第6話 ジン・テラヴァルカ 1

  ジン テラヴァルカは双武学園2年B組に在籍する英国からの留学生である。

 彼の実家は,古い貴族の家系であり、英国でも少なくない影響力を持っており、次期当主たる彼は幼いころから厳しい教育を受け、好きなことを全くさせてもらえない窮屈な生活を送りながら育っていた。

 そう言った経緯もあり、彼は実家のことよく思っておらず、進学先を双武学園に決めたのもとにかく実家から離れたいがためであった。

 そして、双武学園入学後は、実家からの束縛もなくなり、自由気ままに学園生活を謳歌している。

 そんな彼が所属している部は文科系は楓と同じ文芸部、武道系は不良の巣窟となっている剣術部で、文芸部の方にはたまにしか顔を出しておらず、剣術部を主体に活動をしている。

 といっても剣術部自体が現在は名ばかりのものとなっているため、彼の生活は大変自堕落的なものとなっている。

 ではなぜ、総合武術の武道場に現れた彼を見て新藤は驚愕したのか、その答えは彼の強さにある。

 ジン テラヴァルカの学内順位は48位、先日、総合武術を襲撃した最武のように引き継いで得た順位ではなく、彼自身の実力で得た順位である。

 また、双武学園において、校内順位50位以上の者とそれ以下の順位の者とでは実力に大きな差があり、50以上の者たちは校内の生徒から畏敬の対象として見られている。

 そんな男が突然、自らが代表を務める武道場に現れたのだ、新藤の驚きは当然の事であろう。

 

「何の用だジン、まさか昨日の事への報復か?」


 緊張した面持ちで、新藤が楓達をかばう様に前に出る。

 新藤は、楓の方が明らかに自身よりも強いことを十分に理解している。

 しかし、新藤にとって楓達は大切な部活の後輩、守るべきものだ、守ると決めたものはどんな奴でも守る、それが新藤の矜持であり、楓達後輩をジンからかばう様に前に出た理由でもあった。

 新藤に問いかけにジンは「はっ!」とあざける様に声を発する。


「そんなんじゃねえよ、昨日の事はあいつらが勝手にやって勝手にやられたってだけの話だ、俺はこの道場に興味もねえよ。」


 武道場内が緊張に包まれる。

 ジンの答えに新藤が、だったら何の用だ、とジンに問いかけようとするよりも早く、紅葉がジンに笑顔向けながら接近する。


「だったら入部希望かな?、総合武術部はいつでも入部希望者は歓迎ですよ~」


 この緊張した空気を壊す様に、無邪気な笑顔でジンに話しかける紅葉。

 しかし、


「…………。」


 ジンから返って来たのは言葉ではなく沈黙、どうやらジンは意図して紅葉のことを無視しているようだ。


「ばっ馬鹿!やめろ紅葉さん」

 

 焦った顔で紅葉を制止しようとする新藤。

 新藤には相手が昨日の不良達のような奴らならば、何があっても紅葉を守る自信はあったが、今紅葉が話しかけている相手は、強者の集う双武高校中でもトップクラスの実力を持つ存在である。もし紅葉が彼の機嫌を損ね、紅葉を害そうとした場合、楓と二人がかりであったとしても止められる自信はない。そう考えての行動であったが、それでも紅葉は止まらない、むしろ無視されてムキになり、ジンのことを煽るような態度になる。


「ジンセンパーイ聞いてますかー、無視されちゃうと紅葉ちゃん寂しいですよ~。あっ!いいこと考えた!ジンセンパイと剣術部の先輩も総合武術部うちに入部したらどうです?不良なんかしているよりずっと楽しいですよ。」


 紅葉の煽りと言いう名の勧誘に、流石に頭に来たのか、ジンは紅葉のことを睨み


「……うるせえ。」


 その呟きと睨みも何のその、紅葉は更にジンを煽る。


「なんですか~聞こえませんよ~」


 ジンはまだ紅葉の煽りに我慢出来ているのか、落ち着いた声で紅葉を威嚇する。


「うるせえ、女はだまってろ。」


 ピキ……という音が紅葉から聞こえた気がしたが、紅葉はその笑顔を崩すことはない。

 

「あ!やっと反応してくれた。ずっと突っ立ったままでいたから死んだのかと思って心配しましたよ~」


 紅葉の煽りはとどまることを知らないどころか増々ヒートアップする。

 ここで我慢の限界が来たのか、ジンは怒りの形相をあらわにし、紅葉に向かって吠えだす。


「うるせえ!はっ倒されてえのか!いいからすっこんでろ!」


 ピキピキ……紅葉から先ほどと同じ音が聞こえ、紅葉の笑顔も既に引き攣ったものに変わっている。

 そんな二人の様子を黙って見守っていた楓が焦りだす、このままでは


「新藤先輩、やばいです……。」


「ああ、ジンが暴れだすかもしれん、あいつは学年順位48位の猛者もさだ紅葉さんが危ない」


「いや……、そうじゃなくて」


「?、どういうことだ」


 いまいち会話がかみ合ってないことに気付いた新藤が、楓に真意を聞いたところで、紅葉と言い合いをしても埒が明かないと判断したジンが紅葉を押しのけ、二人の会話に割って入る。


「新藤!ここに神樹楓ってやつがいるだろ、俺はそいつに用があって来たんだ!」


 名指しされた楓は、うわ、面倒くさ、と思い、ジンから目線を逸らそうと、下を向く。

 新藤には楓のその行動がジンを恐れてのことの様に見え、新藤は楓をかばうために、ジンの目線から見えない位置に着いた。


「楓にか?あいつは新入生だぞ!」


 新藤の発言に、ジンはニヤリと笑いながら反論する。


「強さに学年は関係ねえだろ?、それにそいつは剣術部うちの最武を一撃で倒したらしいじゃねえか、あいつは腐っても校内順位350位、平均以上、この強者が集まる双武学園で・・だ。そんなやつを一撃で倒せる奴は少なくともランカー以上の奴しかいねえ、興味を持たねえほうがおかしいだろうが、そこのお前!お前が神樹楓だろ?」


 ジンが楓を指差す。楓は、あ~面倒くさい、と思いつつ、観念した様子で前に出ようとする。すると、楓の前にいた新藤が「おい!楓」と心配した様子で楓の肩を掴む。

 楓は新藤に「大丈夫ですから」と一言発し、優しく新藤の手を払いのけ、ジンの前に立つ。


「そうですけど……、なんの用ですか?」


 ジンは自身の標的が出てきたことに喜び、獰猛な笑みを浮かべながら楓に告げる。


「俺と勝負しろ!」


 勝負する理由が分からない、なによりも面倒くさい、楓はそう思いながらどうにかジンと戦わなくて済む方法を思案する。 


「……何でですか?」


「俺がお前の実力に興味があるからだ」


「俺には先輩と勝負する理由がない、だから嫌です。」


「うるせえ、いいから勝負しろ」


――うわ~、この人全然話通じないタイプの人だ。


 この手のタイプの人間は、自分の目的を達成するまで絶対に止まることはない、話をするだけ無駄だ。そう思った楓は勝負を断ることをあきらめ、仕方なさそうにジンの要求を受けようとした。その時、


「楓はやらなくていいよ、私がる。」


 いつの間にか楓の前に立ち、ジンに笑顔を向けた紅葉がそう言い放った。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る