朝からパチンコ屋で並んだら異世界入場整理券をもらいました~換金所は魔王の玉座のはす向かい~

ウェルダン穂積

第1話「朝からパチンコ屋に並ぶもの」

嘘のような本当の世界がやってきた。


「あなたの行動が千葉県を救います!」

駅のホームのアナウンスは新型ウイルス感染を防ぐための注意喚起。


こんな世界、こんな誰もが主人公の世界のような皮肉にも似た世界。

誰が望んだだろう。


パチンコ店に朝から並ぶ私のようなギャンブル依存症の人間になにが救えるというのだろう。

「はぁ~」

とため息をつきながら、これもデトックスで身体にいいことなのだよ、と言っていた健康オタクのことを思い出す。



「ストレス発散のためです」とモザイクをかけられインタビューに答えるおじさんは何を思って今を生きるのだろう。

昨日のワイドショーを見ながら職場の同僚と軽蔑しながら笑っていたのに自分は今、朝からパチンコ屋で並んでいる。


近所の小さなパチンコ店はこんな時でも営業していた。

朝の開店前に整理券をもらおうと並ぶ人間は私一人。人がたくさん押し寄せてテレビのニュースになってしまわないだけましだろう。


深夜の居酒屋は営業自粛になり、稼ぎを失った私は生活の糧を失いカードローンも限度額を迎えた。


整理券を配る時間になったのにシャッターは下ろされたまま。スマホでホームページをチェックしても何か変更があったとは記載されていない。今はそれどころではないのだろうか。予定より10分遅れてシャッターを上げて出てきたのは無精ひげを生やした店長。見れば眼の下にはクマがくっきり浮かんでやつれていた。


「ありがとね。こんな時に」


申し訳なさそうに頭を下げる店長。

「今ね、一人で回してるんだ」


一瞬、意味が分からなかったが店長一人でパチンコ屋を回しているということらしい。景品カウンターに接客、そのすべてを一人でやっているというのだろうか。最近のパチンコ店は出玉(台から放出される玉)をデジタルカウントして人的労力を削減している店がほとんどなのだけれど、ここはそれすら導入していない。たった一人でできるものなのか。


「娘は今年中学校でね。お金がかかるんだ。カミさんはこんなパチンコ屋を続ける私に愛想をつかして口も聞いてくれないよ」


涙声の愚痴を聞かされて私はいったいなにをしているのだろう?

ボロボロの1番の整理券は角がささくれ立っている。裏にはマジックの落書きの跡が薄く滲んでいる。

「18番が出るよ」と。



いい天気だ。


オープン時間がやってきて、私一人が入店する。大通りを行く人が遠巻きに寄越す視線が痛い。


「まるで異世界の向こう側にいるようだ」

こっちとあっち、どちらが異世界なんだか。考えるまでもない。


なんだかいつもより薄暗い店内、

「店長のやつ、電気をつけ忘れてるな」


最新台と書かれたポップがボロボロでいったいどこが最新なのか古びたパチンコ台が並ぶ。


当然、釘は辛く絞められていて真ん中の穴に玉が届くことは少ない。投資しても抽選回数が少ないんだから当たるものも当たらない。

それでもたった一人のお客だ。


人助けだと思って座る自分に矛盾を感じながら打ち続けた。


「いったいなにが人助けなんだ」


ぶつぶつ独り言をいう悪い癖が出た。

一時間ほど経った時、突然画面が真っ暗になり激しく右手のハンドルが揺れ大全体がフラッシュし始めた。激熱、というやつだ。


当たり確定としか思えない予告演出が連続で起こり心臓がバクバク鳴り始めた。


そこから先は、ノンストップで台は出玉を放出し続けた。


一杯になったドル箱(出玉を入れる箱)を椅子の後ろに重ねる店長の

力ない「おめでとうございます」。


ごめん、店長。

ボロボロに勝ってしまった。

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