[1-8]企みの出どころは
噂によるとアティスは幼少時代、豪商に奴隷として囲われていたという。
現在ではだいぶ減ったが、当時は人を
他種族に人以下の扱いを強いるのも悪に違いないが、同じ
アティスは
人は、一部の感覚を遮断されると他の感覚が鋭敏になるという。元々の才能もあっただろうが、身体的にも情緒的にも拘束され圧迫され続けた少年アティスは、奴隷状態でも制限なく交流できる精霊たちと友情を育み深めていった。
やがて状況が変化し自由を得た彼は、魔法関連の知識を
奴隷からの成りあがり、などと
今やアティスは国内一の権力者であり、君主不在の国にあって一番王に近い存在だった。
人喰いの
宝石のような真紅の瞳が鋭さを増している。形のよい唇は引き結ばれていて、いつものやわらかな微笑みは失せていた。無言のまま真剣な表情でロウルの首輪を解体しているアティスからは、冷たい怒りがにじみ出ているようにも見える。
時間にして半刻ほどだろうか。小さな金属音が響くと同時にアティスの肩が動いて、深いため息が彼の口から漏れていく。
「よし、ミスなく外せたよ。よかった、君の
「むくなはだ」
「念のため、帰ったらイリに
「ありがとうございます、アティス様」
アティス語録に解説は野暮だ。ロウルはしきりに首を傾げていたが、アサギが流して感謝を伝えれば
「ありがとう、王さま。これなら、禁術の解析とかもできそう」
「うん? 禁術ってまた、いとけない小鳥ちゃんの口から聞くには物騒な話だね」
「ぼく、鳥じゃなくて竜だもん」
アティスに悪気は、おそらくまったくないのだが、ロウルはからかわれたと思ったのだろう、
朱翼を震わせてソファで
「父さん! だから、物騒なことになってるんだよ! ヴィヴィが大変なんだって!」
「翼バタバタさせるスイも可愛いらしいけど、本棚の
「もう、お茶はいいからっ」
「僕がお茶いれます。スイ、アティス様に、父さんが書いた報告書を読んでもらうといいんじゃないかな」
「ありがとう、アサギ。君はイリに似てよく気配りができる優しい子だね。無愛想なイリと違って愛らしいし、本当にできた――、」
「父さん! これ報告書」
新しいお茶を持ってアサギが戻った頃には、アティスがあらかた報告書を読み終え、状況の確認を済ませたところだった。
「なるほど。ヴィヴィに掛けられた呪いが精神操作の
「王さま、あの呪いにはたぶんだけど、いにしえの竜が関わってると思う」
予想を巡らすアティスに、ロウルがそっと意見を挟む。真紅の瞳が視点を移し、ロウルを見た。
「いにしえの竜が? でも彼らは、人族を害せないんじゃなかったっけ」
「できないわけじゃないの。生命を加害しなければ、または、人族が使役することで、ギリギリの線を攻めることはできるよ」
使役、という言葉に、背中がざわりと
アティスの内側に強い憤りが生じ、それに感応した精霊たちが騒ぎたったのだと、同じく精霊たちと相性のいいアサギにはわかる。しかし、彼の燃えるような瞳がまっすぐ自分を見ているのは、どういうことだろう。
「なるほど。そういうことなら……心当たりがないわけでもない。イリももう勘づいているかもね。アサギ、俺もイリも君につらい思いをさせるのは本意じゃないけれど、気構えは必要だろうから、心して聞いてくれるかな」
「は、はい!」
思わず姿勢を正して向き合えば、怒れる麗人はひと息を挟むようにティーカップに口をつけ、深く息を吐きだした。心配そうに見守るスイ、ちまちまとクッキーを
「実はね。別件で調査依頼をしていた探偵に、『監獄島にいかなる呪いも解ける竜が封印されている』という話を聞いたばかりなんだ。ぜんぶ話すと長くなるから、結論だけ言うと」
アティスはそこで言葉を切り、ためらうように視線を揺らし、アサギを見て、小さなため息をひとつこぼした。そして続ける。
「おそらくこの件には、アサギ、君の母親……ユークレースが、一枚かんでいると思うよ」
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