第16話 船出


 マーシーと婚約して、ベタベタに幸せな時間が過ぎた。


「エド、どうして王都に行くの?」


 塾の帰り、夜風の気持ち良い公園でマーシーとふたりきり。


 彼女は首をかしげて聞いてくる。


「世界を救うためだよ」

「……そっか、エドには悪の秘密結社との戦う使命があるんだもんね」


 マーシーは悲しそうに言った。

 

 彼女に俺をからかうつもりはないのはわかっている。

 マーシーは純粋すぎるから、エドウィン青年の頭の痛い妄想を信じ込んでいるのだ。


 ただ、それが俺の王都へむかうフットワークを助けてくれるのだから、ありがたいことだが。

 

「エド、気をつけてね、ずっと待ってるから」

「ああ……マーシー、必ず俺が君を救ってみせるから」

「? 救うのは世界じゃなくて?」


 この街は地獄に変わる。

 それは確定した未来だ。


 ならきっと『フラッドボーン』の世界では、プレイヤーが意味わからない生命体たちと戦ってる間に、彼女は……死んでいるんだろう。


 あの世界を何周したかわからない。

 何回、マーシーを見殺しにしたかわからない。

 

 だけど、必ず今回は救う。

 モブキャラの夜明けを導くんだ。


「マーシー、愛してる」

「っ、ひゃ!」


 マーシーの手を握り、彼女の金髪に顔をうずめて、首にくちづけをする。

 マーシーはくすぐったがりながらも、俺の頭を抱きしめるようにして、自身の品のある控えめな胸を押し当ててきた。


「エド、わたしも大好きだよ」

「……いや、俺のほうが好きだ」

「むっ。それは違うよ、絶対にわたしのほうが好きだもん」

「いいや、俺のほうがーー」


 我ながらアホだと言わざるおえない会話を、俺たちはいつまでも続けていた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 翌日、早朝。


 ベッドから降りる。


「すやぁ、すやぁ……むにゃむにゃ」


 気持ちよさそうに寝てるマーシーを起こさず、服を着る。


 部屋を出るべく、ドアノブに手をかける。


 が、ふと、俺はふりかえり、ベッドのそばに寄った。


 自身の婚約者の白い首筋。

 艶やかな美しい金髪。

 寝顔が可愛すぎる。


「マーシー、行ってきます」

「むにゃむにゃ、もう、エドったらいつまで舐めてるの、ふふ……♡」


 寝言がややエッチな気がしたが、気にせず彼女のほほに口づけをして俺は部屋をでた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「エドウィンくん」

「おはようございます、クラフトさん」

 

 静かなリビングにおりると、そこではミスター・クラフトが待っていた。


「チェリーおじさんは死にました」

「な、なにをいきなり言い出すんだね、エドウィンくん」

「すみません、とりあえず宣言しとこうと思って」


 リビングに流れる静かな空気。


「……昨晩はちゃんと、避妊しました」


 俺はボソッとつぶやく。

 ミスターはきっとそこが不安だろう。


「あはは、いや、そんなこと気にしてはないさ。私はエドウィンくんを認めている。それに、今、自分からそんなこと言ってくれる事もふくめて、やはり私の目に狂いはなかったと確信したよ。……君にしかマーシーは任せられない。改めてよろしく頼んだよ」


 ミスターは俺の肩に分厚いてをおいて言った。


 俺はうなづき、覚悟を新たにする。


「では、行こうか、エドウィンくん」

「はい」


 ミスター・クラフトと連れ立って、俺は早朝の街へ足を踏みだした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 一旦家に帰り、旅支度を済ませたカバンを取って、ミスター・クラフトと共に街はずれの湖へむかう。


 そこでは、バーナムと外の世界を繋ぐ唯一の移動手段である船が出ているのだ。


 船場に到着すると、豪華客船……ほどではないがそこそこ立派な船が停泊していた。


 この船は、これから数日かけて王都へむかう船だ。


 今日を逃せば、しばらくこの港から船は出ない。

 

「懐かしい船だ」

「クラフトさんは乗った事あるんですか?」

「ああ、王都で妻と出会って……そのまま逃げるようにこの船に飛び乗って、この街へやってきたのさ」


 波乱万丈な″駆け落ち″だったという。


「凄いですね……」

「そうだろう? 私の輝かしい伝説さ」


 大きな船を見上げてミスター・クラフトは言った。


 ーーブゥォォオン


 腹の底に響く重低音が、船場をおおった。


 船が煙突から黒い煙をだして吠えたのだ。


 俺はマーシーからもらった懐中時計を開いて時間を確認する。


「時間ですね。そろそろ、行きます」

「エドウィンくん」


 ミスターの声にふりかえると、彼は寄ってきて、ふところから何かを取りだした。


「エドウィンくんが、どうして『銀人』の動きができるのか疑問に思っていた」

「……それは」

「いや、言わなくてもいい。私は君を信用すると決めているからね。……これは餞別せんべつだ。『銀人』ならその使い方がわかるだろう」


 ミスターの手に持つ古びた木箱を受け取り、やけに重たい感触に顔をしかめる。


 なにが入ったいるのか聞こうと思ったが、彼の気持ちゆえ、やめておくことにした。


 あとで確かめればいい。


「では、必ず戻ってくるんだよ」

「はい。……必ず帰ってきます」


 ミスター・クラフトと握手をかわし、俺は船に乗り込んだ。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 今回乗る船で、俺は個室付きのチケットで搭乗している。


 よって、数日の湖やら川やら海やらを渡る旅は、快適に過ごせるわけだ。


「ミスターは何くれたんだろ」


 俺は部屋に入るなり、カバンを部屋の隅に置いて、外套をフックにかけて、ベッドに飛びこんだ。


 古びた木箱を開けると、中には5つの汚れた金属瓶きんぞくびんがおさめられていた。

 

 金属瓶のふたをすこしだけあけてみると、なかから″灰″の匂いがした。


 その匂いに、これが何か、ピンとくる。


 なるほど。

 これは『洪髄の灰』だな。


 水銀弾に混ぜて使用すれば弾の威力をあげれる、玄人くろうとの対人戦では必須だが、なかなか値段が高く、貴重なアイテム。


「これは使える。ありがとうございます、ミスター」


 俺は木箱の中から3つほど金属瓶を取り出して、外套のなかに入れておくことにした。


 次にやることは、銃の手入れだ。


 カバンを開いて8丁の『魔獣狩りの短銃』をベッドにならべる。


 柔らかい布で、銃身をふき、綿棒でバレルの中を掃除して、ハンマーに油をさす。


 続いてカバンから取りだすのは、水銀弾20発だ。


 俺は短剣で指先を斬って、流血させ、したたる血を水銀弾に順番に混ぜていった。


 20発に血を混ぜ終え、8発を銃に込めて、残りを腰の帯弾ベルトに差していく。


「よし」


 粗方の準備を終えて、指先の血をぬぐい、俺は短銃のひとつを手に取った。


 リロードしてみる。


 ーーガチャガチャ、カチャカチャ


「……8秒、ってところか」


 どっかの目が死んだ男のように、高速リロードを2秒で済ませたかったが、上手くはいかないものだ。


 俺は個室にいる時間を、より素早く次弾装填するための訓練にあてることにした。


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