Ⅴ, Fluct

チッチッと秒針が一定のリズムで一つの小さな円の上で歩み続けている。カーテンの向こう側では既に朝日が人々の意識を叩き起こしているであろう光が差していた。目覚まし時計のアラーム音が鳴動する。



───やっと、永遠にも思える夜が終わった。



アラームを止め上体を起こしストレッチをする。


昨日は久しぶりにあんなに激しく動いたせいか節々が痛い。懐かしの筋肉痛を前に感傷浸った後、眼鏡を掛けて時間を確認する。


6時30分。今日は少し早めに登校するとしよう。入学して次の日に遅刻なんて洒落にならないし、無駄に注目を浴びるのだけは絶対に避けなければ。


朝食には目玉焼きと白米と味噌汁。いつも通りの献立を胃にしまいこみ昨日作っておいた弁当を鞄に入れる。


身だしなみを軽く整えて制服に着替える。まだ着慣れないな。


鏡で襟元やネクタイをチェックする。よし、大丈夫だ。


そして最後に家を出る前に仏壇に手を合わせ挨拶を済ます。


毎日のルーティンを終わらせ俺は家を後にする。


「いってきます」を言わなくなったのはいつからだっただろうか。


現在住んでいる家は学校から徒歩30分程の距離に有るため、学校へは自転車で登校している。


正門を越え自転車置き場に駐輪をして、俺は教室へと向かう。5階にある1年生の教室まで階段で上がっている途中、ふと図書室に目が行った。


昨日の惨状が嘘の様に綺麗で静かな空間がそこにはあった。しかし、それ以上に驚く事があった。


関条七瀬。彼女がそこで本を読んでいた。

何事も無かったかのように。


暫く呆然としていると突然、


「だ~れだ」


後ろから目を隠された。古典的な…。


「やめろ亜麻鬼、指紋が付く」


「連れないね~」


ぱっ、と手を離した亜麻鬼は一歩進んで俺の顔を覗き込むようにした。


「何を見てたいんだい?」


そう言われ、俺は拭き終えた眼鏡を掛け直し再び図書室の方へと視線を向ける。関条は相変わらず読書中だ。亜麻鬼は関条を視認すると。「あ~な~るほどね」と軽快にステップを踏んだ。


「何で居んの?って事でしょ?けいちゃんルール知らないの?」


「なんだその変なあだ名は」


「良いじゃんか♪呼びやすいし」


「好きにしろ…。それよりルールっていうのはどういうことなんだ何故関条は生きて此処にいる?」


確かに関条は死んだはずだ。この目で確認した訳では無いから確証は無いが、俺があの時生き返ったのはつまり決闘にケリが付いたとそういうことになるはずだ。


なのに、何故?


亜麻鬼は暫く考える素振りを見せると上を指差した。


「屋上行こっか」


そう促され俺は屋上へと向かった。


「それで此処に連れて来たのはどういう了見だ?」


「まああそこだとちょいと危険だからね。繋ちゃんがルールを知らないのを知られたらそれだけリスクが高くなる。俺としても、それは避けたい」


成る程。確かに初心者狩りの様な場面に出くわすのは御免だな。


「それじゃあ簡単にルールの確認をするとしよう」


ピンと人差し指を立てながら亜麻鬼は解説を始めた。


「まずこの決闘は放課後、午後6時チャイムを以って開戦とする。俺達参加者インビディアはそれぞれ与えられたタロットカードに付随する能力を駆使して戦闘を行う。繋ちゃんも貰ったでしょ?」


亜麻木が懐から悪魔の描かれたDevil《デビル》のカードを取り出してみせる。


「ああ。因みにその『参加者インビディア』は今何人いるんだ?」


「さあね。脱落者とかの情報は伝達されないからね~」


両の手を上げる亜麻鬼。


「だ・け・ど…『最低』でも19人。これだけは解る」


「19人?関条は分かるが残りは?」


「ああ、繋ちゃん以外にも決闘を起こした奴が居るのよ。俺らの勝利条件にも繋がる大事な理由がね」


勝利条件。ずっと謎だった物の一つだ。


「進級条件さ。俺達『参加者インビディア』は、進級するために自分のタロットを含む2枚のカードを持っていなければならないんだ。だから繋ちゃんはもう逃げ続ければ勝手に進級できるよ♪」


「それで19人か。ということはお前のさっきの『最低19』というのは…」


「そ。2枚以上集めて候補者を減らす奴等がいるってわけ。だから俺が認知していないだけで脱落者はもっといるかも知れないってこと」


成る程厄介だな。そいつらには細心の注意を払っておかなければ…。


「常に慎重に行動するに越したことはない。この戦いはゲームマスターのような人間でさえも示唆されていない。何の情報も俺達には与えられないんだ」


「情報戦って訳だな」


「そゆこと。持っているタロットの数、能力、仲間の有無、時には自分の名前さえも。情報一つで死ぬ人間が変わるのさ」


「……」


どおりで亜麻鬼があんなすんなり下についた訳だ。『あの人』はそれを知っていたからこんな事が出来たのか。


「俺だってこんな所じゃ終われない。何を利用したって、どんな苦汁を舐めることになったって、俺は俺の欲しい物を必ず手に入れる」


「俺もその対象ってわけか」


「当たり前じゃん。…けど今じゃない。今はあまりにも『分が悪すぎる』。


亜麻鬼は俺をじっと見つめた。俺は居心地の悪さもあって話題を変えた。


ちなみに敗北したらどうなる?」


「敗北かぁ。まあ知ってると思うけど死んだら負け。別に本当に死ぬわけじゃないけど…ある意味では『死』、かもしれないね」


「回りくどいな。どういうことだ?」


「この決闘に関する記憶を全部消されてポイ捨てって事」


事も無げに亜麻鬼は話して見せる。確かに俺達からすれば『死』も同然だな。


「だが…」


「分かってるって。関条ちゃんでしょ?退学は別に直ぐにじゃあ無い。敗北した年度末に

『ポイ』されるのさ。だから関条ちゃんはあそこでのうのうと読書しているわけ」


「自分が年度末に退学になることも知らずにか」


亜麻鬼が突然「アハハ」と快活に笑い出す。


「平然と言うね~!そうさせたのは繋ちゃん自身なのにさ~」


「彼女が弱かっただけの事だ。戦闘面でも覚悟という面でも。…それにどのみちお前だって『そうする』つもりだったんだろう」


「ンフフッ。もちろん」


するとチャイムがなった始業の5分前だ。「そろそろ行こっか」と亜麻鬼に肩を叩かれると俺も後に続いた。


すると亜麻鬼は後ろを振り返って。


「にしてもこんな基本事項も知らなかったの?メール来なかった?」


「来なかったし興味も無かった。負けるつもりは元より無いしな」


「わおすご~い。いや~やっぱり楽しくなりそうだな千世センセイの言う通りだ♪」


教室へと行く途中、視線を感じた。それも一つだけじゃない。3つ、いや、4つか。


近いうちに顔を合わせることになるだろうな。


「あっそうだ、最後に一つ」


どれだけ強いのか想像もつかない。どんな願いと想いを抱えているのかまるで分からない。


「決闘前にはこの合言葉を言うんだ」


だが関係ない、この戦争勝つのは『俺達』だ。


「Fluct《フラクト》、とね」

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