第11話 強襲!ナポレオン美術館 Ⅲ

 サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会での一幕が上がる前。公邸であるテュイルリー宮殿はより慌ただしかった。


 美術館の西側に隣接する宮殿内ではナポレオン・ボナパルトが直ぐに応援を行かせるように指示を出すと陽動の可能性があるかもしれないと部下から意見が飛び出した。が


「鼻先で良いようにされて黙っているつもりか!!いつからそんな腑抜けになった!つべこべ言わず行け!!!」と一喝し素早く軍をまとめさせナポレオン美術館への突撃の準備をさせる。


 その状況下では警備が薄くなったテュイルリー宮で動き始めた。



 警備が薄くなった分。テュイルリー宮内の警戒心が高まっていた。


 そんな中、突然 霧が通路に流れ込み視界を覆い互いの姿すら確認できなくなると頬に生暖かい液体が飛びかかり、それに少し遅れて床に何かが倒れたような鈍い音と衣擦れ音がした。


 床にできた気味の悪い温かさの水溜まりが血の色をしていることに気づいたとき警備兵の一人が恐怖を払うために勇ましそうに声を上げ発砲を始めた。


 向こう側にいる仲間の兵士の死体を自ら作り上げる恐怖の連鎖を防ごうと他の兵はやめるように声を上げるが見えない中で一人、また一人と喉をさばかれ、やがて頭の中で自分が生き残るためにどうすれば良いか無意識に考え、思考の加速が体の動きを遅くすると意識はやがて暗くなり頭と共に床に落ちていった。



 執務室にいたナポレオンは建物内で聞こえた銃声に気づき部屋の外に向けて何があったと問いかける。


 だが返事はないのでナポレオンは様子を見るため部屋のドアを開けた。


 すると霧が部屋の中へと なだれ込み部屋はあっという間に濃霧に包まれ、視界を奪われたナポレオンに刃が襲い掛かる。


 僅かに波打った形状のナイフは彼の首を後ろから掻き切るが手応えが無かった。


 その時だった。霧が一気に一ヶ所に吸い集められていったのは


 霧が晴れるとその場には三人の男が居た居た。


 一人は執務室の机の前で座っていたナポレオン。もう一人は軽くウェーブのかかった五十代後半の黒髪の男だ。

 霧の集まっていった壁の近くで鉛筆を持ち。逆三角形に横棒一本を入れたマークを壁に描いた人物であることが一目で解った。


 逆三角形に横棒一本いれたマークは錬金術では土を意味し、土には水を吸い、その流動性を無くす意味を持つ。

 そのため霧はすべてこの象徴の中に飲み込まれ消えていったのだ。


「ダヴィッド、君の弟子が作ったこの芸術品は中々、面白いな」


 ナポレオンは机の上に置かれたジオラマを指差し黒髪の男にそう言った。


ジャック=ルイ・ダヴィッド。

 新古典主義を代表するナポレオンお抱えの画家だ。

彼には多くの弟子が居り、その中には三次元の騙し絵とも称される芸術の新ジャンル ジオラマを生み出すことに寄与した人物シャルル・マリ・プートンの存在も知られている。


 十二上位館員アンシアンのクロードが使っていた騙し絵トロンプ・ルイユの魔術同様にジオラマを錯覚を生み出す魔術に利用し《彼》を見事に騙したのである。


「魔術利用するにはまだまだ出来が悪いですがね」


「確かに本物の私はもっと良い男だしな。君もそう思うだろ?なぁ」


 ナポレオンはダヴィッドの意見に賛同し目の前の見知った顔に声を掛け名を呼ぶ


〝モロー〟と


 そうして二人が互いにめるとナポレオンは言った。


「今回の事件の首謀者は君か?」


 だがモローは何も言わなかった。


「おっと逃げようとしても無駄だぞモロー。既に魔術で出られないようにしたからな」


 それを口にしたのはダヴィッドだった。彼は迷宮を示す通路が左右に行き来する絵を壁に描き容易に脱出できない魔術を完成させていた。


「そうか、なら……是非もない!」


 モローは手にしていた短剣を構え覚悟を決め前に出た。


 彼が持つ魔導芸術ズーモーフィック・ヒルトの短剣は柄が複数の動物によってかたどられておりソコから魔術を形成する。


 力の象徴である獅子を使い自らを強化するモローに対してダヴィッドは執政の机に置かれていたインク壺に指を突っ込み右手に盾を描き、そこに山の形をした紋を入れシェブロンと呼ばれる紋章を作る。


 意味は守護。そこから形成される防壁の魔術によりモローの攻撃は止められる。


 そのままダヴィッドは左手に同じように盾を描き今度は縦一直線の線を一本入れ剛毅の意味を持つペイルの紋章を作りモローと同じく強化系の魔術を即座に完成させ接近戦をモローと繰り広げた。


 肉弾戦の最中。モローがダヴィッドの腕を掴むと熱気上がり熱さの後にただれるような痛みが走った!


 苦悶の表情になりつつもダヴィッドは相手の魔術を解析する。


〈蛇に噛みつくガルーダ!!意味は水の蒸発!!〉


 ナイフの柄に施されたものは動物以外にも架空の存在も含んでいた。

 ガルーダは太陽の象徴を持ち蛇は水と関連づけられる。ソコから生まれる答えは熱による水分の消失。


〈ならば水を保持する意味を自らの右腕に描き加えることで対処可能だ!!!〉


 ダヴィッドは錬金術で水を象徴する逆三角形を右腕に書き込むと蒸発が止まる。


 しかし。止められたのは僅かの間だけであった。


 ダヴィッドは芸術に含まれる情報を一つ読み間違えていたのである。


 ナーガにとってガルーダとは天敵である。それは古代インドの神話からも読み取れる。


 即ちコレは太陽の象徴ガルーダが水の象徴であるナーガに勝つという意味を持つのである。だから多少の小細工を労したところで蒸発の魔術を止めることは叶わない。


 だからこそナポレオンは掴んだ腕が離れるようモローの顔を蹴り飛ばした。」


「盛り上がるのは良いが主菜は私だろう」


 一蹴され床を転がるモローにナポレオンは見下ろして言った。


「どうしたモロー。私に言いたいことがあるんじゃないかね?」


「クソくらえ…!」


 モローは体を起こしナポレオンに攻撃を仕掛けるが流れるように受け流され反撃を受け体勢を整えては殴られ蹴られ倒される。


 魔術で強化されていなくとも彼とモローの差は大きく怒りを大きくしていった。


〈なぜ勝てない?!どうして負ける?!俺の方がコイツよりも共和国を正しく導けるハズなのに!!〉


 次第にモローは感情的になり攻撃が大振りで単調となり当たることもすらなくなっていった。


〈ただの目立ちたがりの成り上がりのクセに!なんで市民は俺でなくコイツを選ぶ!?俺は!俺は…!!〉


「モロー…なぜ裏切った」


 ナポレオンは目を細めモローに問いかけたソコにどんな感情があったかまでは判らない。ただハッキリ言えることが一つだけあった。


「アンタが気にくわないからだよ!!!!」


 モローはありったけの力を込め叫びナイフを壁に刺すと最初に壁に描かれた土の象徴とズーモーフィック・ヒルトの短剣に含まれた生命と木の象徴を持つ鹿によって巨木が生まれた。


 木は壁に根を張り急激に成長しながら部屋全体を破壊しようとする。それを見たナポレオンは腰から杖を取りだし振りかざす。


正義の左手マインゴーシュ・ジュスティス





 その頃、ナポレオン美術館ドゥノン翼ではボロボロになったカドゥーダルの姿があった。


 背中を大きく開けコルセットピアスをした彼女の前では銀の砂は黒ずんで効果を失い接近戦に持ち込みたくても薔薇のツタがそれを許さず物理攻撃はことごとく朽ち果てて消えていき部下は戦意喪失状態にされ打つ手が無かった。


 負けていないのは彼女が いたぶることに終始一貫しているからにしか過ぎない。


〈コレが十二上位館員アンシアンの実力であるか…以前戦った者とは比べものにならないであろう〉


 相性も悪く実力差も明確なものであったがカドゥーダルは退かずに戦い続けた。


 その時。遠雷が響き館内が揺れ女性は思わず後方に目が向くとカドゥーダルはその一瞬の隙を逃さず一気に詰め寄り攻勢に打って出た。



 モローの目の前は稲光で真っ白になっていた。


 ただ一瞬。王の象徴である正義の手マン・デ・ジュスティスが見え彼の意識が途切れるまでの最中に思った。


 どうして神はこの男を選んだのだろう。と


 後世。モローはナポレオンの栄光に嫉妬していたと言われている。


 彼も執政と成り地位と栄誉を歴史に刻みたかったのだろうか、それとも自分の中にある理想によって社会を幸福に導きたかったのだろうか


 だが夢が破れた 今。我々にはもう知る方法はない……



 モローとの戦いに決着が着いた頃。カドゥーダルはゴシック服の女に斬りかかろうとしていた。


「何をしているんだアンリエッタ」


 一人の男の声と共に高速でコインが飛んで来た。


 それがカドゥーダルの肩を撃ち彼の攻勢は失敗に終わった。


「アレクシス」


 アンリエッタと呼ばれた彼女の後ろからやって来た顔立ちのよい男を見て彼女は名前を呼び不満を口にした。


「楽しんでたのに」


「遊びすぎだ。それにテュイルリー宮から救援が来た。もう少ししたら終わる」


 アレクシスはそのまま膝をついたカドゥーダルを見下ろし言った。


「ジョルジュ・カドゥーダルだな。早く降伏しろ」


「舐めるでないわ!!」


 再び立ち上がり向かってくる彼にアレクシスの周囲に浮いていたコインが助走をつけて向かっていった。


 それを銀の砂で無効にしようとするがコインは止まることなくカドゥーダルの体に突き刺さっていく。


「無駄だ。お前の魔術についてはもう報告が上がっている。いくら魔術を無効化できても既に加速した物体のスピードまで消せるワケでじゃない。サッサッと降参しろ」


 だが、それでもカドゥーダルは立ち向かいアレクシスはゴミでも見るように再度コインを撃ち続けた。


「圧倒的……情緒も何にもない……わたし飽きたちゃったから他、行くね」


 アンリエッタは、つまらなくなりその場を去っていった。


 一方的なアレクシスの攻撃はカドゥーダルが動かなくなるまで続きやがて血ダルマになりながら呟いた。


「そうか…貴殿が十二上位館員アンシアン最強の……すまないモロー…ピシュグル……我輩はここま…で……」


 彼の巨体と共に 一つの戦いの幕が静かに降りていった。

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