23 思い出

・【思い出】


『二〇一九年 三月四日(月曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「今日は何のニュースでやるの? まだ教えてもらってないんだけども」

佑助「もう終わりも近くなってきたので、ついに政治的な話をやろうと思っています」

波留「終わり、ね……」

佑助「いやそこじゃなくて政治的な話に食いついてよ」

波留「まあ政治的な話ね、で、何の話?」

佑助「米朝首脳会議を題材に漫才しようかなって」

波留「急にすごっ、昨日までショウガのポカポカ効果の話をしてたのにっ」

佑助「もうそんな食べ物なんて小学生の話題みたいなことはしません」

波留「まあ食べ物は死ぬまで話題に出ることだけども」

佑助「なんとトランプ氏と金氏はステーキの好みの焼き具合が違います!」

波留「いや食べ物の話! えっ? もしかすると焼き具合の話だけっ?」

佑助「焼き具合漫才開始です」

波留「範囲狭っ! いやいやいや! ただのさわりでしょっ? こっからマジの米朝首脳会議漫才が始まるんでしょっ!」

佑助「いやもう焼き具合だけで漫才するけども」

波留「中学校の卒業式の前日に焼き具合漫才ってマジか! 卒園式でもしないわ!」

佑助「そりゃ幼稚園児は焼き具合の話はしないだろう」

波留「それほど幼稚って意味だよ!」

佑助「はい! 波留にウェルダンorノンウェルダン・クイズ!」

波留「何そのクイズ! ノンウェルダンって何っ? だとしたら普通はレア、ミディアム、ウェルダンクイズだろ!」

佑助「いや波留にはウェルダンかノンウェルダンか答えて頂きます!」

波留「せめて三択にしろよ! より幼稚にするな!」

佑助「金氏は果たしてウェルダンかノンウェルダンか! どうぞお答え下さい!」

波留「えぇー、せめて三択にさせてよ、何で二択にしてるのか意味分かんないよ」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「最低クラスのシンキングタイム・ミュージックが流れ出した!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「もはやシンキングタイム・ミュージックのためだけのクイズだよ! ミュージックありきでそのクイズだよ!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「そもそもウェールって何だよ! ノンウェルダンにもウェルは入ってるわ!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「こんだけ繰り返したら一回変化加えるだろ! 笑いってそういうことだろ!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン……タイムアップ!」

波留「まあタイムアップにはなるか」

佑助「今、波留はすごく集中しているので時間が止まっています! そのうちに解答をどうぞ!」

波留「勝手にすごい集中してることにされた……こんなクイズで時間が止まるほど集中しないわ、ゾーンに入らないわ」

佑助「……、……」

波留「いやもう答えないとダメみたいだ、じゃあウェルダン」

佑助「ウェルダン好きねぇぇぇえええええ!」

波留「えっ、うるさっ、何それ、当たったの?」

佑助「いやウェルダンという言葉を口に出すのが好きだなぁ、と思ったの」

波留「いやいらんわ! 何だよその台詞! 絶対いらないし、言わされてるだけだから、こっちは!」

佑助「正解は……トランプ氏はウェルダン! 正解です! やっぱよく分かっているねぇっ!」

波留「……いや全然適当だし、今は金氏の話をしてたんじゃないの?」

佑助「……あっ、これ第二問の正解だった……まあ、今のは聞かなかったことにして下さい」

波留「それは無理だわ、でもまあ第二問をしなくて済んだと思えばむしろ良かったわ」

佑助「えっと、金氏はレアなんで違います」

波留「あっさり言った! 自分のミスを粒立てないようにめちゃくちゃあっさり言った!」

佑助「では後が無くなった第二問! ウェルダンorノンウェルダン・クイズ!」

波留「いややんないわ! 答え聞いたからもうやんないわ! というか後が無くなったって何っ? 何か罰ゲームあんのっ?」

佑助「波留がウェルダンで焼かれます」

波留「残酷! 裏社会の貴族の遊びじゃん! いやでももう答え知ってるし! いやじゃあトランプ氏じゃない人の焼き具合でも出てくんのっ?」

佑助「トランプ氏の好きな焼き具合はウェルダンorノンウェルダン!」

波留「いやじゃあやんないわ! 佑助がもう言っちゃったからやんないわ!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「いやシンキングタイムいらない! じゃあウェルダン! ウェルダンで決定!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「いや答え言っただろ! 何で反応しないんだよ!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「自分が決めたことはやり切らないと気が済まないヤツか! 融通が利かないな! 大丈夫かそれで!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「中学生はまだしも、その性格は高校じゃ通用しないからな!」

佑助「ウェン、ウェン、ウェール、ウェン、ウェン、ノーウェン」

波留「いやもう長めにすんなよ! 変な融通を覚えるな! 間違ってるからな!」

佑助「ウェン! ウェン! ウェール! ウェン! ウェン! ノーーーーーーウェン!」

波留「急に楽しくなるな! 変化しないってボケだったのに最後の最後で変化させたらダメだろ!」

佑助「ウェン、ウェン……ウェー―――――ン!」

波留「泣きだすな! ウェルダンの流れで泣き出すな!」

佑助「あぁもう終了!」

波留「やけになるな!」

佑助「今、波留はすごく集中しているので時間が止まっています! そのうちに解答をどうぞ!」

波留「ホント決まった文章だけで生きてるな! ウェルダン! トランプ氏はウェルダン!」

佑助「正解は……金氏はレア、不正解です!」

波留「間違ってるのは佑助だよ! 今はトランプ氏の問題だったんだよ!」

佑助「えっ、じゃあ正解?」

波留「知らんわ! 知らん上にどうでもいいわ! コンボ発生してるわ!」

佑助「二問とも不正解だった波留にはウェルダン焼きの刑です!」

波留「いや正解してるって言ってるじゃん! そんな刑喰らわないから!」

佑助「背中が熱くなるまでこすります」

波留「レアにもなんないわ!」

佑助「でも裏社会の貴族は、中三女子の背中をこする映像が大好きなんですよ」

波留「変態か! ただの変態クラブだよ!」

佑助「というわけで、上質な時事漫才もそろそろ終わりの時間なんですがっ」

波留「どこが上質な時事漫才だよ! 焼き具合漫才って何だよ!」

佑助「でもめちゃくちゃ偉い人の焼き具合の話だったから!」

波留「それがどうしたんだよ! 所詮焼き具合の話なんだよ!」

佑助「じゃあ波留はどんな焼き具合が好き?」

波留「急に中三女子の焼き具合の話! めちゃくちゃ偉いからいいだろって話だったのに、それはもう完全に一会話だよ!」

佑助「俺はね、やっぱりウェルダンかなぁ」

波留「クイズにしないんだっ」

佑助「俺の焼き具合をクイズにしてもしょうがないだろ」

波留「いやめちゃくちゃ偉い人でも全然ダメだよ! むしろ近しい人物のほうが盛り上がり甲斐あるわ!」

佑助「いやもういずれ、というかもう明後日には遠い人物になってるから」

波留「そんな、そんなことないじゃん、私が実家に帰ってきたらすぐ会えるじゃん」

佑助「……まあそうだけどもさ」

波留「というか全然最後じゃないし、いつでも会える、全然いつでも会える!」

佑助「……そうだな、確かにそうだ、じゃあ波留と会う時は必ずウェルダンの焼肉持って待ってるわ」

波留「勝手にウェルダン派にしないでよ、私はレア派だから」

佑助「いや米朝首脳会議か!」

波留「そのツッコミは規模が大きすぎるだろ」

佑助「何か話が合わなそうだな」

波留「トランプ氏と金氏ならね、でも、私と佑助の話だから」

佑助「じゃあ大丈夫か、まっ、ミディアムにならないように気を付けないとなっ」

波留「いや青春モノっぽく言われても、肉例えじゃ締まらないんだけども」

佑助「酢締めの鯖じゃないとダメか」

波留「まあ急に酢締めの鯖を出すほうが嫌か」

佑助「じゃあまあ俺はウェルダン、波留はノンウェルダンってとこか」

波留「だからノンウェルダンにしないでよ、レアって言ってんだから」

佑助「レアだと珍しくなっちゃうじゃん、出会うことが珍しくなることは嫌じゃん」

波留「いやノンウェルダンって佑助に反してるほうが言葉的に嫌でしょ、もういいよっ」


 俺は録音をストップさせた。

 波留がゆっくり喋りだした。

「もう、明日だね」

「明日はとびっきりのニュースがあるといいな」

「まあね、嫌なニュースばかりじゃ嫌だけども、ウェルダンだけも困るからね」

 そう言ってフッと微笑んだ波留。

 俺はちょっと気になっていたことがあったので、聞いてみた。

「で、卒業式の放課後とか、会える時間あるの? 波留は人気者だからさ、もう飲み会飲み会でヤバイんじゃないの?」

「同じく中学生なんで居酒屋とか行かないよ」

「いやでもカラオケとか行くんじゃないの?」

 ちょっと黙った波留。

 でもすぐに、

「……行かないよ、私は荷造りあるから断ろうと思ってんの」

「いや俺が言うのもあれだけども、思い出作ったほうがいいと思うぞ」

「こっちの台詞じゃん、友達が柏木くんしかいない佑助のほうが思い出作りなよ」

「いやもう今さら作れないから、柏木だって他の友達といろいろあるだろうし」

 俺がちょっと自分で虚しくなりながらそう答えると、波留は何だかニカッと笑ってから、

「私も他の友達といろいろあるから断るのっ」

「他の友達って誰?」

 と言うと、大笑いしながら俺の背中を叩いてきた。

「痛い痛い、マジで痛い、何なんだよもう」

 波留は溜息をついてから、大きな声でこう言った。

「佑助しかいないじゃん!」

 えっ。

「佑助と思い出作るほうが大切じゃん」

 そう言って微笑む波留の顔をついずっと見てしまった。無意識に。

 でも波留は顔を背けることは無かった。

 ずっと見つめ合った。

 その瞬間だけは永遠だった。

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