第2話 再測定ですか?


 * * *


「ナーロッパ劇団には、役者の記憶や人格を完全に維持したまま、外見だけを少年少女にする装置がある――。噂には聞いていましたが、まさかリハーサルで早速使わせてもらえるとは」


「幼い見た目のキャラクターを大人の姿で演じていると、ニュアンスが分からなくなるからね。照明や音響のスタッフからも、通しで練習するときは子供の姿でやってほしいという意見が多いんだ」


「演劇以外にも需要がありそうな装置ですね」


「いや? この装置、特殊な体質の人でないと精神がむしばまれて、敬語を使えないサイコパスになるよ」


「危ねっ!」


「君という代役が見つからなければ、リハーサルも台本の推敲すいこうも進まなかった。どうだい、体の具合は?」


「一応、大丈夫ですけど……」


「よし、練習再開だ。次は、転生して12歳になった主人公が、転生先の父親であるバーロン男爵に連れられて、魔力を測定する場面から」


「主人公の転生先はどんな家庭なんですか?」


「男爵の家だよ。主人公は三男ね。めぐまれないというほどじゃないけど、恵まれてるわけでもない」


「三男といっても、男爵のご子息なら充分恵まれてますよね?」


「いいの、いいの。うちのお客様は、男爵とか子爵とか聞いても『代々農民の自分より身分が高いなぁ』とか『自分たちの血筋は優れているという身勝手な選民思想で、庶民を見下して搾取さくしゅしてるんだぁ』とは考えずに、『貴族の中ではしたなんだな』くらいにしか思わないんだから」


「転生してからの12年間で、主人公は何を学び、どのような変化を経験したんですか?」


「変わったことは何も起きてないよ。異世界の暮らしにほどほどに慣れたけど、前世からの価値観が大きく揺さぶられることもなかった」


「……大学生がインドに旅行しただけで人生観が変わると言われてるのに、中世ヨーロッパ風の異世界で赤ん坊から人生をやり直した主人公が、何も感じないんですか?」


「感じないよ。だって、感じたことにしたら難しくなるじゃないか。お客様は難しいことを考えたくないから、夏目漱石やドストエフスキーじゃなく、ナーロッパ劇団を見に来るんだ。私たちが難しいことを言い始めたら、それは詐欺さぎだよ」


「いいんですか、そんなことで? 『寝る前の妄想』、『公開黒歴史ノート』、『イキりの幕の内弁当』って言われて、くやしくはないんですか?」


「えっ、そんなこと言われてんの? それはちょっとへこむなぁ……。まあ、とにかく、だいたいそんな感じだから。用意、アクション!」


 * * *


「アレン、誕生日おめでとう。お前も今日で12歳。魔法を使っても心身に悪い影響が出にくくなる年齢だ。早速、魔力測定をするぞ」


「12歳の体で見上げると、まだ30代の父さんも、大きく頼りがいのある人に見えますね。それにしても、魔力が『魔法を使うための力』だってことは分かるんですが、魔力の測定って何をするんですか?」


「神殿に行って特殊な水晶玉に手を当てるんだ」


「神殿ですか。魔法ってヨーロッパでは歴史的に悪魔の力と考えられていて、キリスト教教会が魔女狩りをしていた時期もありましたよね。この世界の宗教権力は魔法をどうとらえているんですか?」


「魔法は、ごく限られた者のみが使える、人間社会を豊かにする力だ。犯罪や戦争に利用されることもあるが、それ自体としては悪いものじゃない。大半の人間はそう考えているし、神官たちもそう考えている」


「ふわっとしてますね。じゃあ、この地域では主に何教が信仰されているんですか? 神殿ってことは、史実のヨーロッパと違ってキリスト教ではないんですよね?」


「ミース教だ」


「(その宗教って、あの女神様も信仰対象に入ってるのかな? でも、人間界には干渉しないって言ってたし、この世界の人たちが想像で作った架空の存在なのかな?)どういう教えを説いているんですか?」


「最高神であるミース様をはじめ、この世界を司る神様たちをみんなで尊敬しましょう、っていう教えだ」


「……えーっと、前近代社会の宗教って言ったら、人々の生き方の指針であり、存在理由そのものであり、身分制度や戦争の根拠にもなるはずのものですよね? その宗教の説明が、たったそれだけですか?」


「父さん、難しい話はよく分かんない」


「えぇ……」


「とにかく、今日、お前は神殿で魔力を測定するんだ。行くぞ」


 ☆ ☆ ☆


「さあ、着いた」


「うわ、『☆ ☆ ☆』を挟んだだけで強引に場面転換を押し切った! というか、僕たちがさっき話してたのは自宅ですか、路上ですか? 季節はいつですか? 空は晴れてますか、曇ってますか? 父さんと僕の他にはどんな人がいますか?」


「大事なのはいつ、どこで話すかではない。誰と何を話すかだ」


「描写不足なだけなのに開き直ってカッコつけるの、やめてもらえます?」


「『いつもの』で通して文字数を減らすのがナーロッパ概念の利点だから、あまりディティールに踏み込みたくないんだが、今日は5月5日、お前の誕生日。さっき話していたのは私たちバーロン男爵家の城だ」


「お城暮らしなんですね」


「旧式のごく小さなもので、城よりとりでに近いけどな。神殿は城から馬車で2時間半、ネイバー子爵がおおさめの町ラージタウンにある。我が男爵家の町バンクスにも神殿はあるが、魔力測定器がないから、はるばるここまで来た」


「田舎のつらいところですね」


「この世界の人間はみんな魔力を帯びているが、わずかでも魔法を使える者は10人に1人、生活に役立つレベルの魔法を使える者となると100人に1人以下と言われている。そして、我が家ではすでに次男の魔力量が多いことが分かっているから、正直お前はあまり期待されていない。

 私の妻でありお前の母でもあるエマリアは体が弱く――正確には毎月のPMSがひどく――、長時間馬車に揺られるのは良くない。

 だから、今日の魔力測定には私とお前と数名の従者しか来ていない」


「天気はどうですか?」


「もういいだろ」


「そうでもないですよ。語り手の気分や未来を暗示していることがあります」


「良いことを教えてやる。ナーロッパは基本的にいつも晴れだ。入学試験の日も魔獣退治の日も日本晴れ。雨が降るのは、主人公がスライムの粘液で雨具を作るときと、雨に濡れた敵を感電させるときだけだ。

 ――おおっ、神官様、本日はお日柄も良く。アレンが12歳になりました。魔力の測定をお願いします」


神官 「お待ちしておりました、レインカ卿。アレンくんも今日で12歳ですか、子供が育つのは早いですね」


アレン 「うわ、「 」の前に発言者の名前を置き始めた……」


バーロン男爵 「妙だな、いくらナーロッパでも普通はこんなことしないのに」


神官 「さあさあ、こちらへどうぞ。これからアレンくんには、この水晶玉をさわっていただきます。アレンくんに魔力があれば、水晶玉が反応して光ります。光の色で今後使える魔法の種類が、光の強さで魔力の大きさが分かります」


アレン 「そんな、身体測定じゃないんだから……。わざわざ神殿に来たからには何か宗教的な儀式をするんだと思ってました」


神官 「儀式、やった方が良いですか?」


バーロン男爵 「お気になさらないでください、神官様。仰々しい儀式をしてもらっておいて、男爵家の息子に魔法の才能がないと判明したのでは私の立つ瀬がありません。物語もまだまだ序盤ですから、さっさと済ませてください」


神官 「分かりました。さあ、アレンくん、水晶玉に触ってください。……ああ、ほら、光り始めた! こんな光り方は見たことがない! 目がくらむようなまばゆさ! そして、おお、まさか虹色とは!」


バーロン男爵 「でかしたぞ、アレン。さすが主人公――じゃなかった、俺の息子だ!」


アレン 「父さん、さっき僕には期待してないって――うわっ、ちょっと! 水晶玉が爆発しちゃいました!」


神官 「こ、これは! アレンくんの強大すぎる魔力に、測定器が耐えきれなかったようです!」


アレン 「測定しきれないと爆発するなんて、ずいぶん危険な設計ですね」


神官 「ナーロッパの測定器は主人公の能力を分かりやすく伝えるための装置ですから、安全かつ派手に爆発するくらいでないと話になりません」


アレン 「こういう場合、再測定ですか?」


神官 「再測定はしません。1回ぽっきりです。すごい結果だと明らかになりましたから、もう終わりでいいんです。装置の故障ではないかと疑うような素晴らしい結果です」


アレン 「実際に故障してたんじゃないですか? 爆発しましたし」


神官 「そんな興醒きょうざめなオチはありません」


アレン 「測定結果って、具体的にはどうだったんですか?」


神官 「訓練すればだいたいどんな魔法でも使えるようになれます」


アレン 「それ、具体的なつもりですか?」


バーロン男爵 「細かいことを気にしている場合じゃないぞ、アレン。これはすごいことだ」


アレン 「そうですか、それは良かったです、魔法の設定が分からないのでいまいちありがたみが感じられませんが」


バーロン男爵 「そうだ、まだ説明してなかったな。いいか、アレン、魔法には、みずきんつちの5つの系統がある」


アレン 「火曜日から土曜日ですか。中途半端ですが、覚えやすいですね」


バーロン男爵 「中国の五行説的なものに由来すると考えれば、別に中途半端じゃないぞ。5系統の魔法は、世界の5大要素をつかさどる5はしらの神々から人間が授かった力なのだ」


神官 「さらに、この5系統に当てはまらない魔法もあると考えられていて、最近では光と闇の2系統を加える説が注目を集めています。さっきの水晶玉も、7系統を測定できるように作られていました」


アレン 「光と闇? なるほど、日曜日が光で、月曜日が闇という解釈なんですね」


バーロン男爵 「真面目に聴け、アレン。さっきちゃんと生活に役立つ魔法を使えるのは100人に1人以下だと言ったが、それでもその大多数は1つの系統の魔法しか使えない。3系統に適性があれば歴史に名を残す大魔道士になれると言われている。ところが、お前は訓練すればだいたいどんな魔法でも使えるようになるらしいんだ!」


神官 「系統の適性だけでなく、魔力の量も桁外れですから、将来的にはそれぞれの系統における最高位の魔法も使えるようになるでしょう。

 多くの人は火魔法なら湿しめったまきに火をける程度、水魔法なら洗濯おけ1杯分の水を出す程度ですが、アレンくんはお一人で数百人規模の軍勢を蹴散けちらせるようになるかもしれません」


アレン 「うわぁ、チートォ……。他の作品にいくらでもありそうなチープなチートォ……。一応お聞きしますが、魔法の訓練は大変なんですか?」


バーロン男爵 「才能と教師次第だ」


アレン 「教師? 努力じゃなくて?」


神官 「男爵閣下、恐れながら申し上げます。アレンくんはこんなヤギくさいクソ田舎いなかとどまるのではなく、都会の魔道学園で最先端の魔法教育を受けるべきお子さんです」


アレン 「神官様、仮にも聖職者なんですから、きたない言葉を使っちゃダメですよ」


バーロン男爵 「たしかに、神官様のおっしゃる通りです。アレン、お前はこんなヤギ臭いクソ田舎に留まっているような人間ではない」


アレン 「ヤギと田舎に恨みでもあるんですか? 故郷を愛する人が田舎に留まって地域に根差した仕事に尽力するのも、すてきな生き方だと思いますけど?」


バーロン男爵 「実はさっき話した次男も魔力の量が多いと判定されただけで、測定から1年経っても芽が出ないから、我が家の繁栄はもう諦めていたんだが、お前がいてくれて良かった。お前は今日この瞬間、我がレインカ家の上に燦然さんぜんと輝く希望の星となった! 都会で学んで、出世して、一族を繁栄はんえいさせてくれ!」


アレン 「魔力測定の結果1つで、よくそこまでテンションを上げられますね……」


バーロン男爵 「とはいえ、その前に解決すべき問題がいくつかある」


アレン 「問題?」


バーロン男爵 「貧乏な下級貴族である我が家には、お前を都会の学園に通わせる伝手つても金もない!」


アレン 「父さん、12歳の我が子と神官様の前で恥ずかしげもなく言うことじゃないですよ」


バーロン男爵 「そこでだ、アレン、お前にはまず優秀な家庭教師を探してやる! 都会の学園に行くためには入試を突破する必要があるんだから、どっちにしろそういうテコ入れは必要だ。お前が勉強を進めている間に、お前の支援者パトロンになる人を見つけて、お前の学費と後見人に支払う分の金を調達してやろう!」


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