第6話 特殊作戦α 開始




 ――ピーンポーン……


「んっ……? こんな時間に誰だぁ……一体」


 閑静なアパートにチャイムの甲高い音が鳴り響く。それは幸彦の部屋から鳴っているようであった。


「あー……はいはい、どなたですか……っと」


 真夜中の夜9時頃、のんびりと過ごしていた幸彦は、寝ぼけ眼をこすりながら、緩慢な動作で立ち上がる。


 幸彦は、レタスの柔らかい腹を撫でるのをやめると、茶色い玄関へと向かうのであった。


 彼がゆっくりと玄関に向かう中チャイムの音は、何度も鳴り響く。それは、幸彦を急かし焦っているようにも感じられた。


(セールス……にしては遅すぎるし……宗教の勧誘? ていうかうるさいな。うるさすぎる。一言文句言ってやる)


 しかし、幸彦の悠長な考えはすぐに変わる。その心変わりは、来訪を伝える呼び鈴が、恐ろしい迷惑行為に変貌したからであった。


 ――ピンポーン……ピンポーン……ピンポン、ピンポン、ピンポ、ピン、ピ、ピピピピピピピピピピンポーン!! ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピンポーン!!


 近年稀に見ることはない激しいピンポンダッシュであった。来訪者はサブマシンガンのようにチャイムを鳴らす。それは893でも高○名人でも不可能であった、驚きの25連射である。


 記録を塗り替える瞬間に立ち会う、覚り妖怪と雪女のハーフであった。


「おのれ、近所のクソガキめ! ピンポンダッシュはやめろとあれほどまでに言ったのに。いつの間に腕をこんなに上げたんだ⁉︎ 逆にすげーぞ!!」


 もはや怒りなのか、尊敬なのか不確かな気持ちで、幸彦は急いで玄関を開け放つ。するとそこには誰もいなかった。


「おいおい……いつ消えたんだよ。あんなに連射してたのに? 忍者かよ……」 


 幸彦は脱帽とする。音を鳴らしていた人物はどこに消えたのだろうか。右を見ても左を見ても影も形も存在していなかった。


 しかし、どこからか少女のような声は聞こえる。


「――ッウウウウ……! アイタタタタ! どうして私がこんな目に会うんですの……」


 それは昼に聞いた恩人の少女の声であった。


 幸彦は恐る恐る下を見てみる。すると彼女はいた。髪の先までアルビノのような白い髪、小さな背丈の彼女は、廊下で頭を抱えて悶絶していたのである。


「ごきげんよう。天田様。これはなんというか……ちょっとしたイタズラです。サプラーイズ! 私の催し物楽しんでもらえたでしょうか? ハハハハハ……」


「あぁ、ごきげんよう。いやぁ、白百合さんにこんなお茶目な所があったとは……相変わらず愛らしいですね……貴方は」


「おほほほほ、お褒めに預かり光栄です。本当に光栄です。うぅぅぅぅ……」


「氷入ります?」


 それに彼女はこくりと首を縦に振る。


 そうして、幸彦は親友を庇って涙目を流す少女のために即席の氷嚢を作るのであった。




「あぁぁぁぁ……ありがとうございます。幸彦様。わざわざこんなことまでして下さって」


「頭は大丈夫ですか? 白百合さんって確か体そんな丈夫じゃなかったような……」


「大丈夫です。これ……ひんやりしていいですねぇ。あ"あ"あ"あ"あ"」


 彼女は即席で作り出した氷嚢を頭に当てると喉の奥から、染み渡るような声を出すのであった。


「それで、夜更とは言いませんが、こんな時間に何をしに?」


 彼女が来る用事など幸彦にはなかったはずだが、彼女が手渡した鞄を見ると即座に思い出した。


「あぁ、わざわざありがとうございました。これ明日取りに行こうと思ってたんですよ!」


 彼女は、律儀なことに幸彦が学校に置き忘れた諸々を渡しに来てくれたようだ。それに幸彦は感謝するが、彼女はちらちらと上を見るのだった。


「……? 上に何かあるんですか?」


幸彦が上を見ようとすると、彼女は途端に幸彦の目を蔓で覆う。


「あぁ、その上には! 何もありません!! 何もありませんから!!」


 彼女は焦った声で上を頑として見せないようにする。そこまで見せないということは見ては不都合が生じるのだろう。


「分かりました。上は何やら危険なので見ないようにします……」


「ほっ……ありがとうございます。上はもう見なくて結構です。結構ですので本題に入りましょう。


「まだ用事があるので?」


 幸彦は疑問に思う。それは彼女は、無駄話をするような性格には感じ取れなかったからだ。ということは……


「えぇ。これは私の友達の話なんですけど……」


「ちょちょちょちょちょ⁉︎ それ保奈美のことですよね。なんですか⁉︎ その分かりやすいベタな入り方!」


 何というベタな入り方をするのだ。この妖女は。それではあれだけ上をフォローした意味が全くなかった。


 それにもかかわらず彼女は強行する。


「これは私の友達の話なんですけれどね⁉︎ その友達が天田様が、何をされたいのか教えて欲しいらしいです! 天田様は何をされたいのですか!」


 彼女はぜぇぜぇと息を吐きながら、小さな体から通った声を出す。その声はお隣さんによく響き、薄い壁を盛大に鳴らされるのであった。


「されたいこと……されたいことですか……うーん。特にこれ以上望むことはないと」


「そうですか……それでは私は――えっ? 本当にないのかですかって? はぁ〜〜……貴方もう自分で伝えてみればよろしいのでは? 幸彦様も、あえてスルーしてるだけで気づいてらっしゃいますよ。多分……」


 彼女は隠すことがめんどくさくなってきたのか、堂々と保奈美との会話をする。それを聞いて幸彦はもう全てがめんどくさくなった。


(こういう時に来ちゃうのがもったいないんだよなぁ。なんだろうか。なんだろうか……なんだかなぁ。ここで許しちゃうのが甘いのかなぁ……」


 ヤンデレを隠せばいいのに、隠せない彼女に幸彦は勿体なさを感じるのであった。


「うん、もう好きにしていいですよ。好きにして……別に保奈美のことも嫌ってないし、程度を弁えてくれるなら、それで充分です。それじゃ明日また会いましょう。白百合さん、保奈美」


 ――キィィィィ……ガチャリ


 そうして幸彦は保奈美と梓を残して部屋の中に戻っていくのだった。




「ねぇねぇ、これって脈ありなのかしら? 好きにしていいって幸彦君も言ってたし!」


 保奈美は呑気に言葉を額面通りに受け取る。しかし、それを受け止めるには幸彦の顔は諦観と、失望の表情であった。


「貴方、絶対に明日ヘマをしないで下さいね。明日がターニングポイントだと思うから……」


 そうして白百合は親友に念押しをするのであった。無茶な行動をしないように……


「分かったわ。任せなさい。幸彦君は絶対に落として見せるから!」


 しかし、彼女はそれをどう勘違いしたのか、明日からさらなるアタックを幸彦に仕掛けるのであった。

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