第7話 危ういんですね

ローリィ 「あなたたちが才能にふさわしい魔法を身につけるため、あなたたちなりに勉強していることは分かったわ。でも、魔道学園の子たちに比べればかなり粗削りよ。今のペースで勉強と訓練を続けても、ちょっと魔法が使える下級官吏になるのがせいぜいで、大成することは期待できない」


エルネスト 「う……」


ジナン 「それは困る!」


アレン 「(いやいや、キャリア官僚にはなれなくても地方公務員になれるなら、別に良くないか?)」


ローリィ 「男爵閣下も危惧していらっしゃるわ。私が家庭教師でいる間は、あなたたちには本気で努力してもらうわよ。生活リズムを根本から見直して、今までボーッと過ごしてきた時間も隅々まで拾い上げていくから、覚悟するように」


ジナン 「望むところだ!」


エルネスト 「よろしくお願いします」


アレン 「(えー、何が始まるの?)」


ローリィ 「では、さっそく授業を始めるわね。ジナンくん、そもそも魔法とは何か、分かる?」


ジナン 「えーっと、魔法は生き物が持つ生命力で――いや、生命力の一部か――それを、精神あたまの中で術式に当てはめて、物質世界に影響を与えるんだ」


ローリィ 「まあ良いでしょう。魔法とは、魔力と術式を組み合わせることで、物体とエネルギーを生み出し、操作する技術よ。

 じゃあ魔力と術式って何? って話だけど、魔力とは『あまねく生物が持つ生命力のひとつの形態』であり、術式は『人間の精神の中、特に無意識の領域にある、魔力に形と方向性を与える設計図シアノタイプ』という見方が一般的ね」


ジナン 「あぁ……、そう、だな」


アレン 「(この世界って家庭教師も教科書も全部この調子だけど、エルネスト兄さんやジナン兄さんくらい年齢の子には難しい説明だよな。)先生、もう少し噛み砕いた説明をしていただいても構いませんか?」


ローリィ 「そうね。剣術に例えて、魔力は筋肉や剣の強靭さのようなもの、術式は動きのかたのようなもの、と考えると分かりやすいかしら。魔力があれば多少の無理は通せるけど、術式がきちんとしていないと無駄が増えるし、高い効果も期待できないということね。

 もちろん、魔力、術式、そして魔法の研究はまだまだ発展途上で、解明されていないことが多い。どうして魔力が多い人と少ない人がいるのか、どうして魔力は親から子に受け継がれないのか、どうして魔力の適性が人によって異なるのか、どうして使った魔力がいつの間にか回復するのか……」


 ローリィは指先に魔法の火を灯した。


「でも、初歩的な魔法を練習する分には、魔力の本質について難しいことは分からなくても大丈夫。言語学や文学理論を知らなくても、基本的な読み書きを身につけるのに支障はないでしょう? それと同じように、魔力や術式の本質が分からなくても、ある程度の魔力があれば、初級魔法くらいはすぐに使えるようになるし、実際に使ってみれば理解が進むものよ」


「初級魔法ということは、初級じゃない魔法もあるんですか?」


「魔法の分類にはレベルや数値を使うこともあるけど、魔道士が仕事を探すときは初級、中級、上級の3つの区分で始めるのが一般的ね。でも、ぶっちゃけフィーリング頼みの分類で、普通、珍しい、超珍しいくらいの意味しかないわ」


「ふんわりしてますね」


「武術家の技と同じで、魔法の威力や殺傷力なんてものは簡単に数値化できるものじゃないし、魔法は『何が使えるか』より『どう使うか』が大事だから、あまり厳密な区分があっても仕方ないのよ」


「そういうものですか……? ともあれ、学べばすぐに使える魔法が存在してくれるのは、お手軽で良いですね」


「そうね。でも、これには注意も必要よ。大雑把な術式でも初級魔法を使えてしまうせいで、少なからぬ子たちが、基礎を固めないままもっと高度な魔法の勉強を始めてしまうの。それで上手くいかなくなって、自分はここまでなんだと諦めてしまうことが少なくない。そんな事態に陥らないように、私の授業では基礎を固めることを徹底しているわ」


「どこの世界でも、基礎を疎かにしないことが大切なんですね」


「そういうこと。とりあえず、今あなたたちに覚えておいてほしいのは、『魔力と術式の2つを揃えないと、良い魔法を使うことはできない』ってことよ。魔力の量だけが魔法の精度や威力を決めるわけじゃないし、魔法を向上させるためには魔力ばかりに頼らず術式を洗練させていく必要があるわけね」


アレン 「魔法を勉強していてもそこがよく分からないんですが、良い術式とそうでない術式との差はどこから生まれるんでしょうか?」


ジナン 「そんなの決まってる、しっかりしたイメージだ! 俺も魔法を使うとき、木が燃える様を全身全霊でイメージしてるぞ!」


アレン 「そんなところに涙ぐましい努力が……」


ローリィ 「たしかに、あらゆる術式は何らかのイメージを基礎としているし、自然科学や論理学を勉強して、魔法の対象や変化の過程について厳密で繊細なイメージを持てるようになると、魔法が強力になっていくわね。だけど、私が見聞きした限り、イメージに頼る魔法は――そのつど冷静さと集中力が必要になるせいでしょうけど――魔力を多く消費するし、発動に時間が掛かるし、魔法の精度もすぐに頭打ちになるし、とっさの場面では発動自体が上手くいかなくなるみたいよ」


ジナン 「そんなぁ!?」


アレン 「イメージ頼みは危ういんですね」


ローリィ 「それから、魔道士の多くは魔法を使うときに呪文を唱えるけど――ジナンくんも長い呪文を唱えてたけど――、これには術式を構築する手順を確認したり、集中力を高めて魔法の威力を上げたりする効果があるの。計算問題を解くとき筆算を書いたり、歴史の年号を覚えるとき語呂合わせを使ったりするのに似てるかしらね」


ジナン 「え、そんなに大事なものだったのか!」


アレン 「なんでジナン兄さんが驚いてるんですか」


ローリィ 「堅実な魔道士の中には、呪文なしで魔法を使えるようになってからも呪文詠唱を心掛けている人もいるわ。呪文は術式そのものではないから、本人がしっくり来るなら口に出す文言は何でもいいし、必ずしもはっきり正確に詠唱しないといけないものでもないの。ただ、途中で噛むと集中力が途切れて魔法が失敗することがあるから、呪文詠唱も一長一短ね」


アレン 「呪文詠唱はあくまで個々人の裁量なんですね。というか、最初は難しく聞こえましたけど、ここまでは結構よくある設定じゃないですか?」


ローリィ 「あら、そう?」


アレン 「ナーロッパに限らず、ファンタジーのお約束ですよね。魔法にはイメージが大事と言っておきながら、気合いを入れてイメージするのは最初の1回だけとか、『あなたのはレビオサ〜』と言っておきながら、後々呪文なしで魔法を使うのが当たり前になるとか……」


エルネスト 「イメージ万能説をとる世界なのに、魔法を使うとき呪文や技名を叫んだり、普通の高校生だった主人公が、魔力とイメージしか頼るものがないはずなのにハンドガンやレールガンを作れてしまったりするのも、よく見るね」


アレン 「高校生がたまたま覚えていた程度のイメージで兵器が作れるなら、もうちょっと頑張れば亜光速宇宙船やタイムマシンだって実現できそうですよね」


エルネスト 「ワープと時間遡行そこうなら、もうあるよ」


ローリィ 「その話はやめなさい」


ジナン 「にしても、イメージも呪文詠唱も本質じゃないなら、どうやって魔法を上達させるんだ?」


ローリィ 「私の考えでは、いちばんの方法は反復練習よ。魔法は、一度上達させてしまえば忘れたりにぶったりすることはないし、ある程度鍛えると伸び悩む期間ができるから、多くの人は、すでに使える魔法を繰り返すより、新しい魔法を覚えたいという誘惑に駆られる。もちろん、手っ取り早く即戦力になりたいなら、どんどん新しい魔法を覚えるのも悪い選択じゃない。でも、将来的に魔法を向上させられるのは、術式が洗練された状態からさらに基礎的な魔法の反復練習をした子たちの方よ」


アレン 「……すみません、確認ですが、魔法は使わない日が続いてもおとろえないんですか?」


「あら、何か?」


「ええ。一般的に言って、人間の技能って日々の努力を必要とするものが多いじゃないですか。勉強はサボれば忘れますし、スポーツや武術も適切な練習や調整をおこたれば最高のベストなパフォーマンスはできなくなります」


「水泳や自転車みたいなものと考えてみてはどう? ああいうものだと、一度やり方を覚えてしまえば、めったなことでは忘れないでしょう?」


「でも、スポーツ選手やピアニストみたいに技術を極めた人になると、毎日練習を続けないとすぐに体力が落ちて自分の体に違和感を覚えるらしいじゃないですか。魔法にはそういう、努力の継続が必要になる側面はないんですか?」


ジナン 「よせ、アレン。実際にそういうのが必要になったらどうするんだ」


ローリィ 「うーん、300年間スライムだけを倒し続けて強くなった魔女もいるけど、彼女も含めて、『めったに使わない魔法を久しぶりに使ってみたら違和感を覚えた』なんて話は聞かないのよね。……うん、やっぱり、ナーロッパの魔法は一度覚えれば絶対に忘れないもので、向上することはあっても衰えることはないものなんだと思うわ」


アレン 「まるで将棋ですね」


ローリィ 「はぁ?」


「いや、『』が『ときん』に成るみたいじゃないですか」


「あー。将棋っていうか、RPGのレベルアップとかスキル獲得ね」


「何にしても、これから成長していく僕にとっては都合の良い話ですが」


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