2-6 必罰

「前のバイトでの知り合いだって?」

「ええまあ、はい」

「んだよはっきりしねー野郎だな。まあいいさ。三島、こいつのことはしっかりな」

「はい!」

 扉が閉まるのを見ると、三島はあからさまに脱力した。

「今のがお前を誘った先輩か」

「……ええ、そうですよ」

 ぱっと見はいかにも面倒見のよさそうな好人物。……だが、三島はあいつのせいで足抜けもままならないと言う。

「一応これで面通しは終わりです。適当な口実つけて倉庫の中を案内するんで、さっさと探しもの見つけに行きましょう」

「俺相手でもその敬語外さないのな」

「あっ……この倉庫、俺より下っ端って滅多にいないし、つい癖で。やっぱりおかしいですかね?」

「いや、楽な風に喋ればいいんじゃねーの」

 三島が咳払いをする。

「……そういえば聞いてませんでしたけど、探しものって何なんですか? 宝石とか?」

「いや、なんつーか……数量限定品? 依頼主にとっては大事なものらしい」

「……ってことは一番警備がヤバいところには潜らなくていいんですね、ちょっとだけ安心しました。……あ、つきました、ここが大倉庫です」

 三島の案内で、シャッターの脇にある通用口をくぐる。暗い通路内とはうってかわって一気に開けた空間に、思わず上を見上げた。

 とんでもなく天井の高い空間だった。体育館、と外観を称したのは、あながち間違ってはいなかったようだった。手前にはかごやダンボール箱が不規則に積み上げられていて、奥の方には天井まで届くような棚がある。

「で、その……いつ持っていかれたものを探してるんですか?」

「昨日の夜から今朝にかけて……のどこかだな、そんなに時間は経ってない」

 三島の眉間に皺が寄った。

「それだとまだ仕分け前かもしれないので、管理は緩いと思います、けど……」

 三島の視線の先には、何グループかに分かれて戦利品の仕分けをしている連中がいた。貴金属類を丁寧に梱包している連中のことはスルーして、資源ごみを整理している奴らの元にそっと近づく。

 缶や古紙といった、本来なら俺たちが回収するはずだった資源ごみを資源として売れる状態にする作業をしている連中の後ろには、――正真正銘のゴミを放り込んでいく巨大なゴミ箱が鎮座していた。尾花の探しものはCD、恐らくはプラスチックのケースに入っている。もしも仕分けにかけられた後なら、確実にこの中。……中身が無事なら、最悪ケースが割れていても良しとするしかない。

 怪しまれず、この中を探るために――例えば、山瀬ならどうするだろうか。少し考えて、作業している連中の一人に声をかける。

「すみません、あの……軍手って貸してもらえませんか」

「はぁ? 何? 俺の代わりに仕分けしてくれんの?」

「いえその……この中に家の鍵落としちゃって……」

 一瞬の沈黙。きょとんとした顔は直後に大きく歪んだ。

「だっひゃっひゃっひゃ!! それマジで言ってる? えっ馬鹿じゃん! ゴミ漁んないとじゃん馬鹿じゃん!!」

 ひとしきり大爆笑した後、そいつは軍手を一組投げ渡してくれた。過剰なくらいにペコペコして、軍手を装備してコンテナの中身を漁っていく。好奇と嘲笑の視線がいくつか突き刺さるが――少なくとも、言い訳が認められた以上、コンテナ漁り自体が怪しまれることはない。

 俺の先輩ということになっている三島が見守る中、一つ一つゴミをかき分け、コンテナを浚っていく。内容物はビニール袋やビニール紐が多い。たまに汚れのこびりついたゴミを見てげんなりしながら、一度手にとったゴミを許可を空のゴミコンテナに放り出していく。

 そうして半分ほどゴミを漁った時、ビニールにしては重い塊を俺は拾い上げた。CD――にしては重い。雑誌だ。本来なら古紙扱いになりそうだが、ビニールに厳重に包まれていて見逃されたらしい。無遠慮に剥いて中身を改め、背後の三島に表紙見せる。

「三島、こういうのは値打ちものじゃねーのか」

「はぁ?」

 三島がつかつかと近寄ってきて、胡散臭そうに雑誌を見た。

「確かに古紙って意味じゃ売れるかもだけど……表紙に子供の落書きみたいなのもあるし、やっぱどう見てもゴミじゃ」

「ヒートルズ特集を日本で最初にやった雑誌だ。しかもサイン入り」

「はぁ!?」

 三島が目の色を変えて雑誌をひったくり、表紙と中身をまじまじと見る。

「お前すごいな!? よくこんなもの見つけたよなあ……」

「いや、たまたまだって」

 ゴミ清掃事務所で流れていた『何でも鑑定団』の再放送で同じ雑誌を見ていなければ、きっと俺もスルーしていただろう。……まさか、鑑定団に出ていた現物そのものじゃないだろうな。

「新入りがなんか見つけたってさ」

「マジ? なんかヤバいもん?」

 周囲にわらわらと人が集まってきた。……ただ情けない新入りのフリをして探しものをするつもりだったのに、余計なことをしてしまった。雑誌を手にしている三島はかわいそうなくらいもみくちゃにされている。

 どう助ければいいかと手をこまねいていた、その時。

「おう、なんの騒ぎだ?」

 その一声に、周りの連中が一斉にしんと静まり返って振り返る。

 大倉庫に入ってきたのは、ライオンのような風体の大柄な男。……獄原だ。誰も彼もが慌てふためいて、一斉に背筋を伸ばして腰を九〇度に折る。呆然と立っていると、横にいたよく知らない奴に無理やり頭を下げさせられた。

「ちぁっす!」

 大合唱の中、静かに混乱する。

 どうしてこんなところに。まさかこんな早くに俺が潜入したことがバレたのか。頼むからさっさと通り過ぎていってくれという願いに反して、獄原がこちらに近づいてきた。内心の焦りを悟られないように手汗を握る。

「楽にしていいぞ。……見ない顔だな、新入りか」

 頭を押さえつける手が緩んだのを確認して、顔を上げる。……デカい。遠目で他の連中と比べていたときよりも尚更大きく見える。

「……どうも」

「ふん、どーにも覇気がねーな。……三島の紹介か?」

「そ、そうです……」

 消え入りそうな声の三島。その手元に、獄原の視線が吸い寄せられる。

「ん? それは……おい、それをもっとよく見せろ」

「あ、ああ、はい!」

 三島が慌てて雑誌を獄原に差し出す。獄原はポケットからハンカチを取り出して、雑誌に直接手を触れないようにしながら紙面を眺めていく。

「月刊ミュージックスター、出版社史上最大の増刷をかけてそのことごとくが売り切れたヒートルズ特集号、しかもレモーニのサイン入り……」

ページを捲るごとに、その顔面に喜色があらわになっていく。

「この世に二つと無いお宝じゃねーか、こんなもの誰が見つけたんだ?」

「こここ、コイツです!」

 三島が俺の腕を掴んでずいと前にひっぱる。倉庫中の視線が俺に集まり、身が竦む。注目されることには慣れていない、ましてそれが一目で不良とわかるような連中であれば尚更。今すぐにこの場から逃げ出したい気持ちを抑えながら、おずおずと三島の横で頭を下げる。

「そんなかしこまって硬くなるなよ、お前はすごいものを見つけたんだぜ? もっと自分に自信を持て!」

「は、はぁ」

「どこで見つけたんだ?」

「その……」

 獄原が俺の視線の先にあるものを辿る。廃棄物を入れるための水色のコンテナ。

 途端、俺でもわかるくらいに空気がビリッと張り詰めた。

「――今日資源ごみラインで仕分けしてた奴、いるな? 前に出ろ」

 どこからか喉がひゅっとなるような音。不安げに交わされる視線。小突かれて追いやられる人影。

 やがて恐る恐るといった様子で、三人の男が前に出た。横に立っていた下っ端にハンカチごと雑誌を渡し、獄原が前に出る。

「よしよし、全員正直に名乗り出たな。いい子だ……ッ!」

 右端の男が、獄原の鉄拳に頬をぶち抜かれた。

「な…………っ!」

 二人目。三人目。同じように殴られて、コンクリートの硬い床の上に転がる。

「テメーらはどうしてこう注意力が足りねえかなあ……言われたことすらまともに出来ないとなるとなあ、流石の俺もがっかりするんだけれども?」

 隣の三島は顔を真っ青にしている。他の連中もそうだ。それぞれに顔を伏せたり他所を向いたりしてじっと嵐が過ぎ去るのを待っている。

 ……獄原をトップとするこの組織にいる限り、利益を受けることが出来るから。獄原に異を唱えた途端に、自らの安全すら保障されなくなってしまうから。――誰も、獄原の暴力を止めない。

 間違っていることを間違っていると発言することすら出来ない組織。罪を犯して、裁かれず、人を縛り続ける組織。

 勝てるか勝てないかなんて関係なく。――俺はこの集団の存在を自体を許したくない。

 手をぐっと握りしめる。

「ほら、返事は?」

「サーセンでしたッ、じゃねえ、すみませんでしたッ……!」

「申し訳ありませんでした、だろうが――!」

「そのへんにしておいたら?」

 振り上げられた獄原の拳が、ぴたりと止まる。よく通る聞き慣れた声の主が、獄原の後ろから姿を現した。

 山瀬だ。俺とは別の……かなり獄原に近いところから、チームに潜り込んだらしい。

 突然現れて獄原を止めた華美な男に、あたりが一瞬ざわつく。

 獄原が不機嫌を隠そうともしないで振り返った。

「テメエ山瀬……家族に加わってから一日だってのに随分わかったような口をきくんだな」

「入ったばかりで視点が違うから言うんだよ。当人たちは十分に反省してるだろうし……そんなに事故を防ぎたいなら、叱りつけるんじゃなくてやり方そのものを変えないと」

 しばらく睨み合った末に、折れたのは獄原だった。

「……チッ、わかったよ」

 一歩引いた獄原の横に、山瀬は当然のように収まる。

「……獄原さん、そいつは?」

 群衆の中から、戸惑ったような声が上がった。

「ああ、いい機会だから紹介しとくか。俺の昔馴染みの山瀬だ。ド有能だから俺が直々にスカウトした。間違っても舐めた口きくんじゃねーぞ」

「ウッス!」

「よし、解散だ。仕事に戻れ」

 そう言い残して、獄原が踵を返す。当たり前のように、山瀬が続いた。完全に二人の姿が見えなくなってから、徐々に倉庫内に喧しさが戻り始める。

「ヤベー、なんだあいつ」

「獄原さんを止めるってマジぱねぇ……」

「山瀬って……俺なんか名前聞いたことある気がするな、なんだっけ……」

 思い思いに――しかし、獄原だけがいた時とは打って変わって明るい表情を見せる連中の中で、俺一人だけが沈みきっていた。

 それほどまでに――山瀬と獄原が肩を並べる図は、あまりにもよく出来ていた。

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