第29話 後輩と久しぶりに話す話

 結局、あれこれと妙にお節介を焼いてきた朱莉ちゃんから逃げる形で俺は部屋の外に逃げ出した。


 これはあくまで俺と彼女の話だ。朱莉ちゃんを巻き込むものでもない。

 というか、久々に連絡してきた先輩が自分の友達とひとつ屋根の下にいる……というのは、正直あまりいい印象を受けない。俺だったら嫌だ。妙な生々しさがあるというか。

 朱莉ちゃんは気を遣ってくれたっていうのは分かっている。こればかりは俺の見栄のためだ。情けない理由だけど、ごめん、朱莉ちゃん。


「取りあえず、久しぶり……かな。それとも、突然連絡してごめんとか? うーん、なんか悪い話始めそうだよなぁ」


 大人しく朱莉ちゃんに知恵を借りた方がいいのだろうか。いやいや、彼女は世話になった後輩だし、こういうのは自分の言葉でやらないと。

 うーん、うーん……頭を捻りつつ、文字を入力しては消して、入れては消してを繰り返し、しかし中々上手い感じの言葉が出てこない。


「まぁ、いきなり連絡してこられてもあっちも困るよな。中学卒業してからまともに話してないわけだし」


 結局、そんな自分に優しい結論を出し、諦めようとした時――


「うおっ!」


 手汗か、気が緩んだのか、スマホを手から滑らせてしまった。

 反射的に腰を折り、なんとかキャッチする。最近のスマホでも落とせば画面は割れてしまうので、落とさずに済んで良かった。。

 今まで画面を割ったことない勢としては、なんとしても避けたい訳で――あれ?


 拾い上げた画面が見覚えのない――いや、見たことはあるけれど、開いている筈のない画面に……?


 って、これ電話発信しちゃってる!?


「急いで切らな――」

『もし、もし……』

「ああっ!?」


 思わず叫んだ。繋がった。繋がってしまった。いや、発信したのは俺なのだから、彼女は全く悪くないのだけれど……!!


『……ああ?』

「あ、いや……久しぶり」


 既に手遅れな気もするけれど、俺は努めて平静を装い、なんでもないような声を出した。ちょっと震えていた。

 そして、電話越しに聞こえてくる彼女の声はなんというか……あまり久しぶりという感じもしなかった。それこそ中学時代はほぼ毎日聞いていた声だ。そう簡単に忘れることはなかったらしい。


『お……お久しぶりっす。どしたんすか。いきなり』

「いやぁ、そのぉ……」


 彼女は相変わらずだった。

 テンション低いというか、気だるげな喋り方。けれど中身はそれほど無気力じゃないところが面白いというか。


「ああ、えっと……久しぶりに声が聞きたくなって?」

『嘘っすよね』

「え゛」

『センパイ、嘘下手ですし。声聞きたいなんて言ってくれたことないですし』


 少し不機嫌そうな声。これは……分かんねぇな。口調だけなのか、本当に不機嫌なのか。

 彼女は分からないことも多い――というのも少し懐かしい。


「声を聞きたいは嘘かもだけど、話したいと思ったのは本当だよ」

『っ……』

「久しぶり、みのり。高校も一緒だった筈なのに、なんだかずっと話してなかったからなぁ」


 桜井みのり。中学時代の陸上部のマネージャーで、多分一番仲が良かった女子だ。

 それこそ妹みたいに近くにいて――妹?


『つか、センパイ』

「……先輩? そんな風に呼んでたっけ」

『う゛』


 明らかに声を詰まらせるみのり。

 それから少し、しどろもどろに何かを言った後――


『も、もと――ッ! …………センパイ』


 結局、先輩呼びになった。まぁ、空いていた時間がそうさせるのだろう。俺もみのりじゃなくて、桜井って呼んだほうがいいだろうか。


「なに、桜井?」

『別に名前呼びでいいすから。つか、苗字呼びとか目の前にいたらぶん殴ってます』

「えぇ……」


 それは少々理不尽じゃないだろうか……まぁ、本人がそう言うなら名前呼びのままでいいか。


『つか、センパイ。いきなり連絡してきたの、朱莉に言われたからっすか?』

「え?」

『朱莉から聞いてますから。朱莉がセンパイの家に泊まってるって』


 ま、マジか。言ってたのか、あの子……。


「ああ、いや、それはその……」

『別に気にしちゃいませんけど。ただ、朱莉傷つけたら承知しないっすからね』

「そういうことはしてないから!」

『どーだか……』


 みのりは呆れたように溜め息を吐く。なんだか実感籠ってるな……?


「ていうか、連絡したのは朱莉ちゃんに言われたとかじゃないし、2人が知り合いなのも知ってたわけじゃないから」

『ふーん?』

「……信じてねぇな」

『シンジテマス、シンジテマス』


 明らかな棒読み。あー、そうだ、こんな感じのやり取りをよくしていたなぁ。


「俺、久しぶりにちゃんと走ったんだ。つっても、朝のランニング程度だけど」

『へー』

「そんで、お前を思い出した」

『……そっすか。喜べばいいすか』

「喜んでくれてもいいぞ」

『じゃあ……喜びます』


 みのりはそう絞り出すように言って、黙る。

 ……いや、そりゃあ黙りたくもなるよな。いきなり電話して、久々に話す内容がなんかよく分からなくて。


「ま、まぁ、そんだけだ。悪かったな、突然電話して」

『……ふふ』


 なんだか笑われた。ぎこちないのが伝わってしまっただろうか。


『なんだか、求クンらしい感じに戻りましたね』

「え? 俺らしいって……つか、今名前――」

『そうだ。今度遊びに行くんで』

「は?」

『いや、朱莉からも誘われたし。それに……アタシも政央学院行こうかなって思ってるから、オープンキャンパスとか』

「そうなのか……? へぇ、凄い偶然だな。中学、高校、大学……3つも一緒になるなんて」

『……そりゃあ、それが目的だし』

「え?」

『自意識過剰だなーって言っただけです』


 ひでぇ。ぼそぼそ喋ってるから気になったけど、聞き返さなきゃよかった。


『ま、そんときはよろしくです。それじゃあ』

「え? あ、ああ……って切れた」


 一方的に通話は切られてしまった。相変わらず、分かるんだけど分からない奴……。


「先輩」

「うわっ!? って、朱莉ちゃんか……」


 どうやらついてきていたらしい。朱莉ちゃんは……何故か少し不機嫌そうに頬を膨らましていた。


「ええと……どうしたの?」

「それ」


 朱莉ちゃんは俺の口元を指差し、そっぽを向いてしまう朱莉ちゃん。な、なんなんだ……?


「朱莉ちゃん?」

「別に何でもないですー」


 結局、彼女が何を言いたかったのか分からないまま、俺達は部屋に帰るのだった。

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