第29話 過去に縛られるつもりは無いよ

 僕達は今、馬車に揺られ、と有る街に向かって移動している。


 あの日、怪しさ満点の情報屋こと、ペストマスク君の話しを聞いたルビー君は、たった一晩で宿を引き払い移動を始めたのだ。


 いや、僕達が引き止めなければ、一晩どころか直ぐにでも飛び出して行く勢いだったのだが。


 翌朝、アマノ君に街を出る旨を伝えると、せめてもの報いと、この馬車を用意してくれたのだ。


 おかげで、駅馬車を乗り継ぎ長旅をする必要は無くなったよ。


 しかし、ルビー君の様子は明らかにおかしかった。


 ペストマスク君の言った『シルバリオ』と言う名前を聞いた途端、いやはや全く手の付けられない暴れ様だったね。


 本気でペストマスク君を撃ち殺すんじゃ無いかと、気が気じゃ無かったよ。


 それでも、ペストマスク君が語ったのは、シルバリオと言う名前と、その人物の居所だけ。


 後は自分の目で確かめろと、言わんばかりだった。


 あの剣幕のルビー君を前にして、それ以外一切口を割らないペストマスク君も大したもんだと感心してしまった位だ。


 そう言えば、ルビー君の過去に関係が有るとも言っていたが、残念ながら僕は彼女の過去を知らない。


 僕は、御者台に座る二人を後ろから眺める。


 無言でウマに鞭を打ち、先を急ぐルビー君と、隣で静かに、まるで寄り添う様にしているサファイア君。


 あの日から、サファイア君はルビー君の傍を、片時も離れなくなった。


 以前からベッタリでは有ったけど、今はそれ以上だ。


 そして、始終不安そうな表情を湛えている。


 サファイア君は、ルビー君の過去とやらを知っているのだろう。雰囲気からして、それは余り良い物では無いと言う事も、何と無く察しが付く。


 僕としては、本人が話したく無いなら余計な詮索をするつもりは無い。


 だが、水臭いじゃ無いか。


 サファイア君に比べて日が浅いとは言え、僕だって彼女の仲間なんだ。


 まあ、そう思っているのは僕だけかも知れないけど……


 ああ、いかんな。ついつい思考がネガティブな方向を向いてしまう。


 気分を変える為に、幌から顔を出し外の景色を眺めるが、代わり映えのしない砂だらけの大地しか見えて来ない。


 やれやれ、これじゃあ気分転換になんか、なりゃしない。


 シルバリオ……か。


 響きからして、男性の名前だろう。


 男嫌いのルビー君が、ああまで反応すると言う事は……


 親兄弟の仇か何かか?


 そして復讐する為に、探していたとか?


 しかし、その割に普段そんな名前を、彼女の口から聞いた事が無い。


 ならば、昔付き合っていた男か?


 こっ酷く振られたか、それとも騙されたか……


 それも無いな。ルビー君の性格からして、昔の男を探すとか、そんな女々しい事をするとは到底思えない。


 それに、言っては何だが、その程度の事であんなに必死になるとも思えないのだ。


 もっと、ルビー君にとって因縁深い存在、そんな気がしてならない……


 硬い床にゴロリと横になり、荷物を手繰り寄せ枕代わりにする。


 考えても仕方が無いと、僕は思考を放棄した。


 今の僕に出来るのは、快適とは言えない幌馬車で惰眠を貪る事位だな……


          ✳︎


 ネオジパングを出発し、三日目の夕方。


 アタシ達は目的地で有る、名も無い小さな町に到着した。


 ここにアイツが居る……


「サファイアとパールは宿で待ってて、アタシは用事を済ませて来る」


「ルビー。私も一緒に行く」


 サファイアはアタシの腕にしがみつき、泣きそうな表情で懇願して来る。


 まいったね。でも、サファイアはアタシの過去を知っているからね……


 パールの方はと伺うと、


「僕だけ仲間外れは嫌だなぁ」


 二人共揃って、アタシの事は放って置けないってかい?


 ……そりゃそうか。あれだけ大騒ぎしたんだから当たり前ね。


 特に、パールには何の説明もしていないから、サファイア以上に不安は大きいはず。


 よくも今まで、文句も言わずに付き合ってくれたものだ。


 アタシの方も、今は流石に落ち着いている。


 アイツの顔を見ても、冷静に話しが出来るだろう……多分だけど。


 フゥ……と溜息を漏らす。


「良いわ。一旦落ち着ける所に行きましょう。パールにも、そこでキチンと説明するわ」


「そうしてくれると有り難いね」


 手近な酒場へ移動したアタシ達は、各々飲み物を注文した後で、店の一番奥の席に陣取りテーブルを囲む。


 まだ時間が早いおかげか、店内の客はまばら。


 これなら、話しを聞かれる心配も無いだろう。


 聞かれて困る話しじゃ無いけど、赤の他人に聞かせたい話でも無いからね……


 アタシは、二人に自分の過去を語って聞かせる。サファイアは知っているので、主にパールにだけど。


「成る程……」


 アタシの話しを、腕を組んで静かに聞いていたパールが、重い口を開く。


「つまり、シルバリオと言うのは君の命の恩人と言うことか」


「そんな大層なモンじゃ無いよ。勝手に助けて、勝手に捨てたロクデナシさ」


「ある日突然帰って来なくなったのには、何か理由が有ったのかも知れない。君はそれを確かめる為に来たんじゃ無いのかな?」


「……どうなんだろ。正直アタシ自身、何しに来たのか良く分かってないんだ。

 ただ、今まで忘れてたのにアイツの名前を聞いた途端、思い出しちまったのさ、色々とね」


「そうしたら、居ても立っても居られずここまで来たと……

 もしかして、君は今でもその男に好意を持っている、つまり好きなんじゃないか?」


 パールの言葉に、ピクリと身体を震わせるサファイア。


「冗談。今のアタシは、あの頃の世間知らずな小娘じゃ無い。それに……」


 アタシはサファイアの小さな肩を抱き寄せ、サラリとした髪の毛に顔を埋める。


「アタシは男になんか興味無いね……

 いや、ハッキリ言う。アタシはサファイアが好き、愛してるわ」


 突然の告白に、大きく目を見開き驚きの表情を浮かべるサファイア。


「ルビー……本当に?」


「ええ、今までキチンと言わなくてゴメンね、でも本当よ。

 もう一度言うわサファイア、愛してる」


 そう言って、サファイアの可愛らしい唇に口付けする。


 そう言えば、初めてサファイアと出会った時も、こうして唇を合わせたっけ。


 でも、あの時とは全く意味合いが違う。


 これは純粋に、愛を伝える為のキス。


 サファイアも意味を理解しているのか、目を瞑り受け入れてくれた。


 口を離すと、サファイアが名残惜しそうな視線をアタシに投げかけて来る。


「そんな顔しなくても、これからいくらでもしてあげるわよ」


 アタシがそう言うと、下を向いてモジモジするサファイア。


 照れちゃって。カワイイわね。


「あ〜うん。君の気持ちは良く分かった。

 その男に未練がない事もね。でも会いには行くんだろう?」


 顔を赤らめ、必死に冷静を装いながら聞いてくるパール。


「安心してパール。アナタの事も好きよ? サファイアに対する好きとは違うけど」


「ああ、心配してないし、どうでも良い情報有難う。で?」


「ええ、会いには行くわ。会ってどうするかは、会ってから考えるけど」


 実際、今更アイツに会ってどうするつもりなのか、全く分からない。


 取り敢えず、一発殴ってやろうかしら。


「会いに行くのは明日にするわ。皆んな疲れてるだろうし。それとパール……」


「それが良いだろう。何だね?」


 アタシは、まだ俯いているサファイアを、そっと抱きしめながら、


「今日二部屋取っていい?」


「……勝手にしたまえ」

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