第24話 変わったな

 小一時間で京都に着いた僕らは、宿泊予定のホテルに入った。真白は僕らの一団の最後尾にしれっとついて、あたかも先生ですよみたいな雰囲気で一緒に入場していた。……ALTの先生かな。銀髪だし。

 さて、まあそこまではいいとして、問題の局面に入った。

 いかにして周りにバレずに真白を部屋に入れ、猫になってもらうか。

 第一に、修学旅行のホテルの部屋は男女で分けられている。それは教員も同じ。男性教師は男子生徒の部屋を巡回するし、女性教員は女子生徒の部屋を巡回する。当たり前だね。つまり、男子の部屋があるフロアに真白がいること自体ナシよりのナシなんだ。論外。真白には僕の部屋番号を前もって伝えてはいるけど、部屋の前までたどり着けるかどうかも怪しいところがある。先生にも、生徒にも見つかっちゃいけないんだから。夜中に女子の部屋に忍び込むのとは桁違いに難しい。

 第二に、仮に真白が上手いこと部屋の前に到着したとして、相部屋の他の生徒三人にバレずに部屋に向かい入れるか。

 ……一応、真白にはこのふたつの壁を突破して正攻法で来てもらうようにしているけど、どしても無理な場合は、奥の手を用意している。

 同じ班の男子を含む三人はベッドの上に転がってゆっくりしている。おのおのスマホをいじっているあたり、ほんとにサバサバしたメンバーみたいだ。

 僕は時間を見て「ちょっとジュース買ってくる」と言い部屋を出る。やはり真白は部屋の前にいなかった。

「……まあ、仕方ないよな……」

 奥の手を使うしかないか。僕はそのままエレベーターに乗って、一階のロビーに降りた。無人のエレベーター前には、キョロキョロと辺りを見回して立ち尽くしている真白がいた。

「……やっぱり無理だった? そう言えば、スーツケースは?」

「無理でしたー。先生とちょくちょく会いそうになってしまって、なかなか優太さんの部屋のあるフロアに行けなくて。スーツケースなら京都駅のコインロッカーにまた預けちゃいました。そのほうがいいかなって思って。着替えとか必要なものだけ小さいバッグに詰めて来ました」

「……確かに。そのほうがよかったね。……で、ここは最後の手段を使おう」

 真白を連れて、一階ロビーの人目につきにくい場所へと移動する。

 フロントの人の視界にもギリギリ入らず、人も滅多に通らないスペース。

「……猫になったら、素早く持ってきたカバンのなかに入って。荷物やその他諸々は僕が回収するから」

 人目につかないところなら、人から猫に変わることはできる。逆はリスクがとても高くて無理だけど。

「わ、わかりましたっ。で、ではいきます──」

 僕が選んだのは、部屋の外で猫になってもらって僕が回収していくというもの。まず誰かに見られるとアウトというのと、猫になった瞬間、僕しかいないところに女性用の服とかが落ちることになって、リスクがある。

 しかし、真白に野宿させることに比べてしまえばこっちのほうが安全だろう。荷物もあるし、猫だろうが人だろうが野宿は危ない。

 そう言うと真白はモヤを一瞬だけ立てて、白猫に姿を変えた。僕は手早く落ちた今日の真白の服とかをカバンに詰める。真白も同じカバンに飛び込んだ。

「よし……じゃあ、部屋入ってからは静かにするんだぞ」

「……ニャニャ」

 途中先生ひとりとすれ違ったけど、かばんの中身に気づかれることはなく僕は再びエレベーターに乗って部屋に戻った。

「おー、北郷おかえりー。あれ、ジュース買いに行ったんじゃないの?」

「あ、財布忘れちゃって……ははは」

 部屋に戻ると、同じ班の男子が僕に話しかけてくる。

「意外とドジかますんだな、北郷も」

 軽く笑いつつも、彼はまた注意を手元のスマホに戻した。

「あ、あれ? 他のふたりは?」

「別の男子部屋行った。ご飯までトランプやるんだってさ」

 なら都合がいい。僕は自分のベッドの近くに置いたスーツケースとはまた別の、持ち運び用の小さいバッグに真白が入ったかばんを詰める。口は一応閉めないでおく。窒息されたら大変だしね。そのバッグをスーツケースの持ち手の部分に引っかけるように置き、万が一誰かが踏んだりして真白が悲鳴をあげる、というハプニングも避けておく。

 これで大丈夫かな……。

「ところでさ。北郷もあんな優しそうな顔するんだなーって、思って」

 とりあえず安心して、ベッドに腰かけると、再び彼は僕に言った。

「普段は誰とも自分からは関わらないのにな」

「……いきなりだね……動物見るのは好きだからさ」

 嘘はついていない。

「そうなんだ。ああ、でも風邪引く前、木の上に登っていた猫助けてたもんな」

「……見てたの?」

「教室から見えた。なんか木に登ってる奴いんなーって思ってたら、北郷でちょっと意外だった」

「……そ、そうですか」

 恥ずかしい。いや「ニャー」とか僕が言ったのを聞かれていないだけまだいいかも。

「最近も米里にだけど、絡まれるようになって、喋るんだなあって思ったり」

「そ、その評価はひどくない……? さすがに」

「いやだって、一言も話さずに帰ることなんてざらじゃん北郷。そりゃそうなるよ」

 事実なのでどうしようもない。僕はバタンと腰かけていたベッドに体を倒す。

「……必要があれば話くらいはするよ」

「この無駄話も?」

「…………」

「最近、変わったな。話すなんておろか、笑うことなんてあるのかって思ってたけど」

 それだけ言うと彼は、話は終わりと背中を向けてまたスマホをいじり始めた。

 ……変わった、か……。

 サバサバした彼だからこそ、その言葉は真実味があるように思えた。


 ホテルでの夕食、大浴場でのお風呂、就寝前の自由時間を経て、先生に寝かせられる時間になった。男子高校生よろしく、女子の部屋に忍び込もうとかそういった話はチラホラと出てきていたけど、僕の部屋の人は基本危ないことはしたがらないキャラのようで、大人しく部屋でスマホゲームやウノ、トランプをして盛り上がった。……僕も参加させられたけど。三人だとつまらない、ということで。

 そして寝る時間になると、電気を消して形ばかりは布団を被る。……修学旅行で大人しく眠る奴なんて少数派なんだろう。僕がその少数派だけど。

 他の三人は暗闇のなかスマホをポチポチいじってゲームなりなんなりをしている。

 そこでボーイズトークをしないあたり、サバサバしてますねえ……。と思いつつ僕は壁を向きながら目を閉じ眠りにつこうとする。でも、僕は寝床が変わると寝つきにくい体質みたいで、なかなか眠ることができなかった。気づけば部屋を照らしていたスマホの灯りはひとつ、ふたつ、みっつと順々に消えていき、起きているのが僕だけになる。

 今何時だろ……。明日か今日かはわからないけど、次の日は一日中遊園地だ。歩き回ったりジェットコースターとかそういうアトラクションに乗りまくることになるだろうから、睡眠時間はきっちり確保しておきたい。……断ったところでどうせ乗らされるのが目に見えているからね。

 ……それにしてもなかなか寝られない。どうしよう……。

 なんてしていると、壁とベッドの間に置いたかばんがガサゴソと音を立て始めた。

 かばん……?

 ドサ、という音を一度二度ほど立てて、何やら生温かいものが布団に潜りこんできた。

「え……?」

 ま、真白……? どうかしたのか?

 ゴソゴソと布団のなかで動き回ったのち、人間と同じように頭だけ出してにゅうっと視線を僕に向ける。

「……ニャン……」

 少し切なげにお腹をさすっている真白。そのジェスチャーを見て僕は気づいた。

 ……真白、もしかしてご飯食べてない?

 多分、お昼は勝手に食べてくれているはずだからいいけど、夜はずっとかばんにいたから、食べられていないはず。それならこの反応も当然か。

 しまった、ご飯についての考えが完全に抜け落ちていた。

 どうにかしてあげたいけど猫に人間の食べ物あげるわけにはいかないし、そもそも今は飴しか持っていない。

 とりあえず水なら大丈夫だから、一度ベッドから起き上がって物音を立てないようそっとコップに水道水を注いで真白に差し出してみる。

「……ニャー」

 彼女は満足したように水をちびちびと舐めている。僕は徐々にコップの傾きを浅くしていって、真白が飲みやすいように調整してあげる。

 夜遅くに何してるんだろうな……僕。

 コップ半分くらい飲むと、真白は満腹というようにベッドにお腹を上にして横たわる。

 水でなんとかはなったけど、何か対策を考えないと……。二日目の真白はホテルで待機することになっている。遊園地に行くことがわかっているからね。一緒にジェットコースターとかそういった乗り物には乗れないし、混雑する場所ではぐれてしまったらそれこそ終わりだから、悪いけど二日目は大人しく待ってもらう。部屋に誰もいない間は人間になって飴を舐めることはできるだろうけど、ここに食べ物はない。……朝ご飯をこっそり持って帰って真白に分けるのが現実的かな。

 っていうか、布団のなかで寝ちゃったよ真白……。どうしよう……かばんに戻すのも悪いしな……。長い時間あんな狭いところにいたらストレスになるだろうし。朝ちょっとみんなより早く起きて、こっそりカバンに戻せば大丈夫かな……。

 布団のなかから出なければ安全だし、それでいいか。

 ちょうど胸のあたりにスヤスヤと寝ている真白が位置していて、ほのかな心地よさを感じることができた。そのおかげかわからないけど、ほどなくして僕も意識を落とすことに成功した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る