第10話 据え膳食わぬは保奈美の恥



「昨日の保奈美のリアクションの薄さはなんだったんだ……俺が自意識過剰なだけだったのか?」


 黒板をチョークで叩く音が響く中、幸彦は昨日からずっと袋小路に迷い込み続けていた。

 それは、保奈美の過剰なリアクションがないことに始まった考えであり、全ては豊田から渡された書類が関係していた。


 『能力診断書』


 豊田から渡されたそれは、任務を行う際のパートナーを学校全体から選ぶ書類である。

 妖気や霊気、身体能力、達成任務数、性格、容姿、などありとあらゆる情報を書き込むのだ。そうしてそれらの情報を照合した結果、相性の良い生徒を一週間、仮パートナーとして選出するものだった。

 選ばれるパートナーは当然ランダムである。最終的な判断は担当教師に委ねられるが、学生側からは分からないようになっていた。

 そして、幸彦と保奈美はちょうど一週間前、仮パートナーの件についてこんな会話をしていたのだ。



『あら? 天田君は誰と組むのかしら? よければ教えてくれる?』


『白紙で出したよ。特に組みたい相手もいなかったし』


『それは珍しいわね。なぜなのかしら?』


『強いて言うなら、仮パートーナーで決めるのがめんどくさかっただけ。正式な決定は六月までに決めれば良いからな。どうだ? これで納得したか?』


『えぇ、ありがとう。参考になったわ。一緒に組めるといいわね。楽しみにしておくわ』


『まぁな……』


 保奈美はそんなわざとらしいリップサービスまでしてくれたのだ。ランダムなパートナーを操作などできるはずもないのに……

 当然幸彦は彼女からの、絶賛の言葉を期待していた。期待しまくっていた。それはそうだろう。普段から、四六時中幸彦に付き纏っていたのだ。非公認が公認になるほどの大躍進だったのである。どんな喜び方をするのか、興奮して夜も眠れなかったぐらいだ。



 それなのに彼女の反応は存外冷たいものであり、そのことに幸彦はいたく傷つくのであった。



「あぁ、そう。じゃあね、幸彦君。また明日」


「えっ⁉︎ それだけ? 他には⁉︎ 何かないのか⁉︎」


「他にはって……ふふふ、それだけだけど? 特に珍しいことじゃあ……あらやだ、もうこんな時間だったのね! それじゃ幸彦君申し訳ないけど私急ぐから!! また、明日!」


 彼女はいたく素っ気ない態度で、幸彦に別れを告げる。本当にこの一言だけだったのだ。幸彦はあんまりな態度にしばし茫然とする。


 その無様な姿を見たクラスメイトの嘲笑は酷かった。ここぞとばかりに幸彦を叩くのである。今までの鬱憤が溜まっていたのか、彼らは多種多用の悪口のオンパレードをぶつけるのだった。  

 直接手を出されないにしてもそれは心を読める幸彦には苦痛であるはずだった。しかし、幸彦はそんな心の声よりも彼女が平然な態度を取ったことの方がショックなのであった。


 幸彦は、昨日からそんな悲しみに包まれていた。今も、授業中なのに頭をガリガリとかきむしり、周りからは奇行の目を向けられるが、彼は一切気にしなかった。

 保奈美のことだけが脳裏にこべりついて離れない。それは、この三日間そっけない態度をとられることに、幸彦の承認欲求が欠乏でもあった。そうして授業に全く身が入っていなかったのが問題だった。


「あだ⁉︎ っー……」


「よーし……先生の授業で惚けるとは大した覚悟だ……という訳でこの問題を解け」


 そうして幸彦は一日中呆けているのだった。


 そんなモヤがかかったような曖昧な気持ちで、戦闘訓練を行なっていたからだろうか。この時、幸彦は初めて屋内訓練場で何てことない一撃を連続でもらい意識を消失させるのだった。


「幸彦君⁉︎ ちょっと大丈夫なの⁉︎」


 幸彦は倒れゆく視界の中、急いで駆け寄ってくる保奈美の揺れる胸を凝視する。


(ふっ……現金なもんだなぁ。俺の体も……)


 どこまで行っても恋心ではなく性欲で彼女を見ていることに対して、幸彦はそっと涙を地面に染み込ませるのだった。



 

「幸彦君⁉︎ あぁ、もう邪魔よ! 貴方少し倒れてなさい!!」


「邪魔って! がっ!!」


 保奈美は、相手をしていた男子生徒の背後を取ると、首に向けて肘打ちをし意識を素早く刈り取るのだった。


「勝者! 鈴木保奈美? って、あら? どこいったの? 勝者がいないって……なにそれ?」


 審判をしていた茶髪で健康的な少女は辺りを見渡す。すると彼女はあろうことか、授業を抜け出して、誰かを連れ出そうとしていた。


「あっ! 委員長。まだ、後の試合が。天田君は保健委員に連れて行ってもらったほうが……」


 健康的な少女は慌てて保奈美を連れ戻そうと手を引っ張る。しかし、彼女は勝敗などより優先するべき事項があったのだ。


「ごめんなさい! 相田さん! 私は抜け出さなければならないので後の勝負は棄権するわ!」


「あぁ、待って! 今、保健委員呼んでくるからって……もういないし。うーん、勿体ないなぁ……折角全勝してたのに。それにしても鈴木さんの彼氏って天田君だったんだ。うんうん、愛されてるなぁ」


 保奈美が、恋人への愛情から全勝を放棄したことに感心していると、祐樹は後ろから声をかけられる。振り返ってみるとそこにはお人形のような可愛らしい女生徒がいた。


「貴方が相田様ですわね? わたくし白百合梓と申します。次はわたくしと相田様の試合でございますの。お手数ですが、リングに立っていただけないでしょうか?」


 祐樹は、髪が白く華奢で人形のような梓を見た途端に、目の色を変えてリングに向かうのだった。


「ごめん、ごめん。それじゃあ、試合を早くしよう。梓ちゃん。寝技の祐樹と謳われる所以を見せてあげましょう!」


 邪な雰囲気漂う祐樹に、梓は若干距離を取りつつ挨拶をする。


「あら、その筋ではご公明なのですね? 楽しみですわ。良い試合をいたしましょう」


「くんずほぐれつ……でへへへへ」


「うげぇ……はっ! ごほん! 祐樹様が予想していることは残念ながら、訪れさせません!」


 そうして祐樹と梓は火花を散らしながら、戦うのであった。





「それでは先生、ベッドをお借りしますね」


 保奈美は背負っていた幸彦を保健室のベッドに寝かせると、安心したかのように表情を和らげさせる。


「はぁーい。彼氏さんとお利口さんに留守番しておいてね? 今日はもう帰って来れないから鍵渡すわね。エッチなんかしちゃダメよ?」


「分かってますよ。先生ったら。もぅそんなに私が淫乱に見えますか?」


 そうして保奈美が苦笑すると先生は、鍵を保奈美に渡すのだった。


 そうして、先生が充分離れたことを確認すると、保奈美は保健室の鍵を閉め、幸彦のベッドに潜り込む。


「ふぅ……これで一安心だわ。それにしても幸彦君があんな攻撃で気絶しちゃうなんて……昨日から体調も悪いようだったし……もしかして風邪かしら?」


 思い返して見れば、昨日から幸彦はおかしかったのだろう。保奈美には思い当たる節がいくつかあった。

 二人が同じパートナーになるなど決まりきっていると言うのにわざわざそれを伝えてきたり、上の空だったり。それらの行動は普段の幸彦らしくなかった。


「医療行為、医療行為、うふふ」


 保奈美は意気揚々と幸彦のおでこに自分のおでこを付けると、体温を確かめる。


「あら? 熱くない……なら脇はどうかしら? 服は脱がしちゃいましょう。うん。そうしましょう。ちゃんとした処置が施せないものね」


 保奈美の暴走を止めるものは誰もおらず、彼女は衝動のままに突っ走るのであった。痴女は上半身裸の幸彦に全身を擦り付けながら体温と自分の欲望を満たす。


「ここも熱くない。うーん後は、口内温度ね。ふふふ、指じゃあ上手く分からないから舌で検温しましょう。あーん……ちゅむ」


「ふがが……」


 保奈美は幸彦の唇を鳥のように啄む。そうして幸彦の唇を徐々に開けさせると彼女は舌を口内に侵入させるのだった。


 彼女は幸彦の歯茎から、頬の内側、舌に至るまで余すことなく、徹底的に味わい尽くす。そうして、幸彦の口内の温度が分かると保奈美はは舌をいったん戻すのだった。


 その際、幸彦の唾液と保奈美の唾液が糸をなし繋がる様子はとてもいやらしく彼女の劣情を燃え上がらせるのだった。


「舌でも分からないとなると……後はここで確かめるしかないわねぇ」


 そうして、彼女はカバンから持ち出した媚薬を半分ほど飲んだ後、ベッドの隣の机に置く。


 彼女はスカートを半分まで脱ぎ捨てたところで、異変に気づく。


「こんなところで尿意が襲ってくるなんて……」


 そうして彼女はスカートを急いで引き戻すと、トイレに向かうのだった。媚薬入りのペットボトルを置いたまま……




「ふぅ……スッキリしたわ。あれ? 幸彦君がいない?」


 トイレを終えた後に、幸彦のベッドを見ると彼はいなく空のペットボトルだけが鎮座していた。


「あれ? もしかしてこれ飲んだのかしらって? へっ?」


 気がついたら保奈美は、後ろから近づいていた幸彦にベッドへ、引き倒されているのだった。


「なぁ……なんか体が熱いんだよ。お前見てるとなんかなんかおかしくなりそうなんだよ。裸になってるし訳ワカンねぇよ。はぁ、はぁ」


 全裸の幸彦が自分を引き倒し自分を抱きしめている。思いもよらない幸運に保奈美は頭が頭がパニックに陥るのだった。


(えっどう言うこと⁉︎ なに、これほんと現実。夢じゃないの⁉︎ おっほぉぉぉぉぉ!!)


 しかし、幸彦は荒い呼吸を繰り返すだけで、何もしてくれなかった。そのことに保奈美は疑問を持つがすぐに気づく。


 幸彦は覚えていないのだと。自分と繋がった記憶を忘れているのだと……


 彼女は高ぶる気持ちを抑えると、幸彦の耳にそっと息を吹きかける。それだけで彼の体は震えるのだった。


「それは大変ね……私いい方法知ってるんだけど試してみない。きっと幸彦君も気にいると思うのだけど……」


「はぁ、はぁ、たったのむ。熱くて熱くてたまらないんだ」


 そうして保奈美は幸彦の顔を引き寄せると、幸彦の唇を奪う。すると幸彦も夢中で彼女の唇を味わうのだった。

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