第10話 第一王女 2

 馬車の扉が勢いよく開き、豪奢な服に身を包んだ少女が姿を現した。絹糸のような美麗な白髪に、琥珀色の瞳。顔立ちも綺麗に整っており、目を奪われる程の可憐さがあった。


「ルミナ様!出てきてはなりません!」


 メイドは焦燥を顕にしながら声を荒らげた。対し少女はメイドを諫めにかかる。


「とりあえず銃を収めるんじゃ、クロエ」


「それはできません。この者たちが何者なのか判断できるまで、警戒は続けるべきです」


 メイドの敵愾心は全くもって揺らぐ様子はない。そんな中、ふと少女は俺の方へと視線を向けてきた。瞬間、少女は目を丸くした。


「そなた、怪我をしておるではないか.......!」


 少女はそう言ってこちらに駆け寄ってくる。


「ルミナ様、いけません!」


 しかし、メイドは俊敏な動きで俺達と少女の間に割って入り、少女の行く手を遮った。

 そんなメイドに対し、少女は不服極まりないという表情で声を荒らげた。


「そこをどくんじゃ、クロエ!」


「できません。まだ信用がおける段階では────」


「余達をブルーサーペントの群れから守ってくれたのじゃぞ!その恩人を捨ておくことなどできん!」


「.......確かに、それはそうですが」


  メイドは歯噛みしながらも尚も抗議の声をあげる。そんなメイドの言葉を最後まで聞かず、少女は俺の元へと駆け寄ってきた。


「ルミナ様.......!」


 少女は無言のまま俺の腹部に手をかざした。なにをするつもりだ.......?と疑問符を立てていると、体全体が薄緑の光に包まれ始める。まばゆくも、優しい温もり。


 それがなんなのか分からないまま大人しくしていると、マグマのように迸っていた痛みも消えていき、不自然に曲がっていた骨も元の形に戻っていく。

 やがてその光が収束していき霧散すると、彼女は満足気に微笑んだ。


「.......うむ。これでどうじゃ?」


 そう問われ、俺はキリカから一旦離れ、試しに体を軽く動かしてみる。そこに痛みも違和感も存在しない。体中にあった裂傷も跡も残らず消えており、骨も修復されているようだ。先程よりも意識が鮮明で、視界もハッキリしている。満身創痍だったのが嘘のようだ。


「お前、なにを.......?」


 俺が問うと、彼女はふふん、と得意げに鼻を鳴らした後、リングをこちらに見せてきた。石の色は、赤。


「余は上位の『回復術士』なのじゃ!」


「.......ああ、なるほどな」


 ならば、傷を瞬く間に治せたことにも合点がいく。


「だったら、キリカのことも治療してくれないか?」


「え、あたし?」


「お前も結構怪我してるだろ」


 俺が言うと、少女は自身の胸を軽く叩いた。


「任せるのじゃ!」


「じゃあ、お願い」


 キリカが一つ頷くと、少女は俺の時と同じく回復スキルを放った。


治癒ヒール


 すると、キリカの体は薄緑の光に包まれる。やがてそれが晴れていくと、キリカは僅かに目を見開いた。


「すご.......。めっちゃ綺麗に治ってる」


「うむ!良かったのじゃ」


 少女は満足気に一つ頷いた。


「ありがとな。マジで助かったわ」


「うん、あんがと」


「気にするでない。恩を返しただけじゃからな」


 彼女はよいよい、と手をヒラヒラとさせた。

 そんな彼女の背後で、今も銃口を向けながら警戒色を剥き出しにするメイドが口を開いた。


「そろそろ、答えてくださいますか?一体、あなた達は何者です」


「あー、俺は.......」


「ちょい待ち、ユーリス」


「ん?」


「普通に名乗るより、こっちの方が信頼されるんじゃない?」


 そう言って彼女が取り出したのは、プルーブカードだった。

 プルーブカードとは、身分証明書のことであり、国民全員に配布されているものだ。書かれている情報は、名前、生年月日、生まれた場所。そして職業の欄はその職の人事部や受付、上司などが記し、捺印が押されることで公式に認められることになる。


 確かに口で言うより身分の証明には向いてるかもしれない。俺も同じく懐から取り出し、彼女に見せた。


「.......ユーリス・スウェイド。アノール村出身。982年4月5日生まれ。現在の職業は冒険者、ランクはF」


 続いて、キリカの方も読み上げる。


「.......キリカ・ティリエル。ミナミド村出身。982年5月6日生まれ。同じく職業は冒険者で、ランクはF」


 メイドが俺達の情報を一通り読み上げると、次の質問を投げかけてくる。


「なぜこんなところにいるのですか?」


「なぜって───」


 キリカはチラリとこちらに視線を送ってきた。どうするの?言うの?と、言外に問いかけてくる。

 あまり口にはしたくないが、あの凄まじい程の警戒心を出している相手に嘘をつくのも得策とは言えないだろう。


 なので、俺はざっくりと説明することにした。


「洞窟に六人パーティーで来てたんだけど、その内の四人に裏切られて俺は洞穴に落とされた。それをキリカが追いかけてきてくれたんだ。そんで二人で洞窟を抜けた先に、お前らがいたってだけ。なんなら今から戻ってその洞窟の入口を調べてみるか?」


 俺はここに至った経緯をそう説明した。それなりに端折ったが、嘘は何一つ言っていない。

 しかし、メイドは今の話に言及してきた。


「裏切られた?どうしてですか?」


「.......それは───」


 裏切られた理由、追放された理由、奈落に落とされた理由、か。

 様々な負の感情が脳裏を過ぎり、刃物となって胸に突き刺さる。いくら自分の人格が統合されたとはいえ、やはり傷は傷だ。そのことを平然と口にできるほど、器用にはなれない。それに、俺の中でまだあの出来事について整理が出来ていないのだ。故に、言葉にできる程明確な答えは持ち合わせていなかった。

 そうして、俺が解答を出しあぐねていると────。


「もうよいであろう、クロエ」


 少女はそよ風に乗せるような声音でそう告げた。


「ユーリス達が悪人にはどうしても思えぬ!それに、余のことも知らぬ様子じゃしな」


 少女はその豪奢な服をひらめかせながら、名乗りを上げた。






「余はユーヴァス王国の第一王女、ルミナ・ユーヴァスじゃ」





「...........は?」


 俺は耳を疑った。今こいつ、ユーヴァス王国とか言ったか.......?

 ユーヴァス王国とは、ユーヴァス家を王に据えた人類を総括する国の名だ。言うなれば、人類の勢力そのもの。

 そこの第一王女ということは、人類の王の娘ということになる。


「こんな、じゃじゃ馬娘が.......?」


「じゃじゃ馬とはなんじゃ、失敬なやつじゃな!」


 『じゃ』が多い。いやそれはともかく、こいつが王女?王女ってのは、もっと気品に溢れて清楚なもんだと思ってたが.......。言われてみれば、庶民では手が届かないような豪勢な服を着てるし、馬車も無駄にでかくシャレている。貴族、もしくは王族だと考えるのが妥当。ということは、たぶん嘘はついてないのだろう。


 そんな王女様は、俺達に何ともストレートに尋ねてきた。


「とにかく!そなたらは余のことを何も知らなかったし、別に余を攫うつもりも危害を与えるつもりもないのじゃろ?」


 その問いに、俺とキリカは同様に頷いた。


「ない」


「全く」


 そうキッパリ告げると、王女は「ほれみてみよ!」とメイドの方に視線を向けた。


 メイドはかなり渋い顔を浮かべながら、眉をピクピクと震わせている。その様子から、心の中でかなりの葛藤が起きているのが容易に読み取れた。


「..............はぁ」


 しかし、そんな中で彼女は決断したのか。一つ長いため息をついたあと、ついにその銃口をゆっくりと下ろしていった。


「ここは、一度矛を収めましょう。彼らに助けられたのも事実ですし、敵意や悪意も一切感じられませんので」


「うむ、それが良い。それに───余に、攫うほどの価値はないからな」


 王女の顔に、仄暗い影が差した。触れれば壊れてしまいそうな、不安な表情。

 しかし、それも一瞬の出来事だった。彼女はケロッと笑顔に戻ると、メイドに言葉を投げかける。


「そうとわかれば、クロエも名乗らなければ不誠実であろう」


 メイドは一つ首肯すると、銃を腰のホルスターにしまい、お手本のような美しいお辞儀をした。


「私の名はクロエ・ハイエル。ルミナ・ユーヴァス第一王女に仕える給仕でございます」


「あ、はい」


「ども.......」


 急に丁寧に挨拶をされると、こちらまで畏まってしまう。

 何はともあれ、物騒なことが起きる前に解決して良かった。


「それでは、とりあえず騎士達を馬車に運ぶかの。このまま地面に寝かせておく訳にも行かぬゆえ」

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