第37話


 「ああ」と、ジュリアスは迷いなく私の言葉にうなずいた。


 都合のいい解釈かもしれないけど、それ以外には考えられなかった。

 つまり、私の血が予防薬のような効果を発揮して、魅了の力を防いだということ。


 証拠はない。あるいは私の血は無関係で、もしかしたらジュリアス自身の力で耐えきったのかもしれない。

 けれど、彼いわく魅了の魔力を受けた感覚すらなかったらしく、可能性はかなり低い、やはり解呪の血の効果だろうということだった。


 嬉しかった。

 どんな形にせよ、自分が彼の役に立てたということが。

 大切な人に少しでも報いることができた。

 血の特性という自分の力で手に入れたものでないもののおかげでも、その事実は素直に嬉しいと思えた。


 その一方で、私は頭の片隅で考える。

 解呪の血。どうしてこんなものが私に備わっているのだろう。

 私なんかがこの力を持ったことに、何か意味はあるのだろうかと。


「さて、これで最後だ」


 ジュリアスは総大司教を呼び寄せると、今回の事件における犯人たちの処遇について、細かに裁決を下していった。


「まず、お前の部下たちだが、こちらで身柄を拘束してアルマタシオの法で裁かせる。この後、王家の近衛兵が引き取りに来るだろう。それまで結界は維持させておけ」


「──はっ」


「ディートリンデについても同じだ。ただし、魅了の力を防ぐために、接触する兵にはお前のブローチを付けさせることにする。毒針のないものか、あるいはそれを取り除いたものを用意しろ。兵たちには俺から説明する」


「御意に」


 ジュリアスは言ってからディートリンデをちらと見やる。

 二人の目が合うと、彼の表情はかすかに哀れみを含んだものへと変わった。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに背を向けて総大司教に最後の命令を下す。


「それからお前自身の処遇についてだが、グランセアに戻り次第、ただちに後継者を指名し、お前の全権限を移譲しろ。後継には、人望があり、誠実で、権力欲のない者を選べ。他国を侵略する野心を持つ者などもってのほかだ。そして、引継ぎを完了させた後は……誰にも迷惑をかけることなく、速やかに死ね」


「──かしこまりました」


 平然と命令が下され、平然と応諾の返事がなされる。

 自害しろと言われたにも関わらず、ニアベリルは躊躇なく首肯した。

 死に怯える様子などまるでなかった。たった数滴でその者の意思を奪い去ってしまう、ジュリアスの血はまさに規格外の強さだった。


「さすがに……少し疲れたか」


 ジュリアスはそこでようやく一段落という感じで、近くの椅子に腰を下ろす。


「……ああ、そうだ。ソフィア、お前に一つ言っておくことがあったんだった」


「はい」


 彼は緊張を解き、表情を緩めて私に言う。


「お前な、もう少し時と場所を選べ。危うく演技を忘れるところだっただろうが」


「? ……何のことでしょうか」


 意味が分からず聞き返してしまう。

 すると、ジュリアスは少しはにかんだような笑顔を見せて答えた。


「お前を刺そうとした時の話だよ。あんな土壇場で俺の心を揺さぶるんじゃない。まったく……剣なんぞ放り出して、何度抱きしめようと思ったことか」


「……?」


「おい、自分で何を言ったか覚えてないのか。何なら一字一句再現してやってもいいんだぞ。確か、『いつの日かあなたを振り向かせてみせます──』だったか」


「──あっ、あああああ! そっ、そのことですか!!」


 そこまで言われてようやく理解する。

 つまるところ、私の告白のことだった。

 心を揺さぶるとか言われても何のことだかわからない。

 それでも、自分で言った内容をそうやって復唱されれば、さすがに私でも先刻のことだと思い至る。


 自分の台詞を口にされるの……すごく恥ずかしいけど。


「というかな、状況を考えろ。そもそも何で一人で来たんだ。危険すぎるだろうが。上手く騙せたから良かったものの──」


「そ、それを言うならジュリアス様だって。私の目の前でキスなんてしないでください。いくら欺くためだからって受け入れすぎです。それに、魅了にかかった演技にしたって、あんなふうにひざまずかなくてもいいじゃないですか。本当に、気が気じゃなかったんですからね」


 安心して気が大きくなったのか、私は彼に反抗してしまう。

 ジュリアスは思わぬ反撃にきょとんとした表情になる。

 けれどすぐに、くくくと嬉しそうに肩を震わせながら、穏やかな顔で私を見上げた。


「なら、おあいこということか」


「はい、おあいこということで」


 二人して自然と笑みがこぼれた。


 そして、ジュリアスは指を曲げて手招きし、唇を私の頬に寄せさせると、優しい声でこう囁いた。


「──だけどな、ソフィア。これだけは言っておくぞ。お前は一つ勘違いしている。俺は解呪の血だけで好きになったんじゃない。俺が好きなのは『お前だから』だ。……命を助けられたあの日から、ずっとな」


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