第2話 部活 

 楓達が通う双武高校には、他の高校とは全く異なる校則ルールが存在する。その内の一つが全校生徒は必ず文化系、運動系の部活に各1つづつ、合計2つの部活に在籍しなければならないというものである。

 しかもこの学園の運動系の部活は柔道や空手、剣道といった所謂いわゆる武術系の部活しか存在しない。

 つまりどんなに運動が苦手でも、必ず武術系の部活に所属しなくてはならず、逆を言えばどんなに興味がなくとも文科系の部活に所属しなければならないと言う妙な校則ルールが存在する。

 これは『天賦の器』たる者は文武両道でなければならないという理由の元決められたものであるのだが、どちらの部活に重点を置くかは、生徒の自由意志に委ねられているため、片方の部には出席するが、もう片方の部には全く出席しない、という生徒が現状多くを占めている。


 神樹姉弟が双武学園に入学してから1週間が経経過した。

 入学から最初の数日は、夢のことで悩んでいた楓も雫との出会い以降、なぜか同じ夢を見ることがパタリと止み、いまだに夢についての疑問が残るものの、わからないことを考えてもしょうがない!、

と開き直ることに至り、今は学園生活を楽しんでいる。


「で、お前はどこの部にするんだよ」


 問いかけたのは、楓と同じクラスに在席する男子生徒である種子島 弾たねがしま だんだ、彼は入学式の日に、夢のことで頭の中がいっぱいなり、心ここに在らず状態の楓の様子を見かねて、紅葉と一緒に世話を焼いてくれたお人好しだ。

 そんなお人好しの弾と楓は、現在、どの部活動に所属するのか、という会話に花を咲かせていた。


「ちなみに俺は文化系は適当に入って、幽霊部員になる予定、武術系はまだ決まってない!!」


 と胸を張る弾に、楓は「何も決まってねえじゃねえか。」と呆れながらもツッコミを入れる。

 二人が楽しそうに会話をしていると


「なになに~、何の話~」


と赤い髪をした少女、――神木紅葉が二人の会話に割って入ってくる。

 紅葉も楓と同じクラスに在席しており、彼女の明るく、人懐ひとなつっこい性格と、可愛らしい容姿から現在はクラスのマスコット的扱いを受けている。

 なお、楓もその容姿から紅葉と同じ扱いを受けているが、楓は自分の女の子のような容姿がコンプレックスらしく、そのことについて言及すると露骨に不機嫌な態度を取るため、クラスメイト達は楓の容姿についての話を本人の前で行わないように気を付けている。

 弾は、楓との会話に入ってきた紅葉に簡単に説明をする。


「部活の話だよ、紅葉ちゃんは決まった?」


 だいぶ会話の内容を端折はしょった説明ではあったが、二人の会話の要旨は紅葉には伝わったようで、弾の質問に笑顔で答える。


「私はね~、文化系は雫先輩に手芸部に誘ってもらったから、そこにする予定、武術系はまだかな~。」


 弾は紅葉の「雫先輩に誘ってもらった」という言葉に反応し、両手を広げ大げさに驚く。


「紅葉ちゃん、学園3位に誘ってもらったの!?すっげーな!1か月後にはランカーになってるんじゃない。」


 この学園の特殊な校則ルール、その中に学園順位というものがある。

 この順位は学力順で付けられるものではなく、学生一人一人のに合わせた順位をつける、というもので、双武学園の全生徒に適用されている。

 このの判断基準というのが、個人の武力、つまりどれだけ強いかというものであり、勉学の良し悪しはまったく考慮されていない。

 しかも生徒の間では、この順位はそのまま学園内での地位や発言力に直結していると噂されているのだが、実際のところはそんなことはなく、学園順位上位の者達は自然と他の生徒からの注目をびることが多く、それ故に生徒会や委員会の役員に推されるため、結果、学園順位上位の者達が生徒会役員や委員会の役員を務めることになる、というのが実情であった。

 当然、新入生である楓達にも学園順位は適用されるのだが、入学してから最初の一か月は実力が不明という理由で、順位付けはされていない。


 学園3位と言えば、双武学園で知らぬ者はいないという程の有名人だ。

 弾の発言は、周りの生徒にも聞こえていたらしく、紅葉にクラスの注目が集まる。

 自身に注目が集まっていることに気付いた紅葉は、ここで妙な発言をしてしまうと悪目立ちをしてしまい、下手すると面倒くさいことになる、と思い慌てた様子で


「――さっ流石にそれはないって、誘われたの文化系の部活だし、――そういえば雫先輩が楓君も一緒にどう?って言ってたよ、手芸部だけど男の子も結構いるし」


と謙遜しつつ、話題を逸らすために楓に話を振る。

 楓は紅葉の意図を察し、面倒くさい、と思いながらも紅葉に協力するために話に乗る。この辺が神樹姉弟の仲が良い理由の証左でもある。

 

「文化系は読む専門の文芸部に決めたからパス。」


 楓の趣味は読書と昼寝で、暇な時間さえあれば大体読書をしているか寝ているという程である。

 自分の趣味を優先し、あっさりと学園順位3位の誘いを断った楓に、紅葉は呆れを通り越して関心する。


「楓ホントに本読むの好きねえ、武術系どうするの?もう締め切り近いよ」


 先程は、弾にツッコミを入れていたが、楓自身もいまだに格闘系の部活は決まっておらず、これが中々難航しており、「うーん」と腕を組み考えた結果


「放課後に色々周ってみて決めるよ」


と弾と似たような回答になってしまう。

 見事なブーメランである。

 しかし、紅葉には楓の回答が名案に思えたのか、「よし!」と楓の案に乗っかる。


「じゃあ私もそうしよ!弾君も一緒に周る?」


「俺はいいや、用事あるし。」


「そう…、じゃあ楓、二人で回ろっか!」


「わかった。」


 そう話が決まった頃には、クラスメイトの紅葉への注目もなくなっており、人知れず紅葉はホッと胸を撫で下ろした。


~~放課後~~


 放課後、神樹姉弟は予定通りいくつかの武術系の部を周ってみたものの、、その表情は明るくなかった。


「なんかいまいちぴんとこないねぇ」


 楓は紅葉の言葉に「そうだな」と同意しつつ、今まで周ってきた部を振り返ってみる。


「確かに強そうな人はちらほらいるんだけどなぁ。競技でやってる感じが合わない」


「そこはしょうがないでしょ、武道といっても競技化されたものがほとんどなんだから」

 

 誤解がないように説明するが、神樹姉弟は別に競技化されたを見下しているわけではない。

 合わないと言ってはいるが実際のところは、怖いという感情が理由の大半を占めている。

 神樹姉弟が習得している「神木流」の武術はあくまでも実戦を想定した武術であるため、戦う上での、それ故、二人にはというものが理解できないのだ。

 理解できないものが怖い、怖いからやりたくないという子供じみた理由、それが神樹姉弟の未熟さの表れでもあった。


「まぁそのへんは神木流が特殊なんだろな。」

 

 そう言って、自らの恐怖心を誤魔化す楓、


「でも一応この学園にも神木流みたいなとこがあるらしいよ、全然見つかんないけど……ああ~どうしよう~、締め切りが~」


 紅葉が両手で自身の頭を押さえて懊悩おうのうとしながら周囲を見ていると、校内の敷地の端に1軒の武道場らしきものを見つけ、指差す。


「楓!あれ!」


「武道場……かな?他に周るところもないし、行ってみるか。」


 2人が武道場らしき建物の前に着くと、入り口に「総合武術部」と書かれた看板が掲げられ、中からは誰かが訓練をしているような音がする。

 楓は「総合武術部」と書かれている看板を見る。


「『武道』ではなく『武術』って書かれている。……ということは、神木流と同じ部類か?」 

 

 わずかな希望が見えてきた、と楓が考えてる中、紅葉はそっと武道場の戸を開いて、鍵が開いていることを確認し、戸を閉じ、小声で楓に提案する。


「楓!鍵開いてるみたいだし、入ってみる?」


「いや……、普段の練習風景を見たいから窓の方に周ろう」


 神樹姉弟は武道場の窓に周り、中を覗いて見てみると、一人の男子生徒らしき者が黙々と訓練をしていた。

 その男は黒髪短髪で精悍せいかんな顔つきをしていたが、楓達は男の顔よりもその体付きに目が行く。

 男子生徒はよく鍛えられていることが一目で分かるような体付きをしており、まさに鋼の肉体と呼ぶにふさわしいものであった。

 男は今、型の練習をしているのだろうか、その所作はまるで舞を思わせるかのように美しいものであった。


(型……の練習か?だけど空手でもないし、中国拳法とも違う。しかし……)


 楓はそう思いながら、隣にいる紅葉方を見る。紅葉も同じことを思ったのか楓の方を見ていた。

神樹姉弟は互いにニヤリと笑い、感想を述べる。


「「強いな(ね)」」


 二人は決心した。

 男の所作と「総合武術部」という看板を見て、この部こそ自分たちが所属するに相応しい部だと決めたのだ。


「それじゃ、挨拶にしに行こっか。」


 そう紅葉が提案した直後、武道場の入り口が乱暴に開け放たれる。

 武道場の入り口には、制服を着崩し、木刀を持ったまさに不良といった風体の五人組の男達が立っており、土足のまま道場内に入ってくる。

 神樹姉弟は互いにアイコンタクトをしてしばらく様子見をすることに決める。

 もしかしたら男子生徒の実力が見れるかもしれない、そう判断しての行動であった。

 神樹姉弟が黙って男子生徒達の状況を見守っていると、不良達のリーダー格らしき男が、訓練を行っていた男子生徒に向かって木刀で指差す。


「よう新藤しんどう、いい加減この場所から出ていく気なったのかよ。」


 新藤と呼ばれた男は、「はあ」とため息を吐き、呆れた様子で不良達に相対し、リーダー格の男に向かって口を開く


「また来たのか最武もぶ、出ていくつもりはないと何度言えば分かる。」


 男子生徒が不良の名を呼ぶと、「モ…モブって……」と言いながら笑いを必死こらえる紅葉。

 楓はこの状況でよく笑えるな、とジト目で紅葉のことを見ながら男子生徒達の会話に聞き耳を立てる。


「わからねえなぁ、お前一人しかいない総合武術部の代わりに俺たち剣術部がこの道場を使ってやろうって言ってんだ、いいからつべこべ言わずに出て行けよ!!……じゃねえと痛い目見るぞ」


 最武と呼ばれたリーダー格の不良がドスきかせた低い声で脅すが、新藤はまったく効いていない様子で


「ここは俺が先輩方に託された場所だ。出ていくつもりはない」


と毅然とした態度で自らの意思を口にする。

 今まで何度もこのようなやり取りをしてきたのだろう、新藤の態度に痺れを切らせた不良達は、新藤を取り囲むような配置に着き


「ランカーでもない手前てめぇが90位の俺に口答えするんじゃねえよ!」


と最武が叫び、不良達は一斉に新藤を襲いだす。

 新藤は、不良たちになすがままにやられ一切の抵抗をしない、その様子に先ほどまでの毅然とした態度は感じられなかったが、どこか不自然さがあった。


「シンドウっていう人、あれ、わざと受けてない?」

 

 紅葉は攻撃を受けている新藤に不自然さを感じ取り、そのことを楓に伝える。

 しかし、紅葉の言ったことは、楓の耳には入っていない様子で、楓は不機嫌そうに新藤達を様子を見ている。

 その時だった。 


「腹立つ」


と楓は呟き、突然覗いていた窓を開け放ち、武道場の中に入って行く、


「ちょっ、楓!」


 楓の突然の行動に驚きながらも、後を追うように紅葉も武道場の中に入る。

 すると、突然武道場内に入ってきた楓達に気付いた最武が


「なんだ手前てめぇら、新入生がなんの用だ!。」


と恫喝しながらに楓達に近づいて来る。

 当然楓達には最武ふりょうの 恫喝など効きはしない、むしろ楓はこの手の輩が嫌いなため、余計に不機嫌になり、不良達に悪態をつく 


「うるさい、腹立つんだよ、あんたらみたいに実力差もわきまえず、数いれば勝てると思っているような奴ら」


 そう言いながら不良達を睨む、その眼は獰猛な狼の様な眼をしており、不良たちは楓の怒気とその眼光に怯み「うぅ」情けない声を出しながら後ずさりする。

 その直後、最武はである楓に怯えている自分に気付き、恥ずかしさと怒りのあまりにプルプルと体を震わせ、顔を赤くしながら楓に襲いかかった。


「舐めんなよコラぁ!!」


 襲いかかってくる最武に楓は「馬鹿だなホント」と呆れながら、振り下ろされた木刀を素手で受けた。

 通常、素手で木刀を受ければ骨折は免れられない、しかし結果は違った。

 バキン!という音と共に破壊されたのは最武の持つ木刀であった。

 自らの持つ折れた木刀を見て、信じられないといった表情で驚愕する最武。


「はあぁ!?」


「あんたの一撃程度、「岩身がんしん」で十分だ。「鉄身てっしん」ましてや「金剛身こんごうしん」は必要ない……、それじゃあ、。」


 そう言った直後、隙だらけの最武に顎を掠める程度の軽い一撃が加えられる。

 すると、最武はその一撃に反応することもできずにあっさりと攻撃を受け、糸の切れた人形のように倒れ気絶した。

 楓は気絶した最武を見下すように一瞥し、残った不良達を睨む。

 不良達は状況の理解が追い付いていないのか、倒れた最武と楓を交互に見やる。

 そんな不良達に楓は呆れ「はぁ」とため息をこぼし、口を開く


「まだやる?」


「ひいぃぃ」

 

 楓の発言でやっと状況が飲み込めたのか、残った不良たちは情けない声を出し、昏倒した最武を引きずりながら武道場から去っていった。


「すまない助かったよ」


 先ほどまで不良たちに滅多打ちにされていた男子生徒、――新藤が立ち上がりながら楓に対して礼を言うが、楓の態度は先ほどから変わらぬまま、不良たちに向けた鋭い眼光を新藤に向けていた。

 楓の眼光を受けても意に介した様子もなく、不思議そうに新藤は尋ねる。


「……?、どうしたんだい?。」


「シンドウセンパイ、俺はあんたにも腹が立ってるんですよ」


楓はそう言い新藤に向ける眼光を更に鋭くさせた。

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