帝国対王国
「【
ヴェントは簡易詠唱で魔法を展開する。
展開された数十、数百の小さな矢が帝国兵達が居るであろう場所へ向けて放たれる。
しばらくして放たれた方角から幾つもの悲鳴が上がり、それを確認したヴェントは再び同じ方角に魔法を放つ。
しかし、二度目の攻撃は思ったよりも被害が少なかったようで、敵がこちらに向かって来る気配を感じる。
「ん~、思ったよりも減らせなかったか。まぁ良い」
自分だけで敵戦力の二割は削れると思ったが、そう上手くは行かなかったようだ。
だが反対側を担当しているマリナが仕事をしてくれたようで、そちらの数も合わせれば二割強は減らせただろう。
初動としてはまずまずだ。あとは……
「【森の囁き】」
先程とは別の魔法を起動すると、地面に小さな幼木が出て来る。
『只今より帝国軍との戦闘状態に入る。敵の残存兵力は七割弱。こちらに四割、そちらに三割弱だ。各自気を引き締めろ』
幼木に向けて話し終わると、幼木はスッと地面の中に潜る。
遠方の仲間への伝達などに使えるこの魔法は、地味だが優れものだ。
予め自分に付いて来させるメンバーは決定しておいたので、どちらにどの程度の兵力が残っているのかは今ので分かるだろう。
「さて、始めるか」
暗闇に包まれた森の中。静かに始まった帝国と王国の戦いは、思わぬ終わり方を告げる事となるのを、誰も知りはしなかった。
◇ ◇ ◇
「右側、敵影三人!」
「了解です!」
「左後ろに敵二人居る」
「あいよ!」
戦闘が始まってどのくらい経っただろうか。俺はレーヴェとナディアとチームになって、ヴェントと同じ方角を担当している。
帝国兵達は俺達だけで既に数十人は倒した……と思う。
常に移動し続けているので、敵がちゃんと死んでいるかなどの確認はしっかり取れていない。
とにかく敵を見つけたら先手を打って一撃入れて離脱、と言う戦法を取っている為にそもそも確認している暇がないのだ。
「これ本当に倒せてるのか?」
「攻撃を受けた敵の大半は動けなくなってる。死んでいるかは分からないけど、確実に戦闘続行は難しい」
ナディアは攻撃した敵の状態をしっかり感知していたようだ。
もしかしたらその中の数人は他の帝国兵に回復されているかもしれないが、既に相手の隊列はバラバラで纏まった動きも出来ていない。
確かにこれなら俺達でも帝国兵を追い払う事は出来るかも知れない。
そう思った矢先、俺の少し先を走っていたレーヴェが木の根に足を取られて転んでしまう。
「レーヴェ!? 大丈夫か?」
「す、すみません。少しふらふらして……」
魔力の枯渇……はレーヴェに限ってはあり得ないだろう。
そうなると単純に体力が限界になって来たか。
走り続けながら魔法を撃ち続け、常に囲まれない様に敵の位置を確認して移動する。
まだ実戦経験の浅い俺達では、集中力を維持し続けるのはここらが限界か。
「どうする、離脱するか?」
ヴェントは無理そうなら離脱しても構わないと言っていた。
自分の限界を見極めて、引くべき時は素直に引かせる為だろうな。
「いえ、大丈夫です」
「そうか……一応休憩するから、無理するなよ?」
レーヴェは大丈夫だと言っていたが、案外自分の身体と言うのは分からないものだ。
一旦隠蔽魔法を駆使して、小休止する。
今のうちに魔力や体力を微量でも回復させ、精神的にも落ち着きを取り戻そう。
そう思う俺は、意外な事にまだ人を殺すのに抵抗があるらしい。
正直この世界に転生してから、人が死んでるのを見るのは日常茶飯事みたいな所があったからな。
まだ自分に人間性が残っていると思うと少し安心した。
「リノ、大丈夫?」
「大丈夫……だとは思うけど」
俺は懐からマナミントを取り出す。
一口齧ると爽やかな風味と共に頭の中がスーっとして意識が覚醒し、魔力も少し回復できる薬草だ。
決して怪しいおハーブではない。断じて。
「敵はあとどのくらいだろうな。ヴェントが結構減らしてくれると助かるんだが……」
ヴェントは俺と同じ植物魔法が使える人間だったのだが、その練度が俺とは比べ物にならない程高かった。
あの【
植物魔法であれほどの広範囲・高火力の大魔法があるなんて……。
転生した記憶がある分、逆に植物に対しての思考が凝り固まっているのかもしれない。
もう少し柔軟に、色んな発想を駆使して魔法を使って見ようか。
「……さて、そろそろ行けるか?」
「はい。十分回復出来ました」
「うん、いつでも」
ほんの少しの休息だったが、他の二人も大丈夫そうだ。
よし、と立ち上がって次の敵を捜索しようとする俺の首を、純黒の刃が掠めた。
「あ、っぶね……」
【世界の眼】を使うのがあと数秒遅れていたら、俺の首は今頃宙を舞っていただろう。
思っていた以上に自分たちは油断していたようだ。
「おや、外したか……。いや違うな、お前……アレを避けたのか?」
どこからとなく暗闇から声が響く。やはり帝国兵のようだ。
そしてこの気配遮断の練度からして、一般兵ではないだろう。
「うわっ!」
「くっ……」
俺に襲い掛かったのと同じ凶刃が二人にも襲い掛かる。
なんとか弾いたり避けたりしているが、この暗闇の中で黒い刃はとてつもなく確認し辛い。
「暗闇が味方するのは、お前達だけとでも思ったのか?」
相手は意外とお喋りなのか、こちらに話しかけながら刃物を投げつけて来る。
それでいて一切気配が捕らえられないのだから不気味だ。
「お喋りな奴だな。そんなに話し相手が欲しいならペットでも飼ったらどうだ?」
「……俺がペットを飼うとつい加減出来ずに殺してしまってな」
そんな情報聞きたくなかった……。
と言うか真面目に答えんな。集中力削ろうと思ったこっちが削られるじゃねえか。
「だからお前達は……簡単に壊れてくれるなよ?」
敵は笑みを浮かべているのが分かるかの様な声音で語り掛ける。
その様子に、俺は静かに戦意を滾らせるのだった。
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