第31話 友人と走る話

 軽く準備運動をしたのち、俺達はランニングを開始する。


 長谷部さんたっての希望で、長谷部さんと朱莉ちゃんが並んで走り、それを俺と昴が追うという形になった。

 俺達が先行するといつの間にか置いていってしまうなんて可能性もあるし……まぁ、合理的だろう。


 そして、ゆったりとしたペースで走り出してすぐ、隣の昴がげへへと下種な笑みを浮かべた。


「なぁ求。なんというかこう、美女と美少女が並び立って走る姿ってのは実に絵になるよなぁ! お前もそう思うだろ?」

「……反応しづらい」


 片や彼女、片や妹。

 そんな奴の隣で、ええ絶景ですねなどと言うのはちょっと気が引ける。

 なんか欲情してるみたいだし、そうでなくてもこの男を増長させるだけだ。


 実際、同意せずとも得意げだし。


「なぁなぁ、あの左走ってる方、俺の彼女。んで、右走ってるの、俺の妹」

「知ってるよ」

「いやぁ、後ろ姿でも分かるよなぁ、スタイルの良さ!!」

「いや、本当にどう反応するのが正解なんだ……?」


 自慢か。ただの自慢か。

 つまり肯定すればこの宮前昴という男は調子に乗るわけだ。それはなんとも気に食わないな。


「求ぅ、彼女ってのはいいぞぉ? お前もさっさと作れよ」

「お前らカップルは人を煽るのが趣味な訳? 長谷部さんにも言ったけど、俺は作らないんじゃなくて作れないの!」

「作れないなんて大袈裟な奴だな。いいか? この地球上の男女比で見たら、男より女の方が多いんだぜ?」

「ほんのちょっとな。ほんのちょっと」

「だからちょっと探せば身近に恋愛のチャンスってのは転がってるんだぜ?」


 こいつ、自分の方が先に彼女作ったからって偉そうに……!

 高校までは俺と同じで彼女いない歴=年齢だったくせに……!!


「なぁなぁ、求よ」

「んだよ、暑苦しい」


 ニヤニヤと笑いつつ、走りながらも器用に肩を組んでくる昴。


「ほら、見てみろよ。目の前にも丁度いい女の子がいるだろう……?」

「……お前さ、彼女が出来て調子乗ってるのは分かるけど、そういう冗談は面白くないぞ」

「は? ……は!? 求、テメェ、まさか菜々美ちゃん狙ってんじゃねぇだろうな!? いくら親友でも寝取りは許さんぞ!」

「んなわけあるかっ!!」


 自分から目の前に丁度いい相手がいるとか言ったくせに!

 なんで俺が怒られなきゃいけないのか全然納得がいかない。


「菜々美ちゃんじゃなくて、朱莉だよっ!」

「はぁ? 朱莉ちゃん……?」


 まぁ、彼女を差し出すとはさすがに思わないが、それでも妹を差し出そうというのはどうなんだ……?


「あのな、昴」

「なんだよ、朱莉じゃ不満だってのか!?」

「なんだそのテンション……いや、朱莉ちゃんは確かに良い子だけど、流石に友達の妹に手を出すほど節操無いわけじゃないから」

「お高く留まりやがってコノヤロウ!!」

「痛い痛い!?」


 ぐりぐりと握り拳をこめかみに押し付けてくる昴。ものすごく痛い。


「実際さ、朱莉、めっちゃ可愛いだろ?」

「…………」

「俺がお兄ちゃんってことは忘れて!」

「……ああ、可愛いと思うよ」


 俺を締め付ける力が緩む。

 なんだか言わされたみたいだけれど、実際朱莉ちゃんは可愛いと思う。外見も、中身も。


「魅力的だろ?」

「そうだな」

「そうだなでなくっ!!」

「……魅力的です」


 なんなの、この異常なテンション。ランナーズハイなの?

 朱莉ちゃんも体力が無いながらに、走ってテンションが上がっていたし、そういう家系なのかもしれない。


「……まぁ、お節介な兄貴は嫌われるからな。こっから先は言わねぇ」

「はぁ」

「お節介は嫌われるからな」

「聞いたよ」


 昴は深く、深く溜息を吐いた。まるで俺に失望するかのように。


「ま、求は相変わらずって感じだけれど――なんか安心した」

「え?」

「朱莉、楽しそうで。実際驚いたんだぜ? あいつが朝ランニング……ってか、このペースじゃジョギングか? まぁ、どっちにしろ、そんなことをするなんてな。俺が家にいた頃じゃ絶対言い出さなかったし」


 馬鹿な大学生から、妹を思う兄のような顔つきになった昴がしみじみと言う。


「なんだか少し寂しいけど、嬉しいもんだな。妹が俺の知らない内に色々なことに挑戦してるってのがさ……」

「昴……?」

「なぁ、求。俺は確かに朱莉の兄貴だ。そんで朱莉は俺の妹……それは一生変わらない」

「ん? ああ……」


 そんなことは当たり前だ。わざわざ口にすると大袈裟にも聞こえるけれど……


「でも、お前がそう思う必要ないからな」

「は?」

「朱莉を、俺の妹だって思わなくていいってこと! お前さっき言ったろ? 親友の妹には手を出さないとかなんとか」

「ん、ああ……」

「そういうさ、俺っていうフィルターを通さずに朱莉を見てやってくれよ。今お前と一緒にいるのは俺の妹の朱莉じゃねぇ。お前と一緒にいる朱莉なんだからさ――ってなんか上手く纏まんねぇ!」


 そう、ガリガリと頭を掻く昴。

 けれど彼の言いたいことはちゃんと伝わった……と思う。


 昴が朱莉ちゃんを思う気持ちは伝わってくる。そして、朱莉ちゃんが頑張っているということも。

 俺はその頑張りを一番近くで見れる場所にいるんだ。昴でなく、俺が。


 俺は昴の代わりにはなれない。朱莉ちゃんの兄にはなれない。

 だから、俺は朱莉ちゃんを昴の妹として見るんじゃなくて、俺にとっての朱莉ちゃんとして見るべきで……何かの言い訳に昴を使うのは間違いなんだ。


「……そんなの分かってる」

「ならいい」


 昴に対して全面的に負けを認めるというのもなんだか恥ずかしくて、俺はつい負け惜しみのような言葉を返していしまう。

 けれど、昴は笑顔で返してきて――今回ばかりは全面的に負けを認めるしかなくなってしまった。


「でも、そうなると求、お前、普通に可愛い女子高生と同居してるってなるんだよなぁ……羨ましいなぁ、コノヤロウ!」

「羨ましいって……」

「俺だって菜々美ちゃんと同棲してねぇってのにっ!」

「同棲って……!? お前、いくら朱莉ちゃんをお前の妹として見ないって言っても、そもそも彼女はお前の借金のカタって名目でいるんだからな!?」

「黙れリア充!!」

「お前に言われる筋合いはねぇ!!」


 なんて、ちょっと流れていた真剣な空気は直ぐに霧散し、俺達はまた相変わらずな会話をしつつ、前を走る2人の後に続くのだった。

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