とある吞兵衛の食道楽々な探索隊

大虎龍真

第1話 嗚呼! 麗しの宇和島鯛めし!




 よく、「本当に美味しいものってヤツはすぐ東京に来るものなんだ」などと言う人がいる。しかしこの言葉、おいらにとっては全くの嘘である。この言葉が本当であるのならば、宇和島鯛めしは何処の居酒屋、和食店でも注文でき、食べられるものでなければおかしい。



 コイツと初めて出会ったのはもう10年以上前になる。四国に友人が多数できた関係で、この素晴らしき土地を初めて堪能させて頂いた時のことだ。


 四国といえば当時、おいらの中ではうどんだった。

 今でこそ共通認識みたいに四国と言えばうどん、だなんて、脊髄反射的に思い浮かぶ人が大多数だが、当時は四国と言えば土佐、土佐と言えば坂本龍馬、そして鰹。つまりは高知だった。

 ところがおいらは住んでいた地域に『はなまるうどん』ができて、さぬきうどんの美味しさにドハマりしていた最中だったのだ。


 喜び勇んで四国だけに入国したおいらを、香川と徳島在住の友人たちは様々な地元民イチオシのうどん屋に連れてってくれた。

 後々数えてみたら、午前に2軒、午後に3軒と、1日に計5軒うどん屋を廻るなんてこともやっていた。今やったら腹が死ぬ。

 しかし、何よりも驚いたのは1日5軒も回ったにもかかわらず、かかったうどん代は僅か千円少々だったことである。東京近郊、ってか関東圏だったらそんだけ廻ったら3千円は下らないに違いない。下手をすれば5千円超える可能性だってある。一玉200円しかしないのにその5倍近く値段の高いものより何倍も美味いうどんが食べられたのだ。

 正にその時は、


 ここは天国か!?


 と、思ったものである。

 後から数えてみると四国への往復の移動費と、都合2泊3日間の宿泊費を合計したメシ代はほぼトントンだった。地元民の的確かつ丁寧な案内があってこそだったが、おいらに、『四国はモノの値段が違うゼ!』と印象付けるには充分だった。用意していった軍資金が半分近く余ったのだから。



 2日目の夜の事である。

 その日も朝に冷たいうどんを喰い、昼に釜玉うどんをすすり、おやつ代わりに納豆やとろろ、オクラなどねばねば素材がたくさん盛られた特製ねばねばうどんを食し、夜にたらいうどんをまるでお鍋の如く仲間全員でつついた。見事にうどんだらけだ。

 その後軽く呑んで、仲間とおさらばした後、ホテルの前で一息ついたおいらは考えた。

 寝る前にちょっと豪勢なモンでも食べたいな、と。

 場所は徳島県鳴門市。

 それ程都会というワケでもないが、街のそこかしこに呑み屋が点在しているのは前日確認済みである。


 その中の一軒の暖簾をおいらはくぐった。

 小さなカウンターと、申し訳程度に置かれた2人用テーブルと椅子が2組存在するだけのこじんまりとした店。

 客はその時誰もいなかったが、柔らかな光に照らされた店内は居心地よさそうだ。

 うん、ここにしよう。ここがいい。

 そう思って、大将の前の席に陣取った。

 麦酒を1杯注文し、お通しをちょこちょこ摘まみながら大将との挨拶代わりの会話にしばし興じる。


「何処から来たの?」


「埼玉ッスよ。場所分かります?」


「知ってるよ。クレヨンしんちゃんの場所だろう?」


 そういえば四国を訪れての一番のカルチャーショックはこれだった。

 四国の人間にとって、埼玉という土地は大宮でも浦和でも川越でも所沢でも川口でもない。ましてや浦和レッズでもない。

 アニメ、クレヨンしんちゃんのお話の舞台、春日部であったのだ。


 これは本当に、当時のおいらにとっては新鮮な驚きだった。埼玉に住まうものにとって春日部とは、割かし埼玉県内でも歴史深い土地であるくらいで、失礼な話だが、かなり地味な印象の土地だったのだから。


 因みに大将に埼玉の場所の話を振ったのは今思うと失礼な話だが、四国の会う人会う人が殆どと言っていいくらい埼玉の正確な場所をご存じなかったから、という言い訳をしておく。

 とにかく皆が皆、東京の直ぐ真北の土地だとは知らない。

 東北だっけ? 何て言う人がいたり、名古屋とかの方? って言う人がいたり様々だ。果ては関西だっけか、なんて言う人までいた。

 四国の友人たちも半分以上が埼玉というだけではピンと来ていなかった。そんな中、一人が皆に言ったのだ。


「クレヨンしんちゃんの場所だろ? 春日部だっけか?」


「ああ、防衛隊?」


 その瞬間、皆が一斉に得心したという表情を浮かべたのは良い想い出だ。


 前置きはこれぐらいにしよう。

 注文を聞かれたおいらは、逆に大将に「おすすめってありますか?」と訊く。

 初めて訪れた店では、店員か大将とコミュニケーションを取れるならばその店のその日のおすすめを訊くのがマストだと思っている。


「おすすめか、アンタ旅行者かい?」


「うん。明日帰るんでね。出来ればこの土地ならではのモンを喰いたいな」


「それなら鯛めしはどうだい? うまいよ」


 そう言って大将が出してくれたのが、この土地ならでは料理『宇和島鯛めし』だった。所謂正式名称を知ったのは後々の事だ。何しろ、


「こっちではこれを鯛めしと呼ぶのさ」


 などと言って出されたのだから。


 その姿は一言で言えば、超高級な卵かけごはん。

 卵かけごはんが嫌いな人、殆どいないでしょう? 寧ろ好き、って人多いんじゃあない?


 おいらはまあ、割と好きだけど、やるのは旅館の朝とか、おかずとご飯のペース配分間違って、ご飯だけ残ちゃった時に、


「あ、冷蔵庫に卵あるよ。生でもまだダイジョブなやつ」


「お、ありがてえ!」


 ってな具合に食すカンジで、そんなに意識したことが無かった。


 それがまあ、鯛の刺身と色とりどりの海藻が共に出汁醤油の中に漂い、中心に生卵がぽこんと浮かんでいるワケさ。そりゃあまあ、どんぶり飯にぶっかけるしかないよね!

 んで、箸を持ってワシワシ食うのさ。

 そりゃあ美味いよ。


 某たったひとりでグルメ楽しむ深夜ドラマで主人公が同じものを食べて、


「チョット待ってぇ~、美味過ぎて脳がフリーズした」


 みたいなことを言ってたけど、もう本っ当にそんな感じになる。上手い表現するモンだなあ、などと思った記憶がある。


 とにかく美味い、脳がシビれるほどに。鯛の刺身と生卵がこんなに合うなんて知らなかったし、四国の海藻類はとにかくオイシイ。付近の海で採れるワカメなんかはコリコリと弾力と歯応えがあって噛めば噛むほど出汁を口の中に吹き出してくれる。


 鯛のうま味と出汁のうま味、海藻のアクセントが渾然一体。追っ掛けてくる醤油の香りと米の食感と僅かな甘み。

 嗚呼。口の中がシアワセだああ~。


 気が付いたら平らげてたよ。どんぶりの中は空さ。


「もう一杯行くかい?」


 なんて、大将に笑顔で言われちゃあ、もう、こう答えるしかないよね。


「おぉお願いします!」



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