宴の後には回想を

 誕生日パーティが終わり、後片付けも済ませてベッドに座り、一息つく。

 そもそも何故この世界に来たかという事をぼんやりと考えた。

 まず、この世界の名前はソルデュオルナという。太陽と二つの月、という意味だ。

 窓から見える沈まない二つの月に、驚いた記憶がある。

 空に浮かぶ大きな二つの月を見て、初めて大泣きしたので、ずっと泣かない子だと思われていた私にパパとママは安心したらしい。

 ……そりゃあ意識のある赤ん坊ですから、オムツが濡れたりお腹空いても泣き喚く事は恥ずかしかったし……。

 だからママは頻繁に私の息がまた止まっていないかと、何度も確認してた。

 ……心配かけてごめんなさい。

 異変に気付いたのは一歳くらいの時だ。

 人差し指の先から白いうにょうにょしたものが出ていて、ビックリした。

 もしや寄生虫!? とも思ったけれど、少し落ち着いて考えたら疳(かん)の虫かも知れないと結論が出た。実際見たことはなかったけれどそういう物があるとは知っていたし。ふふ、一度死んだせいか神経ズ太(ぶと)くなってるのかも知れないわね。試しに出てくる端からプチプチと抜いていったらふよふよと空中に漂って消えていった。何となく面白くてそのまま続けていたら途轍とてつも無い倦怠感に襲われて、グッタリと指一本動かせなくなってまたママに心配された。

 その時に抱っこされながら聞かせてくれたのが、この世界には魔法や魔術があること。

 精霊は普段は目には見えないけれど世界の成り立ちにも関わっていて全ての存在を見守っている事。

 人が産まれた時、それぞれにいずれかの精霊の力が宿っている事などを教わった。

 二歳の時、自分の足で比較的自由に歩きまわれるようになり、あちこちを探検していたけれどママの魔術研究部屋に入った時はすごく怒られた。

 あんなに怒られたのはリンとして生を受けて初めてかも。

 それでも言葉も覚えたいし、魔術が何なのかもっと知りたかったのでドアの前でずっと座り込んでいたら、パパが執り成してとりなしてくれた。

 家中の本がこの部屋にあるのは一度入って見た時に分かっていたし……。

 ママは絶対に薬瓶や器具に触らない事を条件に部屋に入るのを許してくれた。

 私の居場所は低い椅子の上。そこで羊皮紙で出来た何冊かの古い本をママに聞きながら言葉を勉強した。私が住んでいる国では紙はまだ粗悪な物しか作れず、羊皮紙が主流らしい。初めて触るそれは年代を感じさせる物だった。それによるとこの世界の言葉は地球のラテン語に近いかもしれない。

 かもしれない、と言ったのはラテン語なんて少ししか勉強したことがないから。

 でも天使の使う言語っていうのは分かる気がする。だって本に書いてあった歌をママが歌ってくれた時はとても綺麗な響きだったから。

 そんな時に弟のジグがママのお腹にいることが分かって、ママの代わりに家事を手伝い始めた。

 ……その頃から魔術師を目指したいなら十二歳になったら修行に出ないといけないと言われていた。

 だからママには敵(かな)わないけれど私も一通りの家事が出来るようになった。ママはリンの料理は世界一美味しい! とかベタ褒めてしてくれていたけれどお世辞だよね、多分。

 前世の時にも一通り家事はこなしていたし、女子寮に入ってからもお掃除はしていたから家事の段取りを組み立てるのが得意で楽だったけれど。

 料理をする時だけはガスコンロが欲しいと切実に思った。かまどって熱効率は良いけれど火の立ち上がりが遅いのよね。火の魔力を込めた石を使っても良いんだけれど、ウチの方針では木炭を魔術に使うから薪を利用していたし。

 ベッド脇に置いたドールを動かす為のハンドルをそっと手に持つ。

ちぎれ、智者ちしゃの血、我に誓え……ファルサ・レギオン…………」

 皆寝ているかもしれないので小声で詠唱を終え、ハンドルに嵌っているルビーに魔力を込めて触れる。

 すると机に座らせていたドールがすっくと立ち上がった。

 この人形術に関しては完全に私のオリジナルだ。ママは人によって人形に命を吹き込む、または操る呪文は違うと言っていた。起動をする為の呪文と思えばいいかもしれない。

 ドールが机からヒョイと飛び降りでベッドに近寄ってくる。

「色々と迷惑かけちゃうかもしれないけれどよろしくね」

 ドールに声をかけると、手を上から下に持ってくるとお辞儀をした。シルクハットを持った紳士の様に。

 ……まぁそういう動作をさせてるのは私なんだけれど。

 さぁ、明日は朝が早いしそろそろ眠らないと。またジグかパパに痛い起こされ方をしちゃう。

 ベッドにそろそろと潜り込んだ私は窓に浮かぶ二つの月を見上げた。

「眠れるかなぁ……」

 思ったより自分の独り言が不安に染まっていたのに苦笑する。冷たい光と温かい光、窓の外は少しだけ紫色に染まっていた。不思議な輝きを受けて期待と少しの不安に包まれて、私の意識はまどろみの中に沈んでいった。


 ……が、温かい泥の中から私を引っ張り上げる音が響いた。

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