第40話:答えは意外な場所に
水路の製作は着々と進んだ。開始から、ひと月と半分を過ぎようかというころ。完成して、不具合がないかチェックを残すのみとなった。
「お前さんの言った通り、樋の内に板を張った。ここにイトイアを詰めたら、パイプを載せて蓋をする」
「頑丈ですね、すごいや」
長く長く連なる、クリーム色の広い樋。僕も寝転べそうなそれを、師匠は誇らしげに説明してくれる。綺麗に形が揃っていて、日本で見るコンクリート建築っぽいと思った。
「そうだろ? 俺の配合したセメントは、ヒビも入らねえって評判なんだ」
「セメントなんて物があるんですね」
驚いたけれど、材料は貝殻や粘土らしい。草の茎で芯を作って、泥みたいなのを被せるのは見ていた。でもあれが、セメントとは思わなかった。
「
「そうですね――」
水路は空中を走る。地面の凹凸を避けるのに、支える脚の長さを変え、難しければ迂回して。
それを始点から終点まで見る手間が、僕に与えられたタイムリミットとなった。
悠長に遊んでいたつもりはない。暗くなるまで屋外を歩き、土や石、動物に植物も触れた。どうしても使い道のないゴミを捨てる穴を、掘りかえしもした。それでも僕の寿命を守ってくれそうな物は見つからない。
「まあそう落ち込むな。済んだらすぐやれと決まってるわけじゃねえ。そこからまた、十日やそこら伸びたって構いやしねえさ」
「そうですね」
同じ返事を繰り返したことにも、僕は気付いていなかった。
さっそく点検にかかった師匠と別れて、修道院に戻る。畑の作物はこれでもかと元気そうで、イトイアも立派な苗木になった。
「シン。肥料を足そうかと思うのですが」
「ああ、いえ。その子にはもうやりすぎになります。むしろ水を控えたほうが、しっかりした実をつけますよ」
「水をやらないんですか」
「危機感を与えて、栄養を逃がすものかって貯め込ませるんですよ」
侍祭たちにも、作物のことでよく話しかけられる。街を歩けば、同じように町の人が。「期待してる」という励ましが、ありがたくもつらくもあった。
「シン、何をぼやっとしてんのさ!」
侍祭が立ち去って、そのまま畑を眺めていた。すると突如、叱声が飛んだ。というか声が大きいだけか。
「ホリィ。ぼやっととは酷いな」
「してなかったの?」
「してたけどさ」
畑と建物の間。作物を並べたり作業台を置いたりするスペースで、子どもたちが遊んでいる。
中に混じって二人、背の高いのはホリィとメナさん。
「シン。ぼやっとしてるなら、遊ぼう?」
とことこ近寄ってきた一人の子が、僕の服を摘んで引っ張る。遠慮がちで、押しが強いのか弱いのか。
――ああ、僕を席に案内してくれた子だ。
「ダメだよ、シンはみんなのために頑張ってんだから。忙しいんだ」
「あ……」
たたっと走ってきたメナさんが、邪魔してごめんよと引き離す。寂しそうにしながら、文句を言わないその子に罪悪感を覚えた。
「気分転換したいので、遊ばせてください」
「平気なのかい?」
「行き詰まっちゃって」
メナさんは「調べものを続けたほうが」と心配してくれた。
けれどもホリィが、「じゃあシンが鬼だ!」と勝手に決めて逃げ去った。もちろん子どもたちも「わあっ」と歓声を上げて散らばっていく。
鬼ごっこ。懐かしいと思ったけど、よく考えれば気のせいだ。僕は参加したことなんて一度もなかった。
「はあ、はあ――」
「参ったするかい?」
「本気で逃げるって、大人げないですよ」
「あははっ。真剣に遊べない奴が、他の何を真剣にやれるってのさ」
子どもたちを捕まえたあとも、ホリィとメナさんだけは捕まえられなかった。
前者はちょっと目を離した隙に、すぐどこかへ隠れる。後者は無尽蔵と思える体力で、走り続ける。
「参りました。ちょ、ちょっと休憩!」
頑張れと子どもたちまで応援してくれて、気持ちよかった。でも走りすぎて気持ちが悪い。
地面に倒れ込み、意識して大きく息をする。ホリィはまた、子どもたちと別の遊びを始めた。
「ダレンさんは?」
「ああ、どこへ行ってるんだかね。あたいも知らないんだよ。いつものことさね」
傍に座って、水袋を貸してくれる。ぶっきらぼうでも優しいメナさん。
そんな奥さんにまで内緒かと思ったけど、そういうのでもないようだ。これと決めたことがあれば、他が目に入らなくなるらしい。
それでいて助けが必要なら、きちんと言うので心配は要らないと。
「と言っても、そろそろ依頼が溜まってきたし。出かけなきゃいけないんだけどさ」
「それが本業ですもんね」
ダレンさんとメナさんは、遠出したり危険な場所に行ったりという用事を、肩代わりするのが仕事だ。
療養のために実家へ帰った、傭兵のコーンズさんともまた違う。
――ああそうだ、素材を集めてくるのもやっていたっけ。
「この町ではお目にかかれない素材って、たくさんあるんですか?」
「そうだねえ。薬草に限らず、そういう物は多いと思うよ。まず使う奴が居なけりゃ、仕入れないしね」
なるほどと思う。どんな物も、誰かが必要として初めて作られる。道具類でさえあまり作り置かれないのに、素材まで何もかも保管されるはずがない。
「また月閃鉱も採ってくるんですか?」
「……ん、そうだね。それがどうかしたかい?」
「いえ。他の素材も、お願いすれば持ち帰ってもらえるのかと思って」
「それは構わないけど、何か当てがあるのかい?」
当てはない。だから手当り次第にたくさん持ち帰ってほしい、とも頼めない。二人の持てる量には限界がある。
――いや。月閃鉱?
「聖印って、月閃鉱で作ってるんでしたっけ?」
「そうだよ。全部じゃないけどね」
「メナさんのも?」
触れてみたくて、聞いてみた。すると彼女は、咄嗟に胸の辺りを押さえて「ああ」と漏らす。
「すまないね。あたいのは魔物に襲われたときに失くして、それきりなんだよ」
「そうなんですね、困らないんですか?」
聞いたのがバカだった。持っているなら、前に聞いたときマルムさんに借りる必要などなかった。
「あったほうが法術を使うにはいいんだけど。なくてもどうにかなるさ」
さて、そろそろ。と、メナさんは食事の準備を手伝いに行った。急ぎ足で、慌てるほどの頃合いではないのだけど。
「さて、月閃鉱か」
欠片なら町の外に、いくらでも転がっている。素材探しの途中、自分の目でたしかめてもみた。
でももう一度、調べる価値があるかもしれない。そのためにまず子どもたちから、ホリィを貸してもらう作戦を考えなければ。
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