第三章 力と仲間と世界の秘密編

第16話 狼

 楓は夢の中にいた。

 それはいつもと同じ夢ではなく、海中を漂っているような感覚を覚える夢だった。

 自身の周りに今までに感じたことのないものの存在を感じる。

 人間は通常未知のものに対して恐怖を覚えるが、楓はその存在に対して恐怖感どころか、むしろ心地良い感覚を覚え、その感覚に身をゆだねて深く眠り続けた。


 楓の眠りから覚める。

 久しぶりによく眠った……そう思いながら体を起こそうとするが、何かが胸の上に乗っている感覚がする。

 その感覚を確かめようと自身の胸元を見ると、銀色の毛玉が胸の上に乗っていた。


(何だこれ?)


 楓は自身の胸の上にある銀色の毛玉の正体を確かめるべく、手で触って確かめてみる。

 触ってみると、とても毛艶が良く、いつまでも触って入られるほどの心地よい感触がする。


(モフモフ、モフモフ……。ハッ!あまりの感触の良さに我を忘れていた。……温かいってことは生き物か?)


 そう思いつつも、よほど撫で心地が良いのだろう、毛玉を撫で続ける楓、すると毛玉がもぞもぞと動き出す。

 急に動き出した毛玉に「うわ!」っと驚き手を離すと、犬のような頭が出てきて楓の方を向く


「仔犬?、……いや、この感じ……、狼かな?。でも何でこんなところに……。」


 しばらく見つめ合う一人と一匹、すると仔狼が先に口を開く、


「ワン!」(おお!目が覚めましたか、我が主よ。)


 楓の耳に仔狼の鳴き声と共に子供の声が重ねて聞こえる。いや、正確には子供の声が頭の中に直接響いた。


(何だ!?、頭に子供の声が響く。)


 初めて経験する感覚に戸惑い、頭を押さえる楓。

 すると、仔狼が楓の胸の上で立ち上がり、キャンキャンと鳴き出す。


(主!どうなさいましたか!?まさか……。)


 楓の頭に再度子供の声が響く、仔狼は楓の胸から部屋の床に飛び降り、ドアに向かってワンワンと吠える。


(敵からの攻撃か!?、おのれ卑怯な、出て来い!)


 仔狼の行動を目で追っていた楓は、仔狼の鳴き声と同時に子供の声がする事に気付くと、上体を起こして仔狼に話しかける。


「もしかして、お前か?」


 楓の問いかけに答える様に仔狼は楓の方を向き、ワンワンと吠える。


(やや、主、お体に異常はございませんか?敵は私に恐れなして逃げたようです。)


 小狼の様子から楓の予想は的中し、声の正体が仔狼であることを察っしたが、仔狼は何か勘違いをしているようであったためとりあえず訂正しておく。


「敵なんて最初からいないし、体も大丈夫だよ。」


 ワン(しかし、主は先程頭を押さえておりましたが。)


「それはお前の声が急に頭に響いたからで……。」


 キューン(そういえば主はマナに目覚めたばかりでしたな。申し訳ないことをいたしました。)


 仔狼は申し訳無さそうな顔をして楓を見る。楓が「えらく表情豊かな狼だな。」と感心していると部屋のドアが開き、紅葉が楓の部屋の中に入ってくる。


「コウく〜ん。何かあったの〜?。」 


 すると、仔狼が紅葉の方を向きワン!と吠え、お辞儀をする。


(これは紅葉殿、おはようございます。)


 仔狼の挨拶に合わせて、仔狼の前まで来てから屈んでから「おはよう」と笑顔で挨拶を返す紅葉。どうやら紅葉も楓と同じ様にこの仔狼の声が聞こえているようだ。


「おはよ〜、それでなにかあったの?コウ君の鳴き声が外まで聞こえてたよ。」


 そう仔狼に語りかけながら、仔狼の頭を撫でる紅葉。

 撫でられたことで気持ち良さそうにしていた小狼はハッとする。


ワン!(そうでした。我が主が目を覚まされましたぞ!。)


「楓の目が覚めたの!?」


 そう言うと紅葉はバッと立ち上がり、楓が寝ていたベッドの方向く、すると紅葉の達のことを見ていた楓と目が合う。


「おはよ……。」


 楓が朝の挨拶を言い終わるのを待たずに、紅葉は楓に抱きつく、


「良かった〜。雫先輩達は大丈夫って言ってたけど、もし起きてこなかったらどうしようって不安だったんだよ。体はどう?なんともない?」


 そう言って目に涙を浮かべ、楓の顔を心配そうに窺う紅葉、楓は紅葉の頭に手を置き「大丈夫だよ。」と微笑み、体に異常がないことを伝える。


「ところで、この仔狼は何なんだ?紅葉はコウ君って呼んでるみたいだけど」


 紅葉は、目に溜まっていた涙をゴシゴシと拭くと、「それはね」と前置き


「コウ君は、楓の守護獣らしいよ。」


「守護獣?」


 聞き慣れない言葉に、疑問を浮かべる楓。すると仔狼がワンと吠える。


(これは申し遅れました。私、このたび主、神樹楓殿のマナの目覚めにより顕現し、守護獣として仕えさせていただくことになりました、霊獣、狼王族のコウルキウスと申します。紅葉殿と同じ様にコウとお呼びください。)


 そう言って恭しくお辞儀をするコウ。


「それはどうもご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします。」


 コウの丁寧な挨拶につられて、楓もつい敬語で返してしまう。

 楓は、コウのことなど色々と分からないことがあったが、この場にいる者に聞いても分からないだろうと判断して、今度学園で雫に質問しようと決めたところでハッと思い出す。


「そうだ!学校!」


 楓はバッと立ち上がり、急いで登校の準備をしようとしたところ、


「今日は土曜日だから学校ないよ。」


と紅葉が言う、よく考えれば昨日は金曜日で、時計もすでに午前10時を回っていた。急ぐ必要のなくなった楓がホッと胸を撫で下ろしたところ、急な倦怠感に襲われ立ちくらみを起こす。

「楓!」紅葉はそう言って、立ちくらみを起こした楓を支える。


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫、これはだ。薬を飲めば落ち着くよ。」


 楓は幼少の頃から満月が近くなると、今のように倦怠感や立ちくらみを起こすことがある。

 原因については医者に見せてもわからなかったが、楓の家族がとある人物から薬を貰い、それを服用することで症状を抑えることができたため、以降は満月が近くなるたびに楓はその薬を服用するようにしている。

 楓は自室の机に保管していた薬を取り出し、それを服用する。

 

「……これでよし。さて、もう一眠りするか。」


 楓がそう言ってベッドで寝ようとしたところ、紅葉が「待った」と言って楓を止める。

 至福の時間を邪魔された楓が「なに?」と不機嫌な顔を紅葉に向けると、紅葉は、なぜかドヤ顔をしながら言った。


「雫先輩の家に行くよ。」


「は?なんで?」


「雫先輩から話したいことがあるんだって」


「別に学校でも良いだろ、俺は寝たいんだ。」


 そう言ってベッドに潜り込む楓。

 しかし、紅葉はそれを許さない


「問答無用!」


と言いながら楓がかぶっていた布団を無理やり剥ぐ、楓は「何すんだよ」と文句を言うが


「いいから、準備しなさい!」


と一喝され、楓は渋々出掛ける準備をするのであった。



 楓が準備終え、紅葉と一緒に下宿の玄関に行こうとすると、トコトコとコウも付いてくる。


「まさかお前も来るのか?」


ワン(もちろんです。主と私は一心同体故。)


「電車に乗るんだろ?、乗るときどうするんだよ。」


 楓がそう言うと、紅葉が、じゃじゃ〜んとトートバッグを取り出す。

「この中に入ってもらうの、コウ君かこの中にいれば他の人の迷惑にならないでしょ」


「そうかよ、じゃあ行くぞ。」


 楓が玄関の戸を開けようとすると、この下家の責任者である上木藤吉郎が玄関内に入ってくる。

 トレーニング帰りなのだろうその姿は汗だくであった。


「おや、坊っちゃん達はこれからお出かけですかな?コウ君がいるところを見ると散歩ですか、姉弟中がよろしくてよいですね。

ワンワン(ただの人間風情が私の愛称を呼ぶでないわ!)


「はっはっは、コウ君も元気があってよろしい!それでは私はこれで」


 木下はそう言って下宿の中に入っていく、どうやらコウの姿は見えるらしいが、声までは分からないらしい。


(一体この小狼は何なんだ。)


楓の疑問はより深いものとなった。


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