第19話 雫先生の魔法授業~基礎編

 楓の提案に雫は正直驚いていた。

 雫自身、初めて水の巫女の役目について聞かされた時は、しばらくの間その重責に悩み、魔法や武術の稽古も行ええない状態が続いてしまったというのに、楓は話が終わったとたんに魔力のコントロール方法について教えろと言う、雫には楓が何を考えているのか分からなかった。

 むしろ、生き急いでいるように感じてしまい、心底楓のことが心配になる。


「私はかまわないけど、本当に大丈夫?、無理をして今直ぐ覚える必要はないのよ。それに魔力のコントロールは精神力に依存している面もあるから、精神が不安定な状態で行うことは危険なことなのよ。」


 神樹姉弟のことを心配する雫、楓はそんな雫の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「確かにマナの巫女とか、騎士とか言われて不安に思ったのは間違いありませんけど、だからと言って自分が強くなれる機会を遅らせるという選択肢は神樹の人間にはありません。それに精神状態についてはから俺と紅葉は心配いりませんよ。」

 

 そう楓が言うと、先程まで不安そうな顔をしていた紅葉までも力強く頷いた。

 雫は失念していた。

 今、自身の目の前にいる人間がただの高校生ではなく、であることを。

 神樹家については武芸者の間でまことしやかに囁かれ続けている数々の逸話がある。

 曰く、神樹の者と戦うのならば子供であっても人と思うな、人食いの獣と思え、成人であれば鬼と思えと。

 曰く、神樹の者は力に貪欲だ、強き者がいればどこにいようと見つけ出し、その技を盗みに来ると。

 曰く、神樹の力を恐れた時の権力者が神樹を滅ぼそうと軍を仕向けたが、一日経たぬ内に皆殺しにされたと。

 その様な話が他にも大量にあり、今でもその界隈の人達から「神木流の人間は門下生も含めて全員異常だ」と恐れられている。

 実際のところそう言われるだけのことはあり、神木流が全国に支部を置いているのも優れた人物を見つけ、神木流に引き込むことが目的であるし、楓が以前ジンとの試合の際に見せたの件もある。

 雫はを思い出し、改めて楓達の目を見ると、その目には先程まで少し残っていた不安の色など既になく、新しい力を得ることしか考えていない、まったく迷いのない目をしており、神樹の恐ろしさを再認識するとともに、頼もしさも感じ「はぁ」と吐息を吐く


「まったく、本当に問題なさそうね、いいわ教えてあげましょう。二人とも私について来て。」


 雫は立ち上がり、神樹姉弟について来るように促すと、嬉しそうに「「はい」」と答え雫の後について行った。


~~~~~


 楓達は3人と1匹は鏡花家雫の家の道場に来ていた。

 鏡花家の道場は総合武術の道場よりも二回り程大きく、武器術の名家なだけあり、様々な武器類が置かれていた。

 楓はその武器類の中でも道場の上座の奥に置かれた一本の武器に目が行く。

 その武器は両刃の刀の様な刀身を持ち、柄の部分が刀身と同じ長さの分類がしにくい形状をしていた。

 楓の視線に気づいた雫が


「あれ、気になるの?」


「はい、なんというか変わった武器ですね。」


「あれでも一応うちの家宝なのよ、たしか雨雫あましずくていう銘の槍だったはずよ」


 楓は鏡花家の家宝を見ながら「へぇ~」と感嘆の声を上げる。

 確かに形は変わっているが、刀身部分の作りや全体のバランスが見事で自分には使いやすいと感じていたからであった。


「神樹家にはないの?、雨雫みたいな家宝」


「ありますよ、妙な仕組みの武器が。……確か氷雨ひさめって銘だったと思います。」


「そうなんだ!え~気になるな~どんな形してるんだろ~。」


「今度見せてあげますよ、ちょうど実家から送られてきて下宿うちにありますから。」


「ホント!じゃあ今度……」


みせて、と雫が言おうとした瞬間、紅葉から横槍が入る。


「二人とも、武器のことよりも今は魔力のコントロールでしょ」


 頬を膨らませながら怒る紅葉に、雫が両手を合わせて謝る。


「ごめんね、そうだったよね」


「もう!しっかりしてください。」


「それじゃあ始めましょうか。今回は二人同時に出来るから、お互い少しだけ距離を取って立っていて。」


 神樹姉弟は雫の指示通りに互いに距離を取り立つ、その面持ちはマナの知覚の時と同じように緊張したものであった。 


「それじゃあ魔法使いへの第二歩目!マナの吸収について教えるね、教えると言ってもとっても簡単、落ち着いて、周囲のマナを感じ取ったら、マナを自分の体に入れるイメージをして頂戴。そうすれば自然とマナが体に入って来て魔力に変換されるから、そうすれば自分の中に魔力が溜まってくる感覚……、魔力の容量は人によって違うから、力が溜まってくる感覚がすれば魔力が溜まっている証拠よ。さあ始めて!」


 雫の合図に合わせて、神樹姉弟は目を瞑り周囲のマナを体に入れるようにイメージする。

 すると早速紅葉が


「雫先輩!もう一杯になった感じがします。」


「紅葉ちゃんは変換効率も高いし、前回の感知の時にある程度精霊からマナをもらってたから、やっぱり早かったわね。楓君はコウ君の顕現にだいぶ魔力を使ったから気にしないで続けてね」


「だから、最近調子が良かったんですね、ありがとね精霊さん。」

 

 紅葉はそう言って、近くにいた精霊にお礼をする。

 精霊は喜んだようで紅葉の周りを踊り始める。


「紅葉ちゃ~ん、精霊にお礼するのは大事なことだけど今は少し控えてね、周りの精霊がみんな集まってきて楓君の集中乱しちゃうといけないから。」


「はーい。」


 気の抜けた返事をする紅葉を他所に楓は集中していた。

 しかし、魔力が溜まるような感覚はなく、むしろ段々息苦しくなってきて集中が乱れ始めていた。

 そんな楓の様子に気付いた雫が楓に声をかける。


「楓君どうしたの?体調が悪そうだけど。」


「すいません、今朝から調子が悪くて……、薬飲んでも良いですか?」


「いいけど薬ってどこか悪いの?」


 雫の質問に紅葉が楓に変わって答える。

 

「楓って昔から体が弱いんです。満月が近くなると体調を崩すんですけど、……でもおかしいなぁ満月はまだ先なのに。」


「満月に体調が……、楓君!その薬見せて!」


「?、いいですよ」


 楓はポケットの中に入れていた薬を取り出し、雫に見せる。

 薬を見た雫は逡巡の後に意を決し、自らの親指を噛み切り楓に向ける。


「楓君、私の血を飲んでみて」


 雫の突然の行動に楓は戸惑う


「な……なんでですか?」


「私の血は特別で、人体に入るとマナが爆発的に増えるの。適合者が飲まないと毒にしかならないのだけれど、楓君は私の血に適合してるから安心して。」


「ええぇ……」


 安心してと言われても、突然自分の血を飲めと言われて戸惑わない人間はいない、そうやって楓が血を飲もうか迷っていると、


「あが!」


 雫に指を突っ込まれた。

 中々に豪快な行動ではあるが、現状、最善と判断しての行動であった。

 指を突っ込まれた楓は、歯を立てるわけにもいかず、流れ出る雫の血液を嚥下えんかして行く、すると楓のが感じていた気だるさがなくなり、力があふれてくる感覚を覚えた。


「ひふふしゃんぽい!もほたいひひょうふてす。」


 雫に指を突っ込まれたまま楓は、雫の腕を掴み言葉を発した。


「もう大丈夫?」


「ふぁひ」

 

 楓の応答を聞き、指を引き抜く雫。


「どう、魔力は溜まった?」


「はい、さっきまでの体のだるさがなくなって、今は力がどんどん溢れてくるみたいです。」


「そう良かった。」


 雫は安堵のため気を吐き、真剣な表情になる。


「楓君、この薬を一体何時から飲んでいたの。」


「よく覚えてないですけど、――5歳位の時からですね。」


「……そう、どこで手に入れたのかは知ってる?」


「それは俺の体質を心配した父さんが、誰かからもらったとしか聞いていません。この薬持っていたら不味い物なんですか?」


「詳しくは調べてみないと分からないけど、通常魔術師以外の人間が持っていてはいけない薬よ。」


「だけど、俺はこの薬のおかけで、普通に暮らせていたんです。」


 雫は顎に手を当て思案に耽る。

 そしてしばらくすると何かに思い至り、口を開く


「楓君が倦怠感を感じていたのは満月の時期だけなのよね。」


「はい」


 雫はまだ抱いていたコウに目をやり質問する。


「コウ君、今までに何回か楓君のマナの目覚めを待たずに顕現しようとある?。」


ワン(はい、私めが顕現できるだけの魔力を得ようと、主が生まれてから現在に至るまで月に数回行っておりました。)


「それは満月の時期?」


ワン(その通り、普段から主の魔力を吸収していては、主に負担がかかってしまう故、主の魔力が一番高まる満月前後数日間だけ魔力を吸収しておりました。しかし、思ったよりも主から得られる魔力が少なく、中々顕現することが叶わずにやきもきしておりましたぞ。)


 コウの言葉に雫は「やっぱり」と呟く、


「楓君の謎の体調不良の理由とコウ君が中々顕現できなかった理由がわかったわ。楓君の体調不良の原因は、コウ君が満月の日の前後に楓君の魔力を吸収したことによる一時的な魔力欠乏症でね、これは魔術師が魔力を使用しすぎた際に起こる症状で、強い倦怠感やめまいが起こしてしまうのよ。」


「そうだったんですか。」


 魔力を吸収するのはかまわないが魔力欠乏症になるまで人の魔力を吸収するなよとコウのことをジト目で見る楓。

 見られているコウは、そっぽをむいてとぼけていた。


「だけどね、魔力欠乏症と言ってもこれは一時的なもので、安静にするか魔力回復薬を飲めばすぐに症状が改善されるから、特に問題はないのよ。――問題があるとすればこれね。」


 雫は先程楓から預かった薬を出す。


「詳しく調べないとはっきりとは分からないけど、これは魔力を減らす効果のある薬なの。」


「そんな薬があるんですか?」


「魔術師の起こす病気の中で魔力過多症と言って、自分の魔力容量の以上に魔力を吸収してしまう病気があるんだけど、これは魔力欠乏症と違って、生まれつきの病気でね。通常、人にはマナを吸収する時に吸収量が自身の魔力容量を超えないようにーブ機能働くのだけれど、この病気の人はそのセーブ機能が働かないから必要以上に魔力を吸収してしまって、魔力の器である魂がパンクしてしまって最悪の場合死に至る病気なのよ。それでこの薬は魔力過多症の人のために作られた薬で、魔力欠乏症の人には間違っても使ってはいけない薬なの。」


「俺はそんな薬を飲んでいたんですか。」


「そう、楓君の場合は幸い楓君の魔力の容量が大きいという点と、コウ君が魔力の吸収量をセーブして、楓君に負担がかかりすぎないように気を付けていたから命の危険にされされることはなかったけど、今後はこの薬は今後一切飲んじゃだめだからね。」


「はい、だけど父さんに薬を渡した奴はなんでこんなことをしたんですかね?」


「調べてみる必要があるけど、……恐らくコウ君の顕現を阻止するためだと思うわ。」


 水の巫女の騎士の選定者たるコウルキウスの顕現を阻止するということは、水の巫女の守護者不在に繋がる。

 これはマナの巫女、ひいては世界に敵対することを意味する。

 雫は得体の知れない敵の存在に不安を覚えるのであった。

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