第3話 アレックス王子との面談


 ——あー、歩きずらいですわ。この長いスカート、裾を少し上げてもこけそうだ……ですわ。


 面会室までの移動中、アイリスは心の中で丁寧な言葉遣いの練習をしていた。

 後ろから鋭い視線を向けてくるレベッカを気にしながら。

 本当はどうでもよかったが、その視線があまりにも怖くて手を抜けなかった。


「——こちらで王子がお待ちです」


 ——やばい、緊張してきた……。とりあえず、この時間を乗り切ってから先のことを考えよう。今の俺なら選ばれないはず! だって、男だもんな!


 王宮使用人が扉をゆっくり開けた。

 アイリスはスカートの裾を広げ、膝を少し曲げてから頭を下げる。


「失礼いたします。アイリス・アルスターと申します」


 アイリスはゆっくり顔を上げた。


 ——やっぱり、ここは乙女ゲームの世界で間違いない。俺が選んだアレックス王子だ……。


 視線の先には、金髪碧眼で長身のイケメンが立っていた。

 爽やかな笑顔が眩しい。

 窓からの後光がさらにその魅力を引き立てていた。


 ——かっけー! 男でも惚れそう……。


「ようこそ、おいでくださいました。あちらのソファーに座ってください」


 アレックス王子はアイリスを部屋の中へ通してくれた。

 物腰がやわらかで、まさに紳士という言葉がふさわしい。


「ありがとうございます」


 アイリスは慎ましく歩を進め、ソファーに座った。


「君たち2人は下がっていいよ。面会が終わったら知らせるから」

「畏まりました」


 ——なにっ!?


 アイリスは慌ててレベッカの方を振り向く。

 ちょうど、レベッカと王宮使用人が頭を下げているところだった。


 ——いや、無理、1人なんて心細すぎる……。レベッカ先生、行かないで!


 その後、アイリスの思いは通じず、無情にも扉が閉められた。


 ——2人っきり……。


 アイリスは極度に緊張し始めた。

 その向かいにアレックスが優雅に座る。


「はじめまして。僕のことはアレックスとお呼びください」

「は、はい!」

「ふふっ……。緊張されているようですね。よろしければ、テーブルのお菓子やお茶を召し上がって緊張をほぐしてください」

「あ、ありがとうございます」


 ——王子は優しそうだな……。ずっとニコニコしてるし、いいやつであってくれ……。そして、俺を選ばないで……。


 アイリスは紅茶をグイッと飲んだ後、クッキーを数枚重ねて頬張った。

 わざと雑な食べ方をし、印象を悪くさせる作戦だ。


 ——おー! うめー!


「——お味はどうですか?」

「あっ、すごく美味しいです! お腹が空いてたので助かりました」

「それはよかったです」


 アレックスはニコニコしながらアイリスをずっと見ていた。


「あの……何か顔についてますか?」

「え? あー、すみません。僕がジロジロ見ていて戸惑ったようですね。あなたの食べる姿が可愛いと思ったので、つい」


 アイリスは顔を真っ赤にする。


 ——なんで、こんなこと平気な顔して言えるんだー! 恥ずかしくないのか!? お世辞だとしても言えねー!


「アイリスさん、僕の婚約者になりたいと思った理由をお聞きしても?」


——お! ついに面接スタートだな! さっきの殺し文句とも言える言葉に動揺したけど、ここからはレベッカ先生に一語一句叩き込まれたことを言うだけだ! でも、ちょっと雑めな話し方で印象を悪くしよう……。


「はい。えーっと……私は学生時代、アレックス様に一度だけ会ったことがあるんですよ」

「本当に?」

「はい。短い時間だったので、覚えてないかと。廊下で落とした書類を拾ってもらっただけなので。その時のアレックス様の優しい笑顔が素敵で……婚約者候補に立候補してみました!」


 ——よし、こんな雑な感じでいいだろう。不合格間違いなし!


 アレックスは立ち上がり、アイリスの方に足を進める。


「なるほど。王室の称号や名声には興味はない、ということですか? ただ、僕のことが好きだと?」

「まあ、そんな感じです」

「ふーん、こんなことされても?」


 アレックスはアイリスの顎をいきなりグイッと掴み、顔を近づけてきた。


 ——え!? 俺のファーストキスが!?


「やめろ!」

 

 アイリスは唇が触れる前に王子の手を振り払い、仰け反る。

 

 ——あ……やばっ。完全に男が出たー!!! これは王子に対して失礼すぎる……よな……。牢屋に入れられたりとかしないよな!?


 アレックス王子はその場で固まり、目を丸くしていた。

 アイリスは慌てて椅子の上で土下座した。


「申し訳ございません! あの、さっき言ったことは全部嘘です! 私は婚約者候補に立候補したことすら実は覚えてなくて! でも、それを家族に言えなくて! 今日は家族のためにここに来たんです! 家族に罪はないので、許してください!」


「ぷっ……ははははははっ!」

「え?」


 アレックスは腹を抱えて笑っていた。


「君、面白いね。そんなこと、普通正直に言う人はいないよ。あー、気を悪くさせてしまって申し訳ない。本心を知りたくて、いじわるしてしまった」

「あの……。家族のことは……?」


 アイリスはすがるようにアレックスを見つめる。


「大丈夫。こんなことで罰するような心の狭い人間ではないから。僕も悪いことしたしね」


 ——よかった……。


「じゃあ、面談はこれで終わり。待合室に帰っていいよ」

「は、はい……。では、失礼いたします」

「うん。じゃあね、アイリス」


 アイリスは足早に出て行った。

 その背中をアレックスは笑みを浮かべながら見つめていた。

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