず、次第に彼女は『落ちこぼれ』になっていった。


 しっぽ族にとって、十五歳は立派な大人だ。ふつうの生徒なら、学院を卒業する歳である。

 でも、グリエはだんだん学院に顔を出しにくくなって、代わりに冒険をするようになった。


 グリエがいかに冒険をするようになったのかは、長い話になる。

 それよりも、いま重要なのは、『像』だ。


「……で、森の奥になにがあったと思う? なんと樫でできた宮殿! 木と木が組み合わさって、砦になってるの」

 鉤尻尾をぴんと立てて、グリエは必死に説明していた。これから『像』を売るつもりなのだ。そのためにはできるだけ、話を派手にして盛り上げなければならない。


「宮殿? 砦? どっちなの?」

 道具屋のマリネは、『像』を顔の高さに持ち上げて、何度も確かめていた。


 『像』の胸から下は、土台と一体化していた。胸像というやつだ。どうやらエルフの姿を模しているようだ。頭上に王冠をいただいた、若い男のように見える。エルフの特徴である、長くとがった耳もついていた。大きさも重さも、片手で持ち上げられるくらいだ。


「どっちも。つまり、砦ぐらい強そうで、宮殿ぐらい豪華だったわけ」

「語彙がないよ、グリエ」

「とにかく、そこで見つけたのがそのアイテム。どう? 魔力をビンビン感じて尻尾の毛が逆立ってくるでしょ?」

 大げさな身振りをしてみせるグリエに、マリネは「うーん」と鼻の奥を鳴らした。


「たしかに、何かありそうだけど……」

 マリネは『像』に鼻を近づけてクンクン鳴らした。それで何かがわかるわけではない。単にクセだ。

「なんに使うのかわからなきゃ、値はつけられないよ」

 ふたりはお互いのことをよく知っていたが、マリネはこと古道具に関しては妥協をしない。友達だからといって、甘い顔は見せないのだ。


「きっと昔のエルフの王様の姿をかたどってるんだよ。飾っておけば、いつでも歴史のロマンに触れられたりなんかしちゃったりして」

 赤いくせっ毛を指で整えながら、グリエは主張する。でまかせでしゃべっている時の癖だ。


「エルフの王様ねぇ」

 マリネは冷めた目で、胸像をひっくり返した。そこに誰の像なのか、名前でも刻まれていないかと思ったのだ。

「ん?」

 胸像の台座には、小さな継ぎ目があった。その中から、細い糸のようなものがちらりとのぞいている。


「グリエ、これ」

 マリネが示す。対面の少女は、受け取った像をしげしげと眺めた。

「なんだろ」

 継ぎ目をかりかりと、爪で引っ掻く。


「ここに何か突っ込んで、こじ開ければ……」

「壊れちゃうよ」

「気になるじゃんか。何か中に入ってそうだよ」

 眉間にしわを寄せながら、グリエは継ぎ目からはみ出している糸をつまむ。


「この糸、キラキラだ」

「考えずに口にする癖、なおしたほうがいいよ」

「こんど気にする」

 忠告を聞き流しながら、つまんだ糸をひっぱる。光に当てるとうっすらと透けて、金色に輝いていた。


 ぴん、ぴんっ。何度か引っ張ってみる。どうやら、糸は胸像の内側までつながっているようだった。


「えい!」

 ぷつっ。


「痛ってぇ!」

 思い切って強く引っ張った瞬間、どこかから声が聞こえた。


「何か言った?」

「あたしじゃないよ」

 グリエとマリネが顔を見合わせる。たしかに、若い男の声に聞こえた。


「グリエ! それ……」

 マリネが胸像を指し示す。像の表面には亀裂きれつが入り、中から光があふれていた。まるで、何かの封印が解かれようとしているみたいに。


「えっ? うわっ!」

 光はどんどん強くなり、しまいには目を開けていられないほどに。


 グリエは思わず胸像を取り落とし、顔を手で守った。あんまり強い光だから、手のひらがオレンジ色の影になっていた。


「な、なにが起きたの?」

 光がゆっくりとおさまっていく。ぼやけた視界で、マリネが目をしばたたいているのが見えた。

 そして……


「これって……」

 胸像はカウンターの上に転がっていた。表面にはいくつかヒビが入っていたが、元の形を保っている。


 でも、それどころじゃないことが起きていた。


 像のすぐそばに、小さな人が倒れていた。小さな人というのはそのままの意味で、グリエが手で掴んで持ち上げられるぐらいのサイズなのだ。

 体と同じぐらいの長さの金髪。男女どちらとも見える顔立ち。薄衣うすぎぬのような服。体つきは人形のように細い。でも、胸のあたりが動いて、呼吸しているのがわかった。今は眠っているか、気を失っているらしい。


 そして、背中にははねがついていた。

 蝶のような、トンボのような。でも、それは体から生えているというよりは、魔法の力で出来ているように思えた。


「フェアリー、かな?」

「フェアリー?」

 マリネのつぶやきにグリエは赤い髪を揺らして首をかしげた。


「学院で習ったでしょ。森に住む妖精で、エルフの近親種族。五王国時代はたくさんいたけど今はかなり珍しいんだよ」

「えっ、じゃあ高く買ってくれる?」

 グリエにはとにかくお金が必要だった。


「生き物の売り買いはしません」

「ちぇー」

 きっぱりと言い切るマリネに、グリエはがくっと肩を落とした。……と、そのおかげで、寝ころんでいるフェアリーのすぐそばに、指輪が一つ転がっていることに気づいた。


「これも、一緒に中に入ってたのかな?」

 さっきまでは確かになかったはずだ。となると、さっき像が光ったときに中から出てきたに違いない。

 グリエがつまんで持ち上げる。銀色のつややかな表面。内側には、グリエの知らない文字が刻まれていた。


「これって、エルフ語だよ」

 マリネが身を乗り出して、何度も鼻をならした。柔らかそうな毛に包まれた彼女の尻尾も立ち上がっている。


「じゃあ、五王国時代のものってこと?」

「たぶん、いや、きっと、そう! これってすっごく貴重だよ。なにか魔力がこもってるけど、文字の意味が解読できればわかるかも」

 グリエがつまんだ指輪に顔を近づけたマリネが鼻をフンフンと鳴らす。


「ち、近いよマリネ」

 生温かい鼻息を噴きかけられて、手に汗をかきそうだ。

「ごめんごめん、でもこれってすごいよ!」

 興奮気味のマリネ。古代の道具が大好きで道具屋になる道を選んだ筋金入りなのだ。


 その顔を見ているうちに、赤髪のしっぽ族はピンとかぎ尻尾を立てた。

「これは、買ってくれるよね? あたしが見つけた像から出てきたんだもん」

 指輪を掲げてにんまり口調で告げるグリエに、マリネはグムゥ、と喉を鳴らした。


「た、確かに。えーい、じゃあ、指輪と像を合わせて、銀貨五十枚!」

「よし、交渉成立ぅ!」


 繰り返しになるが、グリエにはとにかくお金が必要だった。マリネの提示した金額は、古そうな指輪よりもずっと魅力的だ。


「この子は……どうしよっか?」

 指輪と像を銀貨の詰まった袋と交換して、カウンターに残ったのは像と、そして眠ったままのフェアリーだ。


「うちでは引き取れません。グリエが見つけた像から出てきたんだから、グリエが面倒見なさい」

「ええー」

「『強火つよびのグリエ』でしょ。自立しなきゃ」

「いま、異名は関係ないじゃんか」

 唇を尖らせて抗議するグリエ。だが、マリネの興味はすでに指輪に移っており、さっさと客を帰らせて解読することで頭がいっぱいだった。


「このフェアリーの力になってあげられるのは、いまはグリエだけ。それって、使命ってことじゃない?」

「そ、そうかな?」

「きっとそう。グリエが使命を果たすこと、応援してるよ」


「わかった! あたし、この子の力になる!」

 あっさりと、『強火のグリエ』は丸め込まれた。


 こうして、小さなフェアリーはグリエが引き取ることになったのだった。

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