第5話 友人に文句を言う話

『よぉ、求! 俺からのプレゼントは届いたかい?』

「ああ、今ここにお前がいたらぶん殴ってやるくらいには感謝してるよ」

『そっかそっか。それじゃあ俺は電話を発明してくれた故エジソンに感謝することにするぜっ』


 電話越しに聞こえる能天気な声に、俺はあまり怒るのも虚しくて、深い溜め息を吐くしかなかった。


『おいおい、溜息を吐くと幸せが逃げるっていうぜ?』

「誰のせいだ、誰の」


 宮前昴。俺の家に今日押し掛けてきた自称・借金のカタ(500円分)、宮前朱莉ちゃんの兄である。借金をしたのはコイツだ。


「昴、今までは何だったら取りっぱぐれてもいいと思ってたけど、本気で言うぞ。金返せ」

『そりゃあ殺生だぜ、求よぉ。色々な意味で』

「どういう意味だよ……」

『理由の一つはアレだな。ほら、彼女と旅行行く資金を貯めてる最中だから』

「あー自慢うぜぇ……」


 昴には彼女がいる。そこそこと言ってやりたいところだが、そんな誤魔化しがきかないくらいには美人な彼女だ。

 大学入ってから知り合った共通の知り合いではあるが、まさか前期の内に付き合いだすとは……まぁ、昴も中々に顔がいい。明るいし、女子人気も高いのだから、それこそ時間の問題だったとは思うけれど。


『うんざりした声出しちゃってるけど、求クン。お前もやっぱり彼女欲しいとか思うわけ?』

「そりゃあ欲しいだろ」

『へぇ、意外だな。今までそんなこと口にしてなかったのに』

「欲しいって思ってることを何でもかんでも口に出すわけじゃないだろ……」


 残念ながらこれまでの人生で親しくなった女子はいたし、現在も親しい女子はいるが、交際相手という段階まで進んだ相手はいない。

 それこそ彼女持ちが何たるかを知っている昴などに比べれば、それを知らない分執着も無いけれど、誰かと付き合ってみたいという気持ちはそれなりにある。


『でも、求ならオッケーだ。特別に許可するぜ?』

「なんで彼女が欲しいって話でお前に許可受けなきゃいけないんだよ」

『それは俺の口からは言えねぇな?』


 コイツ以外のどの口から出てくると言うんだ。いつもみたいに適当なことを言っているならそうと言えばいいのに。


『あ、ところでそこにマイシスターあっかりん、いる?』

「いない。風呂入ってるよ」

『なっ! お前まさか一緒に……』

「なわけあるかぁ!! 外だよ、外! アパートの廊下!! くそっ、怒られるからあんまり大声出させんなよ……」

『え、それは俺悪くなくない……?』


 いいや、昴が悪い。世の中のことは大体こいつが悪い。今はそういう気分だ。


「それで、朱莉ちゃんに用事? ついでにもう付き合わなくて大丈夫って言ってやってあげてくれよ。500円返さなくていいからさ」

『いや、金は返す! だからそれまでは代わりに朱莉にお前の世話させるからさー』

「お前、結構最低なこと言ってるからね? 500円のカタに実の妹差し出すとか映画でも見たこと無いから」

『まぁまぁ。朱莉も嫌がってないだろ?』

「いや、普通嫌だろ。兄の友達の家に泊まらされるなんてさ……」


 昴が大きく溜息を吐く。幸せが逃げるぞ――いや、いいか。逃げちまえ逃げちまえ。幸せだって昴なんかからは解放されたいだろう。


『求さぁ、今は普通とかどうでもいいの。俺が言ってんのは、朱莉が嫌がってたかってことだから』

「それは……嫌がってる感じは無かったけど」

『じゃあいいだろ。それとも求、お前朱莉のこと嫌いかよ?』

「別に嫌いじゃないし、いい子だと思うけど……」

『はっはっはっ! それを聞けて良かった! まぁ求のことだから心配してないけどさっ。朱莉が自分ちの風呂に入ってるっていうのに下心も見せないボンクラだぜ?』

「褒めてないだろ……」

『褒めてないけど、褒めてる!』


 彼のよく分からない返答に、俺は何度目かの溜息を吐いた。

 これじゃあアイツと俺の溜息の量が割に合ってない。ゴリゴリ幸せが削られていくぞ。


『とにかく、朱莉のことは頼んだぜ。なんたって俺の最愛の妹だ。何処に出しても恥ずかしくないやつだけどな!』

「お前、俺のこと以外にもこうやって朱莉ちゃんに迷惑かけてるんじゃないだろうな」

『はっはっはっ! んなことするわけないだろ。なんたって“一生のお願い”だからな!』

「500円ごときに一生のお願い使うくらいならさっさと返せよ……!?」


 ここまで話して、意外にも昴は本気だと分かった。こいつはこういう面倒な冗談を引っ張るような奴じゃないし。

 しかし、本気なら本気で色々疑うけれど。彼だけでなく、借金のカタになるなんてことを受け入れた朱莉ちゃんにも。


『とにかく朱莉のこと頼んだぜ? 泣かしたら許さねぇからな』

「ったく、大事にしてるのかしてないのか分からないな……でも、分かったよ。取りあえず今日は泊めるから。もう遅いし……もちろん変なことしないからな!?」

『わーってるよ。お前はそういうやつじゃないから信用できるし、めんどくさいわけだし』

「やっぱり褒めてないだろ」

『おう、褒めてない!』


 電話越しに大声で笑う昴。こいつも随分と楽しそうだ。

 なんだか兄妹ともども振り回してくるな。不思議と悪い気分でも無いけれど、疲れたと言えば疲れた。


「せんぱーい?」

「あっ、朱莉ちゃん……?」

「お風呂上がりましたっ。あ、お電話ですか?」


 朱莉ちゃんは自前のピンク色のパジャマを纏った姿で出てきた。長い髪に滴る水をタオルで丁寧に拭いながら。

 The・風呂上り。


『おっと、朱莉が来たか。……ん、求ぅ。興奮しちゃったかぁ?』

「してねぇ! もう切るからな!!」


 と、一方的に会話を切り上げ、通話を切った。最期まで昴は楽し気に、揶揄うように笑っていた気がする。


「兄ですか?」

「ああ……って、出てこなくてもいいのに。風邪引くよ?」

「いえ、暖かいですから大丈夫ですよ」


 朱莉ちゃんはそう楽し気に笑う。その笑顔は流石兄妹と言うべきか、昴によく似て感じた。


「先輩こそ、お風呂どうぞっ」

「なんか、楽しそうだね」

「はいっ、楽しいですから!」


 ああ、昴に対してもそうだったが、なんというかこういう邪気のない笑顔を向けられるとこちらの力も抜けてしまい、こっちも釣られて笑ってしまう。


 どうにも俺は、この宮前兄妹と相性が悪いらしい。勿論、悪い意味ではなく。

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