見え隠れする考え

「みなさんお疲れさまです」

 プロジェクト室のドアを開けたのは、デジタル事業部の川崎さんだった。


「川崎さんお久しぶりです。これは?」

 窓際にいた風間さんは立ち上がり、ドアまで歩いていった。

 川崎さんが持ってきてくれたのは、お菓子のセットだった。


「わぁ〜、部長ありがたいっす! なんか頭使っていると甘いものとか食べたくなってくるんすよね」

「私も最近間食が止まらなくて……」

「プロジェクトが始まってから、みんなプロジェクト室にこもりっぱなしだからね。忙しいのは承知しているのだけど、僕も中々手伝えないので、せめて差し入れでもと思ったんだよ」

 川崎さんからの差し入れを早速机に広げ、八宮くん、秋山さんは何を食べようかと吟味している。



「そうだ、橋本さんちょっといいかな?」

 川崎さんに呼ばれ、近くの空き会議室に入った。六人部屋のため小太りの川崎さんが入ると少し窮屈に感じる。


「三人の働きっぷりはどうかな?」

「田中さん、秋山さん、八宮くんはそれぞれ苦戦はしていますが、周りの支援もあり、今まさに苦境を乗り越えようとしています」

「それはよかった。実践を経験しながら、成長に繋げてほしいと思っています。田中さんには、人をマネジメントしたり大型プロジェクトを遂行させる経験を。秋山さんには、周りを頼ったり上に立つ人間のあるべき姿を考えてもらいたい。八宮さんには新入社員の感覚を捨て、仕事の進め方の基礎を学んでほしいと思っています」


 川崎さんや島田さんの部下を育てたい気持ちはとてもわかる。この大型プロジェクトへの参画は各人にとってよい経験になると私は考えている。


「この前もお願いしたのだけど、彼らには苦しい思いをさせるかもしれないが、なるべく橋本さんは支援をしないでほしいんだ。このプロジェクトが失敗しようが、成功しようが彼らにはいい経験になる」

「助けを求めている仲間を無視するほど、私は鬼にはなれません。ただ、すぐには答えを教えないようにしていきます。重要なことは自分で考え、実行してもらいます」


 川崎さんは眼鏡をくいっと上げて、少し笑った。

「こちらの教育方針を理解してもらっていて、とても安心しました。またプロジェクトの部屋にお邪魔しに行きますね。では、引き続きよろしくお願いします」


 川崎さんが会議室を出て数分経ってから、私も会議室をあとにした。



「何か言われたか?」

 突然低く響く声がしたので、びくっと体が上下に動いた。声の正体は島田さんだった。

「前にも言われたのですが、あまり周りに手を貸すなと。それが各人を育てる教育方針であるみたいです」

「……川崎さんが言いそうだな。全く初めてのことで、周りからの支援がないと失敗を繰り返し、最悪その個人のトラウマになる可能性がある。上の意見が分かれて申し訳ないが、俺は適切な支援が必要だと思っている。だが、俺自身はプロジェクト専任ではないから支援が行き届かないかもしれない。最終的には橋本さんのやり方に任せるが、俺は適宜支援をしてほしいと思っている。何か判断に困ることがあれば相談してくれ」


 私の考えを聞く前に、島田さんはパソコンを持って別の会議室に入っていった。私も自分の考えを整理しようと、プロジェクト室に戻った。



「セラさん食べすぎっすよ〜!それ俺が大事に残しておいたお菓子なんです!」

「食べたもん勝ちよ!!」

 セラは差し入れでもらったお菓子の大半を食べたらしい。私の存在に気づいたセラが、八宮くんから離れ、こちらに近づいてきた。


「司お疲れ様。これでも食べて休憩しなさい」

 まるで自分が差し入れたモノのように、クッキーを渡してくれた。


「セラ、今日も帰りは遅くなるのか?」

 最近セラは天界の仕事も忙しそうにしている。年下からお菓子を巻き上げるのもそうだが、たまに天使らしくない行動をするので、本当に天使なのか? と未だに疑ってしまう。


「心配するフリして、何か失礼なこと考えていない? まぁ、いいわ。今日も少し遅くなりそう。ちょっと最近物騒なのよ」

「物騒? ニュース見ているけど、特に事件が多いわけでもない気がするけど」

「うん、なんというか雰囲気? オーラが物騒なのよ。ちょっと気持ち悪くなる感じの」

 私は何も感じていないが、天使ならではの感覚なのかもしれない。


「仕事で忙しいというより、何かそわそわして見回りをしている感じなのよ。今日も遅くなるけど、ちゃんとご飯食べて早く寝るのよ」

「オカンかよ」


 セラは私を背に、手をひらひらさせながらプロジェクト室を去っていった。

 ……本当に、お菓子だけ取りに来たのか。



 18:00

「おっ、今日は少し早く上がらせてもらいます」

 風間さんが早く仕事を切り上げようとしていた。


「今日も予定があるのですか?」

 岩槻さんは驚きの表情を見せている。


「そうなんだよ。今日はちょっと外せない用事でね」

 いつもと違うスーツを身にまとい、綺麗に磨かれた靴、ネクタイを結び直す風間さんをみて、周りは女性関係だと考えていた。プロジェクト室を出た風間さんを私は追いかけた。


「取締役と会うんですか?」

 私は前を歩く風間さんに問いかけた。風間さんの体がぴくりと動き、足が止まった。


「どうして、そう思うのですか?」

 振り向いて私の眼をじっと見つめた。


「なんとなく、です」

 昔から、風間さんはプロジェクトに参画すると、そこのステコミメンバーや、発言権のある人物と定期的に会食をする。ハードワークをする彼が18時前後に会社をあとにするのは、大体それが理由だった。


「もし、取締役に会うのであれば、本当にプロジェクトを成功させる気があるのか、考えを訊いて来てもらえますか?」

「今日会う人はプロジェクトを成功させたいと言うと思います。あと、私の予定についてはプロジェクトメンバーには内緒にしておいてくれますか」


 あなたなら、何故かは分かりますよね。と風間さんは言葉を残し、エレベータで下の階に降りていってしまった。



「風間さんだけ美味しいごはんずるい!」と思ったことが私にもあったが、そんな甘い世界ではない。実際は世間話もせず、プロジェクトの進捗や今後のことを話し合う。コストの問題があれば、次の四半期で誰を切るかまで話される。定例会では話せない、もっと濃くてシビアな話を風間さんはしに行くのだ。



 はっきりとは分からないが、それぞれの考えが見え隠れし、少しソワソワする感覚になった。



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