第40話 後輩がマイペースな話

 自分のベッド(敷かれた布団はその少女たちの片割れのものだけれど)でダラダラゴロゴロする女子高生2人を前に、俺は為すすべなく、ぼけーっと眺めていたのだけれど……


「なぁ、2人とも」


 つい痺れを切らし、意を決して声を掛けた。

 そんな俺に対し、まるで待ち構えていたようなみのりがガバっと身体を起こした。


「なんすかセンパイ。邪魔するつもりすか。女の子同士がイチャイチャしている間に割って入ろうとする男絶対許さないマン召喚するつもりすか」

「誰だソレ!?」


 ただ声を掛けただけでそんなよく分からない奴に乱入されても困る。部屋も4人くつろげるほど広くないし……ってそういう問題じゃないか。


「それともセンパイ、あれですか。コーフンしちゃいましたか」

「しとらんわ」

「いいですよ、センパイは家主ですもんね。家主という地位を振りかざしていたいけな朱莉を手籠めにしようと、いやらしいことしたいんですもんね」

「そんなことするかぁ! お前の中での俺ってどういう存在なわけ!?」


 これ、最早みのりから俺へのセクハラ認定してもいいんじゃないだろうか。さりげなく自分を外しているところもずる賢い感じがする。彼女らしいっちゃらしいが。


「せ、先輩、私のことそういう目で……!?」

「見てない! 見てないから!!」


 けれど、朱莉ちゃんにとっては“らしい”言動ではなかったのかもしれない。

 朱莉ちゃんは毛布で恥ずかし気に目元より下を隠しつつ、疑うように聞いてきた。頭で考えるより先に、脊髄反射で否定した俺だったけれど、信頼してもらえていないのかジトっと半目を向けられてしまう。


 みのりの大して面白くもない冗談のせいで、これまで築き上げてきた信頼が崩れるとか本当に笑えないぞ。


「やーらしー」

「お前ね……!?」

「ま、冗談はさておき。なんですか、センパイ」

「お前ね……」


 完全にみのりのペースだ。

 元々マイペースな奴だが、こうして積極的に他人を振り回してくる時は、彼女自身ノっている時だ。あの頃と変わっていなければという補足が付くが、これまでのやり取りを踏まえれば、みのりはあの頃のみのりのままだ。

 それが嬉しくもあり、どこか呆れてもしまう。


 なんて、感慨に浸っている場合じゃない。


「オープンキャンパス、行くんじゃないのかよ」

「えー………………もう良くないすか」

「おいっ!?」


 無駄に長い溜めを入れつつ、みのりは彼女がここまでやってきた理由を根本から否定しやがった。


「だって外暑いし。センパイはアタシたちに干乾びて死ねって言うんすか?」

「いや、大げさだし……それに行かないんだったらお前、何のために来たんだよ……」

「そりゃあ……」


 みのりが珍しく言い淀む。

 そして、朱莉ちゃんの方を見た。


 朱莉ちゃんはそんなみのりちゃんを見返し、小さく微笑む。それを受けて、みのりは少し俯いて……そのまま黙ってしまった。


 なんだ、このやり取り……アオハルってやつか!?

 今の視線のやり取りで2人の間で何が交わされたのか俺にはさっぱり分からなかったけれど、なんだか妙な感覚に襲われている。熱いというか、なんというか……これが最近流行りの『尊い』って感覚なのか……?


 朱莉ちゃんはみのりのそんな反応から色々と汲み取ったのか、


「まぁ先輩。オープンキャンパスは3日間――明日も明後日もありますから」


 そう、みのりの言葉を引き継ぐ。

 普段見せる妹っぽい感じとは違った、むしろみのりの姉っぽい落ちつきを感じさせた。

 実際、朱莉ちゃんはしっかり者だし、同輩の前ではこれが自然体なのかもしれない。


「先輩、どっちもバイトお休みですもんね」

「う……」


 さすがしっかり者……ちゃんと俺のシフトも頭に叩き込まれているようで、実際彼女の言った通り、明日も明後日も休みだ。

 というか、この夏、部活やサークルに入っていない俺はバイト漬けになるんだろうなぁとも思っていたのだけれど、朱莉ちゃんがやってきて、彼女を1人置いてバイトに行くというのにも抵抗を感じてしまい、思ったよりもシフトを入れられていなかった。


 あいにく、夏休みなので他の学生がガンガンシフトを入れていることや、俺自身両親からの仕送りと奨学金のおかげで生きていくことに支障は出なさそうだけれど……


「じゃあどっか遊びに行きましょうよー」

「お前、暑くて外に出たくなんじゃなかったのかよ」

「それはそれ、これはこれっす」

「どれがどれだよ……」


 コイツ、絶対何も考えてないな。

 そう確信を持つ俺、そして朱莉ちゃん。


「遊びに行くって言ってもどこに?」

「んー、映画とか……買い物とか?」


 咄嗟に出てきたのは結構ベタなものだった。

 何か変なことを言い出すんじゃないかと内心びくびくしていたのだけれど、杞憂に終わってくれたらしい。


「あ、ていうか水着」

「は?」

「水着新しいの買いたいんすよ。最近また大きくなって――あ」


 途中で言葉を切って、今度は俺を見て固まるみのり。

 そして、じわじわと顔を赤く染めていく……彼女にしては珍しい反応かもしれない。


「な、なに言わせようとしてるんすか!?」

「自分で勝手に言ったんだろ!?」


 警戒するように腕で胸を隠すような体勢をとるみのり。完全に自爆だったと思うんだけど、多分このシーンだけ切り取られたら俺がセクハラしたみたいに映るんだろうな。やっぱり女子高生は怖い。


「りっちゃん、可愛いなぁ」


 そんなみのりを見つつ、朱莉ちゃんがポツリと呟いた。

 嬉しそうに――そして、どこか羨ましそうに。

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