第3話 友人の妹と買い出しに行く話

「まったく先輩、折角冷蔵庫があるのに中身空っぽのままなんて、もったいないお化けが出ますよ?」


 最寄りの大型スーパーの中を物色しつつ、朱莉ちゃんは呆れたように笑う。


 外出に当たって朱莉ちゃんはセーラー服からTシャツ&ショートパンツというカジュアルかつクールビズな服装に着替えていた。

 着替えるなら最初からセーラー服なんて着てこなきゃ良かったのに。夏服とはいえ暑かっただろうし。


 あ、着替えの時はちゃんと外で待ってましたからね。自分の部屋で友達の妹が着替えているという状況はなんとも奇妙な感覚だったけれど。


「あはは、確かに」


 そんな彼女からの軽口に俺は苦笑を返す。全く持って否定のしようがありません。


 コンビニ弁当に依存した暮らしをし始めると、どうにも買い置きとかするのも億劫になるんだよなぁ。冷蔵庫も今では麦茶を冷やす専用機械になってしまっていて、正に無用の長物という他無い。


「ちなみに先輩。グラス洗いのついでにキッチンも少しばかり拝見させていただきました」

「え、そうなの?」

「当然です。先輩の生活環境を把握することも、兄の借金のカタとしての大事な責務ですから」

「大変なんだな、借金のカタって……」


 字面からはあまりなりたくない立場だけれど、朱莉ちゃんは随分楽しそうだ。

 このスーパーに来る道中も、容赦なく照りつける太陽と、足元から焼いてくるアスファルトが存分に熱してきているにも関わらず、ご機嫌そうに鼻歌なんて歌っていたくらいだし。


「先輩、調理道具が最低限揃っていたところを見ると、先輩も1人暮らしを始めた最初期は自炊をしようと挑戦されていたみたいですね」

「う……」

「しかし早々にドロップアウトしてしまい、コンビニエンスで24時間営業のあん畜生に依存する結果に……!」


 ぐっと拳を握りしめ、悔しそうに呻く朱莉ちゃん。

 何故そんなにコンビニを目の敵に……!?


「でももう大丈夫です! 私がコンビニ弁当を遥かに凌ぐ料理を提供し、先輩の心臓をばっちり射抜いてあげますからっ!」

「胃よりも殺傷性の高い部位に変わってる……!?」


 これは彼女がどんな食材を買うのか、しっかり見ておいた方がいいかもしれないな……と思う傍から、ポンポンと俺の押すショッピングカートへ野菜類を突っ込んでいく朱莉ちゃん。

 一見、適当に選んでいるように思えるが、実際には1つ1つをしっかり見て、厳選しているようで、こういった食材選びについての慣れを感じさせる。


「でも、なんだか不思議です」

「何が?」

「こうして先輩と一緒に食材を買いに来るなんて」

「あぁ……まぁ、そうだよね」


 俺と彼女の関係はあくまで兄の友人・友人の妹だ。全くの他人よりも、昴を通して断片的に情報を知っている分気まずい感がある。


「朱莉ちゃんも大変でしょ、借金のカタとか……昴が言い出しそうなことだけどさ」

「はい、兄にも困ったものです。私も振り回されちゃってます」


 なんて言いつつ、満更でもなさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「あっ、先輩! 今更な感じがしますが、なにか食べ物の好き嫌いはありますか? あと食べたいものとか」

「あー……いや、特に無いよ」

「もう、何も無いが一番困るんですよ?」


 そう少しばかりむくれる朱莉ちゃん。けれど、すぐに笑顔を浮かべる。


「まぁ、今はまだ先輩も私がどんな料理が得意か分かりませんもんね。なぁに、けれどそんな余裕も今の内ですよ!」

「なんで宣戦布告みたいになってるの……?」

「ふふふ。小学校の卒業アルバムに『将来の夢はお嫁さん』と書いたこの私にとって、キッチンやスーパーは戦場と同じですから。私のプライドにかけて、すぐに私無しでは生きられない体にしてやりますとも!」


 朱莉ちゃんはそう言って笑い、ステップを踏むように俺に近づいてくると、


――だから、覚悟してくださいね、先輩。


 そう、耳に吐息が掛かるほどの距離で囁いた。

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