第23話 決着、そして王


「おぉおぉ見事にやられやがって、大丈夫かコルマー?」

「きゅぅ……」


 ダメだ、目を回して気絶してやがる。ありゃ当分目覚めないな。

 だが見てみれば切り傷の類は一切ない。イズミはかなり加減していたみたいだ。


「良い線はいっておるが……まだまだ。青い青い」


 そう言うイズミにも、切り傷は一切ない。ていうか来ている服に土埃すら付いていなかった。

 コルマのやつ、どうやら完全敗北だったらしい。


「最初から動きにぎこちなさが目立っておった。それに負い目も感じさせるような……何か隠しておるのは見え見えじゃったわい」

「あぁそうかい。やっぱコルマには厳しかったか……」

「なんとも、真っ直ぐな子じゃ」


 コルマには最初、正々堂々でも構わないと言った。

 しかしソレは布石であり、最後の一手のための作戦の一部である。

 油断を誘うように、全力では挑まない。

 別にだまし討ちとか罠にかけるとか、そこまでの事をするワケではないから大丈夫だと思ったんだが……筋金入りの真面目だわ。


「で、おぬしの方も決着はついとるようじゃの。大事は無いか、マルタよ」

「えぇ、問題はありません。足を引っ張る形になってしまいましたな」

「ふぁっふぁっ、構わんよ。倒す魔物が一体増えただけの事じゃ」


 マルタと軽口を叩く様子を見ると、イズミの体力も全く消耗していないらしい。

 刀をクルクルと回し、その切っ先を俺の方へ向けてきた。

 イヤうっそだろ、こっちはかなりシンドいんだけど。


「さて、互いに一対一じゃ。さっさと始めるとするかの」

「……」


 トサッとコルマを地面に降ろし、刀を構えるクソジジイ。

 顔はまだ優しい爺さんのソレだが、殺気は既に溢れ出ている。

 始まった瞬間、一気に攻めてくるつもりだろう。


「……チッ」


 加えてコッチは丸腰。

 用意しておいた転移魔法も使ってしまった上に、戦法も恐らく見られている。

 全力のスピードや力も把握されているのだから、マルタ相手に使った策も厳しい。

 おまけにゲージは空だ。奥義も使えない。

 イズミが奥義を使っていたのならまだ考えようがあるが、あの様子じゃコルマすら使う余裕があったのか微妙だ。

 

 あらやだ、詰んでんじゃん。

 絶対正攻法で勝てる相手じゃないし。

 こうなったらやる事は一つ。両手を上げてギブアップだ。


「参った」

「……おん?」

「降参で頼む」

「潔いのぉ……おぬしやはり人間ではないのか? 降参する魔物なんぞ聞いたことがない」


 また失礼なことを言ってくれるなコイツは。

 魔物にだって色々いんだよ。

 俺は無駄な労力はかけたくないんだ。


 しかしまぁ、イズミは納得してくれたようだ。

 構えを解いて刀を鞘に戻し、見物していたユリカ達に手を大きく振る。


「まぁワシとしては構わんがの。聖女殿、マンダは降参したぞーい!」

「あはは、マンダらしいかな……ともあれ決着。勝利チームはマルタさんとオンジチーム!」


 歓声と共に拍手が聞こえてくる。

 観戦していた兵士たちが賞賛しているようだ。

 マルタ達だけではなく、俺やコルマを労う言葉も聞こえてくる。




「とても良いモノを見させて貰った。双方、大儀であるッ!」




 と、修練場にそんな声が響いた。

 声が聞こえた方向を見ると、そこには先程見た王サマっぽい人間が立っている。

 おいおい、供もつけずに一人で前に出てるよ。


「マンダ殿、イズミ殿、跪かれよ。彼の御仁がハートレイス王だ」


 マルタの声に応じ、一同がハートレイス王に跪く。

 盟友になったんだから、こういうところもちゃんと従わないとな。

 コルマは許してくれ。床に転がしてある。


「うむ、面を上げよ。聖女殿もコチラの方へ来なさい」

「は、はいっ! 黒騎士さん、ベルンちゃんも来て」


 聖女が慌ててハートレイス王に近づき、その後ろから黒騎士とベルンがついて来る。

 流石に菓子は食ってないようだ。


「皆、よくぞこうして集まってくれた。貴殿らこそ我ら人間の希望であり、女神の象徴。どうか魔王を倒し、人間を導いてほしい!」


 ハートレイスの王の言葉を、全員が真摯に聞いている。

 これからが大仕事なんだから、気を引き締めて行かねぇとな。


「魔物アーリマン」

「んぁ?」


 ふと、ハートレイス王に名前を呼ばれた。

 見るとハートレイス王が、優しい目をして俺を見ている。

 いきなり名指しなモンだから、ついマヌケな声が出てしまった。


「魔物の身でありながら、よくぞ聖女殿の声に応じてくれた。その覚悟、人間の代表として礼を言わせてほしい」

「う、うっす……いやでも俺は無理矢理呼ばれたというか……」

「ん? そうなのかな聖女殿?」

「あ、あはは……」


 ハートレイス王がユリカを見ると、気まずそうに笑って視線を逸らすユリカがいた。

 アイツ、どんな説明したんだ?


「ふふ、それでも良かろう。今はこうして並んでいるのだからな」

「……まぁ、結果的にはそうだけどよ」

「そうであろう。そこのコルマというワーウルフ。彼女にも目覚めたらよろしく言っておいて欲しい」

「あぁ、分かった」


 俺の返事を聞いて満足そうに笑うと、ハートレイス王は近くにいる家臣たちに手で合図をした。

 応じた家臣たちは下がっていき、奥の方で何かを準備し出す。


 なんというか、思っていた奴とは違うな。

 もっと偉そうなことを言うだけ言って丸投げするようなヤツだと思ったが、それなりに聖女や盟友の事も考えているらしい。

 でなきゃ俺やコルマに対してあんな言葉は出ないだろう。


「では、遅れながら簡単な宴をしよう。今代の聖女降臨は我がハートレイス城で成された。ならばこの城で貴殿らをもてなさねばな」

「宴っ!?」


 宴という言葉を聞いて聖女が目を輝かせた。

 周りの連中も、黒騎士を除いて顔をほころばせている。

 まぁ人間の飯は美味いし、俺も楽しみだ。コルマも喜ぶだろう。


「どうだろうか、数日はここに留まって装備などの準備を整えるのは」

「い、良いんですか!? そこまで出来るならありがたいです!」


 ……ん?


「いや待てよユリカ。宴くらいならいいだろうけど、終わったら即出発だろ。この城落とされても良いのか?」


 俺の忠告を聞いて、ユリカ達が俺の方を見てくる。

 何言ってんだコイツみたいな目を向けてくるな。ちょっと考えたら分かるだろうが。


「魔物側にとって、聖女が死ねば事実上の勝利だろうが。その聖女が何処にいるのか分かっているのなら、準備が出来たら大軍勢を送ってきても可笑しくないだろ。下手すれば、またハートレイス侵攻が起きる」

「い、いやでもこれだけ盟友がそろっていれば……」

「当然、魔王軍もそのことは知ってるだろうさ。さらに強い奴を飛ばしてくるだろうよ。そうなったらこの城、耐えられるのか?」

「う、うぐぐ……」


 悔しそうにしているユリカ。

 いや気持ちは分かるけどお前のタメでもあるんだぞ?

 他の奴らも頷いてくれてるだろうが。


 あぁでも、コルマは寝ていてくれてよかった。

 耳を倒して悲しそうな顔をするアイツの顔が目に浮かぶ。

 あぁヤバい、実際に見たら揺らぎそうだ。


「し、仕方ないか……よし! 宴だけ、宴だけは問題ないよね!?」

「……あぁ、流石に大丈夫だろう。マールム・インクティオ……俺の部下たちが異形になったあの術も、本来は禁忌にされている術だ。早々に使われはしないさ」


 そう言うと、先程まで暗くなっていたユリカの顔が明るくなった。その豹変たるや小躍りでもしそうな感じだ。

 現金な奴め。


「うむ、話はまとまったようだな。では皆、宴の間に来なさい。既に準備は整っている」


 ハートレイスの王に応じ、全員が宴の間に歩き出した。

 と、俺も付いて行かないと道に迷ってしまう。


 コルマを抱え、俺は急いで皆の後を追っていった。



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