第27話 開幕ベル


「とっくに10分過ぎてるじゃないか…」


武内は立ち止まると腕時計の文字盤を何度も見返す。

進学のお祝いに姉が買ってくれた精工舎の物だ。

地味なデザインだが質実剛健な作りが武内の性分には向いている。

姉もそう考えて贈ってくれたのだろうか…?


前を見ると霧の中に人影が見える。

加藤教授だ。


列順は鴉が先頭に立ち次に中田

体力的に自信が無い教授を中田と挟む形で、しんがりは最も若い武内だった


人影は立ち止まり、此方を見ているようだ。

心配して待ってくれているんだろう


武内が歩き出すと人影も前に進みだした。


「全く…勝手な奴だよな」


鴉は、映画館と呼ばれる道に入る前に今まで通りの間隔10メートルに10分置きの休憩を加えた。


間隔10メートルは、あくまで目分量だが時間は全員で腕時計をセットするくらい

彼女は気にかけていた。

最初の二回は、キッカリ10分で全員が集まった。

だが、三回目の休憩が何時まで経っても無い




最後の休憩から30分過ぎている


時計が狂っているのだろうか…?


狂っているのだとしたら、鴉が腕に巻いてたドイツ製の軍用時計の方だろう


あの時計、ナチの下士官から貰ったのだろうか?


「あーっ!やめ、やめ!」


武内は頭をかきむしった。


見てくれだけの期待外れな女だと理解しただろ!

自分勝手な奴!

他人に拳銃を持つなと言いながら自分は、ちゃっかり持ってるような女だ。


自分勝手や気性が強いだけなら、まだ良い

致命的なのは他人に対する共感の無さ

今から殺されると分かっていながら、あの大学生達を切り捨てに出来る人間性だ。


結局、その人間性が災いして彼女は此処から離れられないのだろう

人間誰しも欠点はあるが、あそこまで冷淡では人は寄り付かない。


彼女が自由に歩き回れる此処、この場所なら

人間性がどうであれ人は彼女を頼るだろう。


多分、学校で腫れ物でも触るように扱われているか

それとも全く人から相手にされていない彼女にとって

この狂った様な山が最も居心地の良い場所なのだ。


心持ち一つで幾らでも幸せになれる様な容姿を持ちながら

彼女は魂の監獄の牢名主を選択してしまったのだ…


「…ゴミ?」


知らない間に道の舗装は無くなっていた。

その道幅一杯に靴やらリュックの破片が散らばっている。


道の中央が抉れ「此処で地雷が爆発しました」と主張し

道端に生えた樹木の数メートル上にボロ布の様な物がぶら下がっていた。


何人もの遺体を見たからか、そのボロ布が地雷の犠牲者であると武内にもすぐに分かった。


「地雷原だ…」

歩いたからではない汗が冷たく背中を流れる。


「か…加藤さん!先生!地雷ですよ!」


先に見える人影に武内は叫んだ。

人影は立ち止まってはいるが反応は無かった。










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