第5話 捕虜

 海から引き上げらた、謎めいた巨大ロボのパイロットの一人と思われる人物は、空母エンタープライズの船内病院へ運ばれた。


「呼吸もバイタルも、今のところ安定しています」

 診察を終えた軍医フーリエは言った。「おそらくは、脳震盪でしょう。他は軽い擦過傷程度です。そのうちに目を覚ますと思います。予後は、充分に注意しておく必要がありそうですが」

「そうか。とりあえずは、ひと安心というとこだな」

 様子を見に来た副長のモーレーはベッドで寝ている人物に視線を向けた。

 すると、移送を手伝っていた兵士の一人が声を上げた。「それはそうと、万が一ということがあります。の衣類と身体検査をして、意識が戻らないうちにベッドに拘束していたほうがいいのではないでしょうか?」

「うむ。まあ……」

 モーレーは、それは大げさではないだろうかというような表情をみせたが、フーリエはその意見に同意した様子だった。

「たしかに。お互い素性を知らないわけですから、もしかするとパニックを起こして暴れる、なんて可能性も考えられます。予防措置としては必要性を感じなくもありませんね」

 それから、咳払いを一つして続けた。「あと、付け加えておきますと、ではなくですよ」

「は?」

「この正体不明の人物は、女性です」


 もっとも、見慣れないアジア系の容姿、短く刈り上げた頭髪に、胸が小さく筋肉質の体格とあっては、見間違えない方が難しかった。


「わかった。じゃあ、監視の者には女性を当てることにしよう」

「それがいいかもしれません」

「では、彼女をいったん拘束して、移動させよう」

「病室の、個室に空きがあります。そちらに移動させるのが良いでしょう」

「よろしい。では二人ほど、銃を携帯させて監視につけさせる」

「了解です」


 灰色の服装はパイロットのようなツナギ服で、黒いブーツもそれとわかるコンバットブーツだった。

 さらに衣類を検分をすると、胸ポケットには一般的なIDカードの半分ほどの大きさで、細く長い金属チェーンの付いた金属板が入っていた。数行に渡って、なにかの文字か記号のようなものが彫られており、おそらくドッグタグに相当するもののように思われた。ブーツには小型の折り畳みナイフがホルダーに隠してあったが、ほかに武器らしいものは持っていなかった。


 それから一時間ほどして、海から引き上げられた女性兵士は意識を取り戻した。

 たが、自身がベッドの上で拘束されていることに気が付くと、抵抗する気配もなく、それでも落ち着いた表情で、あたりにゆっくりと視線を向けていた。


「君、私の話す言葉が、分かりますか?」


 フーリエは、なるべく穏やかに、ゆっくりとした口調で話しかけてみた。が、相手は固く口を閉ざしたまま、一言もしゃべろうともしなかった。

「これは、困りましたね……」

 それに対して、同僚が意見をあげた。

「どうだ、自衛隊の方から誰か来てもらうのは?」

「どうしてです?」

「アジア系の顔をしている。安直かもしれんが、容姿が似ている方が相手も気を緩めるかもしれない。せめて、こいつの名前くらいは知りたいもんだ」

「では一応、艦長に話してみましょうか」


 それから提案は、フランクリン艦長の元へと伝えられ、彼自身もそれに理解を示した。


* * *


 両艦隊のCDCの大きなモニターには、大小さまざまに、それぞれの室内の様子が映っていた。

「それで、そちらは捕虜を見つけたということか?」

 朝永艦長は、モニター中央に映っているフランクリン艦長を見つめた。

「まあ、そういうことになるかもしれない」

 もちろんモニターには、空母の病院からの映像も含まれていた。

「それで、そこのベッドに居るのが、その人物ということか?」

「そうです」話を聞いていた軍医フーリエは、はっきりと答えた。

「どうだ? 最初見たときは、君たちの誰かかと思ったよ」フランクリン艦長は苦笑した。

「それはあり得ないな」

 そう言いつつも朝永艦長の目にも、アジア系に似ている顔立ちであるようには見えていた。

「うむ。もちろん、こちらでもそのような結論だ。とにかく、おびえた様子だし、何も話そうとしない。そこでだ。そちらから、数名こちらへ派遣してくれないか?」

 その話に朝永艦長は少々訝しく思った。

「それは、どういう理由です?」

「安直な考えかもしれないが、似ている容姿の人が相手をすれば、もしかしたら相手も気を緩めるかもしれない、というわけだ。こちらの現場からの意見だよ」

 それを聞いて朝永艦長も、たしかに安直だが、もっともなことかもしれないと感じた。

「なるほど……そういうことなら、喜んで派遣しよう」

「できれば、英語が堪能な人物を頼むよ」

「もちろんだ。分かっている」


 そうして、打ち合わせは短時間のうちに進められ、会議は終わった。


 艦長は席を立つと、部下の湯川海尉に声をかけた。

「君は英語が得意だったね?」

「はい。それなりに、というところでありますが」

「あと一人は、若いのを連れて行こう」

「そうでしょうか? 私はともかく、士官クラスからの方がいいのではありませんか?」

「君も見ていただろう。彼はまるで少年兵じゃないか。歳が近い方がいいのではないだろうか?」

 朝永艦長としては、その正体不明の人物はずいぶん歳が若いように思えた。それにすでに、派遣する人材は頭中に思い浮かんでいた。

「どうでしょう……」

「とにかく、適任に心当たりがある」

 そうして艦長と湯川はともに、部屋を出た。


 中谷は兵員室の、自身に割り当てられているベッド——三段ベッドの中段——に横になり、本を読んでいた。といっても、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。

 ただ、それは彼でなくとも同じであったであろう。すでに噂は、隅々まで伝わっていた。とはいえ、正式な見解が共有されているわけではなく、中谷としてはどこか他人事のようなきがしていないでもなかった。

 中谷は最年少パイロットとして、この演習に参加していた。ただ、とびぬけて飛行技術が良いという訳でもなかった。さらに、本来であれば、彼はこの演習には、参加する予定ではなかった。しかしながら、補欠人員に空きが出たために、こうして乗ることになったのだ。


「中谷君、」


 突然、呼びかけられて彼は本を下ろした。

 それから、声をかけてきたのが艦長だと分かると、彼は慌ててベッドから降りて敬礼をした。

「これは艦長殿。いかがなされました?」

「君は、アメリカの空母に行ってみたいかね?」

 唐突で直球のその質問に、中谷は一瞬あっけにとられた。

「アメリカの空母ですか」

「どうだね? ひとつ大仕事をやってみる気はあるかい?」


 それからしばらくののち、空母エンタープライズの甲板に、海上自衛隊のヘリコプターが降り立った。


 中谷は初めてのアメリカ空母にため息を漏らした。共に行動することになる湯川海尉に聞いた。

「その、正体不明の相手がひとり、アメリカ軍で捕虜になっているということですか?」

「私も、詳細を全て把握しているという訳ではない」

「アジア系に似てるとおっしゃっていましたが、まさか、やはり中国軍ですか?」

「それは違うだろう。そもそも今、我々がどこに居るのかさえ不明だ。はっきりと結論が出たわけではない。が、ここは地球外惑星である可能性が高いとみられる」

「はい……」中谷もなんとなくその話は耳にしていたが、信じがたかった。「それはまるで、SFではありませんか?」

「ともかく、その捕まえた相手というのがアジア系に似ていて、もしかすると我々日本人が相手をした方が、気を許すかもしれないという希望的観測のもと、こうして行動することになった。正直言って、手探りだよ」


 それから二人は、出迎えた空母の兵士や士官たちと簡単な挨拶を交わし、甲板から艦内へ降りた。

 賑やかな艦内を、案内役の兵士二人の後に続いて、進みながら湯川は中谷に訊いた。

「緊張するか?」

「ええ、はい。少しだけ」

 中谷の表情は、硬かった。

「まあ、私も不安だよ」湯川は苦笑して、落ち着いた口調で言った。「これからどうなるか皆目、誰にも分からんからな。どうせなら気を楽にしていこう。ただ、不手際のないように、言動と行動には気を付けてくれよ」

「了解しました」


 そうして、病室の一つに到着した。

 湯川と中谷は部屋のベッドに寝ている人物を見るなり、女性であるらしいことに気づいて驚いた。

「なんだ? 相手は女性だったのか?」

「君たち、知らなかったのか?」

 案内役の曹長は聞き返した。

「いや、少年兵かと思っていたが。まったく……朝永艦長も人が悪いなぁ。なにか勘違いしたままで話を進めていたとみえる。あるいはこの状況じゃ、いろいろと手違いが起きるものか……」

「どうします?」

「まあ、このままで行こうや」

 それから湯川は、部屋のテーブルに置かれている物品に目をやった。

「あれ、その彼女の持ち物かい?」

「そうです」

「ふむ、」彼は近寄って検分した。「まるで金属製のIDカードみたいだが、多分私らと同じドックタグかもね」

「おそらく、そうでしょう」

「ブーツと、服は……なんだかパイロットのツナギ服とそっくりだ。これらは返してやってもいいんじゃないか?」

「どうぞ。洗濯済みです」

「折り畳みのナイフ……ちょっと大柄だが、なかなか機能的な感じがする。ただ、これは返すわけにはいかんだろう。私が預かっても?」

「まあ……いいでしょう」

「曹長。では、彼女の手錠も外してやってくれ」

「それは、しかし、」

「もちろん、監視は二十四時間つけるのだろう? この状況だ。少しは相手から、信用を取れるような態度をこちらから示さないと」

「ですが、この持ち場の責任が」

「ならば、私が責任を持ちたい。あるいは、それならフランクリン艦長と直接に話をさせてくれ」

「分かりました。連絡を取りますので、お待ちください」


 それから数分が過ぎ、結局は湯川海尉の要望通りとなった。

 拘束していた手錠は外され、湯川と仲谷の二人は、その正体不明の女性と対峙することとなった。

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