第11話 行政院議会

 ソラスタジアの行政院最高議会では、各委員会の代表、政治高官や軍幹部のみならず、下級議員や末端の役人まで、議場に収まらないほど多くの人が集まっていた。

 すでに港街では、市民のあいだでも謎の船団について、あちこちで話題に上がり、大騒ぎのようすだった。

 そして今日は、だれもが仕事が手につかないような有様だった。


 最高議長グラットン・モンクは、いつも以上に厳かな態度で議会を進行した。


「それで、船団の正体について、なにか詳しいことは分かったのかね?」

 その質問に将軍が答える。

「いいえ、残念ながら。それに、彼らの話す言葉は、我が国ソラスタジアとも、敵リヴラーガとも異なるもののようです」

「そうか」

 モンク議長はゆっくりとうなずいた。「いずれにしても、敵対的ではないとみて、よろしいな?」

「はい。そのように考えてもよろしいかと思われます」

 そのとき、軍幹部の一人が口を開いた。

「しかしだがね、警戒はしていた方がよいのではないか? 彼らの一部は、リヴラーガの連中にそっくりだというじゃないか」

 するとまた別の議員たちが口をはさむ。

「とはいえ、彼らはリヴラーガの部隊を撃滅したという話だっただろう? それに、捕らえられたという捕虜もいるというじゃないか」

「もしかすると、天上界から遣わされた使徒ではないのだろうか?」

「なるほど! そういう見方も大いにありえる」


 めいめいが口々に喋りだして、また議場が騒がしくなりだした。


「皆、静かに! 落ち着きなさい」

 モンク議長はたしなめるように声を大にして、ギャベルを打ち鳴らした。

「何はともあれ、彼らの処遇を決めなければならない。そのままにしておくわけにはいかん!」


 そのとき、ガネット大佐が控えめに手を上げ、発言を求めた。


「議長! 私から少し、発言をよろしいでしょうか?」

「うむ、ガネット大佐か? よろしい。発言を許可する」

「あくまで、私的な意見ということを前置きしておきます」


 大佐はいま一度、議場を見渡して、慎重に言葉を選ぶように続けた。


「彼らは、私が見た限りでは少なくとも、非常によく訓練された軍人たちであることには違いないでしょう。俊敏で迷いのない動き、各員は各々の仕事をしっかりと心得ている、というようすでした。それから、私たちの想像のしえないような、高度な技術を備えているものとも考えます。

 あの船の姿を、直接に拝見すれば驚かれることでしょう。ちょっとした小島ほどの大きさがあります。人が乗って操る、とてつもない高速で動く飛行装置もそうです。天上界からの使途か何かは知りませんが、という意見があるなら、それには同意します。でなければ……この海のどこかに、まだ我々の知らない世界があると考えるべきです。それと捕虜がいるのは事実であり、リヴラーガの部隊を撃滅したのも事実と考えるのが妥当でありましょう」


 大佐は、少し間をおいて皆を見渡した。


「いずれにおいても、敵にまわすのは賢明ではない、と私は考えます」


 大佐の率直な物言いに、行政院高級議員の何人かは顔をしかめた。

 市民でも議員でも政治官僚でも、信心深い人が多いのは変わらなかったが、そいう中においてガネット大佐は異端な方であった。貴族出身でティテーノの優秀なパイロットでなければ、教会の礼拝にも滅多に行かない彼が、このような発言をすることは許されなかったであろう。


 しかし、最前線で戦う大佐からしてみれば、市民の生活に寄り添う点は別としても、教会の考えなど非合理的そのもののように感じていた。時には、敵であるリヴラーガ軍の合理主義的なやり方に感心させられることもあった。さらに言えば、ソラスタジアもそうした合理主義的な手法を少しでも身につけなければ、いずれ戦いにおいて痛手を被るであろうと予感していた。


 議場がまた少しざわめいたが、議長モンクは制した。


「皆、静かに。それでは、話を戻そうではないか」

「それで、彼ら自身の言葉でいうと、アメリカという場所と、ジャパンという場所から来ているようだと思われている。それで、ジャパンはニホンともいう言い方を、」

 そのとき、聞いていた一人の下級議員――名をアモル・デューティという若い男――がハッとしたような表情をした。それから座っていた椅子をひっくり返すような勢いで立ち上がった。


「に、ニホンですか!?」


「君! 議会では静粛に!」

「ええ、はい。これは申し分けありません。ですが、ニホンとおっしゃいましたか?」

「確かに、ニホンとも言う。ジャパンとも言っているようだが。それが、どうしたね?」


 議長らは、唐突な議員のようすに憮然とした表情だった。


「も、もしかしたら、意思疎通に関する問題は、解決の糸口が見つかるかもしれません。報告書は後で出します! 失礼ながら、私は一度失礼いたします!」


 それからその議員は、周りが呆然としているのを横目に、慌てたようすで人をかき分け、議場を出て行ってしまった。


「いったい……あの若い議員の言葉はどういう意味だ?」

 周囲の人々も首を傾げていた。


 ただ、モンク議長だけは、ポツンと空いた席を険しい表情で見つめていた。

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