神詣 カミモウデ

@zone1943

第1話 統制

長い山道を抜け、統制型エンジンは金属が擦れる音を立てながら

山頂近くの広場にバスを押し上げた。


民間で標準型と呼ばれるソレは排気量2000cc、6気筒に統一され80馬力を絞り出す。

官民関係無くトラックからバス、果ては乗用車にまで搭載されたエンジンだが

当然ながら、トラックからしたら非力であり乗用車からしたら重いのだ。

だが、生産性と整備性を保証する為には仕方がない処置だろう。


バスからしたらどうなのだろうか?

ただ、盛大な排気音はバス向きとは言えない。


中央線のデゴイチの方が遥かに静かだったと

中津川駅からかれこれ三時間は揺られている若者は思った。


そのガラガラと空き缶を引き摺る様な騒音は、ずいぶん前から山の静粛を破っていたようで

停留所でバスを待つ人々は荷物を抱え乗り込むばかりなのが見える。


バスは黒煙を上げ停車すると終点である事を車掌が告げ扉を開けた。


バスを降りると車内の低い天井からは伺えれなかった高い秋の空に若者はホッとする。

未舗装の地面を靴裏に感じながら一時間ほど前の休憩でしたように

彼は深呼吸をしバスからの解放を喜んだ。


「降りた乗客は一列に並べ」


カーキ色のコートを着た男が乱暴に彼の袖口を掴むとバスの入り口に引き戻した。


停留所の隣にはカーキ色のジープが停められている。

米国の軍事支援の一環として生産設備を貸与され日本で生産した物だ。

その為、左ハンドルのままであるが米軍のソレと全く同じではなく

幾分、車高を上げるなど未舗装路が大半の日本向けに改善されている。


そのジープの隣に簡素な机が置かれカーキ色の男たちが乗客を出迎えてくれた。


ジープと同じく米国製の軍服に軍靴。

米国製の半自動小銃かパイプを溶接したような機関短銃を持ち

遠目では、まるでアメリカ兵だ。


彼等の提げている軍刀のみが日本軍である事を頑なに主張しているかのようだ。


「ふん…学生が何をしに来た?」


椅子に座った古参だろう上等兵が若者の学生証を開き一瞥すると机に放り投げた。


近隣の住民だろう乗客は、彼の横を素通りしていく所からして今されてる質問は誰にでもする訳ではない。

つまり、特別であると言う事が分かる。


若者は憲兵に怪しいと目を付けられた訳だ。


「最近、哨戒線を越えようって者が増えてねぇ…悪く思わんでくれたまえよ」


年配の曹長が人の良さそうな顔で笑いかけた。


「ほう、愛知一中か優秀じゃないか!」

曹長は若者の学生証を開くと大袈裟に驚いて見せた。


「軍に入ったら上官殿だぞ!愛想よくしとけよ家田?」

先ほどの上等兵の肩を笑いながら叩くと曹長は学生証をケースから出し裏面を確認する。


「以前捕まえた奴は帝大生だったじゃないですかぁ!」

家田と呼ばれた上等兵は口を尖らす。


「ソイツはナチの軍服に憧れて哨戒線を抜けようとしたんだが、お前はどっちだ?」

家田は更にネチネチと尋問を続ける。


「青色か褐色か…ですか?」


家田の襟元から見える青シャツが与党大政翼賛会の私兵組織である国民義勇軍の証しである事は子供でも知っている。

戦争が始まる前、ナチス親衛隊の褐色シャツにヒントを得て

親ナチ派の議員等が作らせた物だ。


ソ連侵攻から僅か一年でモスクワを陥落させたナチスに日本中は熱狂した。

スターリンは無様に死刑となりソ連は解体。

ソ連頼みだった中国共産軍は日本に降伏、帰順した。

アメリカは日本との開戦がナチスとの開戦とイコールである事を恐れ沈黙し

日本は対米開戦の難を逃れたのだ。


熱狂、熱狂であった。

ナチスが何処かの都市を陥落させる度に日本は提灯行列と万歳三唱のお祭り騒ぎとなり

子供たちの間ですらナチス式敬礼が流行った。

一番日本人の知っているドイツ語は

「ハイル、ヒットラー」

であると新聞が書き

全国でヒトラーユーゲントの模倣組織が勝手に設立され親達は挙って我が子を入隊させ

若者達はドイツ語を学んだ。


その二年後に国民党支配地域に希少金属を求めたナチスが侵攻するまでの短い蜜月であったが…


名誉アーリア人の義務として劣等種のユダヤ人を抹殺すべきだと主張する議員まで現れた日本のナチス万歳ぶりを見れば

ナチスは戦わずして日本を支配下に置いたと考えても良かった。

が、自国で産出できない資源を他国頼りにはしないナチスの冷徹さを日本人は理解していなかった。


そんな頃に青シャツは作られたと言う訳だ。



「なっ!何を貴様ぁ!!」


親ナチと呼ばれる事は最大の侮蔑である。

家田上等兵は安物の官給軍刀に手をかけた。











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