Ⅱ,Contact

 閑散とした学校は些か不気味に感じる。


 廊下の窓からは夕陽が差し込み、外からは野球部の声とカラスの鳴き声が時折聞こえてくる。

 時々すれ違う先生方に会釈をしつつ図書室の前までたどり着いた。


 意を決して扉を開ける。だが人の気配は無かった。やはりイタズラだったのだろうか?ひとまず図書室をぐるりと一週してみる。


 図書室には入ってすぐに大きな丸テーブルが2つ置いてある。その先には図書室の半分を埋め尽くさんばかりの本棚が左端から4列に渡って設置されている。また、本棚は両側から本を取れるタイプの棚であった。ベタな恋愛ものでよくあるやつだ。

 その本棚の先には自習用の長机が置いてあるが、やはり誰も居なかった。

 また、司書の先生もいらっしゃらず、時計の針が時を刻む音だけがやけに大きく聞こえた。


 本棚の間をうろうろしていると気になる本がおいてあった。適当に目に留まった本を手に取って読んでみる。本は面白い。新書にしろ小説にしろ、自分の知らない世界を、新しい世界を見せてくれる。この日常にはない特別なものを。




 不意に気配。周囲を警戒し注視したものの何もいなかった。変わりに足元にさっきまでは無かった一枚の紙片が落ちていた。


 そこに書かれていた謎の英単語を何となく俺は口にした。


 『Fluct』


 誰かのイタズラだろうか?

 そうして本を棚に戻そうとしたその時だった。


 「ガタッ」


 前後の本棚が揺れた。地震かと思ったが俺自身は揺れを感じなかったため、一体何が起きたのかと後ろを振り向いた途端、本棚が突然前後から迫ってきた。それも凄い勢いで。

 咄嗟の出来事に対応が遅れた俺はそれらに挟まれた。本が大量に乗っていることもありかなりの衝撃を全身に食らい一瞬パニックになった。


 本棚はなおも勢いを止めなかった。落ち着きを取り戻した俺は本棚を手足と体で押し隙間を作ると、本を片足であらかた蹴飛ばしその隙間をくぐり抜け脱出した。


 安心したのも束の間また本棚が前方から押し寄せてきた。今回はそれをいち早く察知できたため、横にダイブしてかわし、本棚のない長机の方へと走って回避した。


 呼吸を落ち着けながら出口からの脱出を図ろうと自分が入ってきた所を見ると、扉の前にあの時すれ違った女子生徒がいた。申し訳なさそうに顔を伏せて。

 しかし、女子生徒は俺を視認するや否や表情を変え、彼女の前にあった丸テーブルをぶん投げた。手を触れずに。


 俺は咄嗟にしゃがんで回避した。

 そうして俺は、何故一度すれ違っただけの女子に殺されそうになっているのかようやく理解した。


 「これがあの人が言っていた、『決闘』か」


 そうこれは『決闘』、それぞれが特別な力を用いて行う、殺し合いだ。


 あちらが殺す気ならこちらも応戦しよう。どうせすぐにこの長机も吹き飛ばされる。俺はずれた眼鏡を直して、素早く側に落ちていた広辞苑を手に取った。

 これまでの攻撃で、彼女がサイコキネシスを使うことは分かった。ならばチャンスは彼女が俺に向かって「投げた」直後。


 そして女子生徒が手をこちらに伸ばしたタイミングとほぼ同時に、ジャンプして長机を飛び越えた。一瞬下にあったはずの長机はとんでもない勢いで視界の端へと消え、背後で破壊音が響く。


 彼女は自分の左前に置いてあった椅子を5つまとめて「投げた」。ジャンプを予測してか上半身を狙った攻撃をスライディングでギリギリかわす。即座に体勢を建て直し予想外の事に驚いている隙に、俺は広辞苑を容赦なく振り下ろした。はずだった。


 広辞苑は何故か俺の顔面を直撃した。粉々になった眼鏡が皮膚に刺さる。彼女は咄嗟に振り下ろされた広辞苑を俺に「投げた」のだ。

 接近戦に持ち込もうともう片方の手を伸ばした時、左肩に鋭い痛みを感じた。ボールペンだ。彼女がカウンターの上にあるボールペンを「投げて」刺したのだ。


 その後は本当に一瞬だった。


 彼女は周囲に散乱していた大量の本や文房具、終いにはもう1つの丸テーブルまでを滅茶苦茶に「投げた」。壁に叩きつけられ体中を打ち付けた俺に、止めと言わんばかりに彼女は俺を挟もうとした本棚を2つ、3つ思い切り「ウアアッ!」という叫びととも「ぶん投げた」。


 ふと彼女と目が合った。

 その目は何かを渇望していた。どんな手を使ってでも手に入れたい、そんな燃え盛る激情が彼女の中から溢れ出ていた。


 やめてくれ。

 そんな顔をするな。

 イライラするんだ。


 昔の俺を見ているようで。


 本棚が思い切り叩きつけられ轟音が鳴り響いた。


 そこで俺の意識は完全に失われた。

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