第20話 準備完了


 部屋に連れてかれ、待てと言われてしばらく経った。


「……って感じだな。分かったか?」

「はいっ、承知したであります!」


 作戦会議と準備を終え、部屋にあった道具で武器の手入れをしていた時。


「ハートレイス王がお越しになられた。貴殿ら、外に出たまえ」

「ややっ、遂に時が来たであります!」


 マルタが部屋に入ってそう言ってきた。

 時計が無いから分からないが、割と待たされたと思う。

 まぁ、そのおかげである程度準備が出来たワケだが。


「おぅ、割と遅かったな。化粧でもしてたのか?」

「一応言っておくが、王という存在は貴殿が思うより暇ではない。本日の公務をようやく終えたのだよ」

「あぁそう。ま、俺には縁のない話だな」

「ふむ、まぁ仕方のない事だろう。では、ついて来るといい」


 マルタに促されるまま、俺とコルマは部屋の外へ出ていく。

 修練場の中心では、既にイズミが剣を持って待ち構えていた。

 端の方にはユリカやベルン、黒騎士がいる。

 あとは人間の兵士にけったいな鎧を着た偉そうな連中、そしてそいつ等に囲まれている王冠を被ったおっさん。

 あれが多分王なんだろう。


「……」


 視線が合った。ボーっと見てる感じではなく、睨んでいる感じでもない。

 なんというか、俺を見極めようとしている感じの目だ。

 へん、豪勢な服を着ただけのただの人間が、俺の何を見れるってんだよ。


「……ふむ」


 ハートレイス王は小さく呟くと、俺から目を逸らした。

 もう目で見る分は十分という事だろう。

 あとは実力を示せってことか。


「両方とも頑張ってねー!」

「むぐむぐむぐ」

「……」


 なんとも能天気な感じでユリカが叫んでくる。

 ベルンはコッチを見ながら菓子を爆食い。黒騎士はだんまりでこちらを見ていた。

 なんつーか、人間側の王がいてもぶれない姿には尊敬の念すら湧いてくる。


「ん、おぉ。来たか」


 イズミは俺たちに気付くと、好々爺みたいな笑顔を向けてそう言ってきた。

 いやもうそんな顔しても本性は見たから騙されんからな?


「……」

「なんじゃなんじゃ、ぶっきらぼうな顔をしおって。安心せい、魔物でもお前さんらは味方じゃ。問答無用で叩き切ることはせんよ」


 そう言って笑ってくるイズミ。すげぇ、これほどまでに信用できない言葉は初めてだ。

 魔物の世界でもこれほど疑わしいヤツは早々いないぞ。

 キラリと光る歯が獰猛な獣を連想させて、底冷えするような恐怖すら湧いてくる。

 それくらいに怖い。


「あ、あのイズミ殿っ!」

「ん? なんじゃ娘っ子」

「コルマでありますっ!」


 注意レベルマックスな俺を横に、コルマが脇からイズミに話しかけた。

 なんだ、少しそわそわしてるな。


「イズミ殿のご高名は魔王軍にいた時からお聞きしておりました。同じ形状の剣を持つ者として、刃を交える事を光栄に思うであります!」

「おぉ、そういえばそうじゃったのぉ。この形の剣はな、刀というんじゃ。よく覚えておくんじゃよ」

「刀……刀でありますか! なんとも良い響きであります! なるほど、イズミ殿の異名も刀から来ていたのでありますね」

「ふぉっふぉっ、そういうことじゃの」


 そんな感じで会話に花を咲かせている。

あの細い剣、刀っていうのか。忘れないようにしないと。


 そういやコルマが、イズミを尊敬してるとかそんな話を部屋でしていたな。

 俺には分からん話だが、コルマにとっては重要な事なんだろう。


 ……ん?

 なんかコルマの顔が青いな。

 さっきまで楽しそうに話をしていたのに、どうしたんだ?


「……まずいであります」

「おい、どうしたコルマ?」

「……か、刀を医務室に置いて来たままでありました」

「はぇ!?」


 そう言われてコルマの後ろを見てみると、確かにいつもぶら下げている剣もとい刀がない。全然気づかなかった。

 昨日医務室では確かにあったと思うが、置いてきたのかコイツ。

 ヤバい、作戦会議とかやってる場合じゃないぞ!?


「おいおいおい、いくらなんでも緩みすぎだろ! 飯時だろうが武器を持っとくのは魔王軍でも常識だっただろうが!」

「も、申し訳ないであります! ご挨拶なのに武器を携帯しておくのはどうかと思いまして……」

「おまっ、相変わらず妙なところで真面目に考えやがって……!」

 

 だが普段のコルマなら決してしない凡ミスだ。そして原因も薄々分かっている。

 多分さっき食った飯のせいだ。

 アレのおかげで頭が幸せになったコルマは、武器の存在を完全に忘れてしまったのだろう。

 気持ちは分かるが、よりにもよって武器を忘れるとは。

 俺もどうして気付かなかったんだ……!


 どうする。このままじゃ兵士どもの武器か、最悪素手でコルマが戦わなくちゃならなくなる。

 いっそ頭を下げて待ってもらうか?

 いや、只の人間ならまだしもハートレイス王が来てんだ。少しでも待たせるのはマズイ。

 人間の王がどんな奴なのかは分からないが、短気だったらそれだけでキレられる可能性がある。

 只でさえ俺たちは魔物なんだ。初見で無礼認定とか本気で笑えんぞ。


「んぉー? 何を焦っとるんじゃ娘っ子は?」

「聞いてなかったのかイズミ。武器を置いてきたんだよこのバカは」

「いやじゃから、置いてきたのなら呼べばよかろう」


 ……は? 何言ってんだ?


「ちょっと何言ってるか分からんのだが……?」

「じゃからこう……あぁ面倒くさい。ちょっと見ておれ」


 そう言うとイズミは右手を前に出してきた。

 よくよく見るとイズミも武器を持っていない。

 何しだすんだコイツは――


「うぉっ、眩しッ!?」

「こ、この光はっ!?」


 いきなりイズミの手の辺りが鋭い光を放ってきた。

 反射で俺とコルマは目を覆ってしまう。

 

 あれ、でもなんか前に見たことがあるような……?


「ほれ、いつまで目を閉じておる。見てみんか」

「……あれ?」

「か、刀があるであります!」


 コルマの言う通り、イズミの手には先程まで無かった刀が握られていた。

 確かにさっきまでは持ってなかったハズなのに、一体どこから出したんだ……?


「ワシら盟友はな、自分の武器をどこからでも呼び出せるんじゃよ。ほれ、娘っ子も頭の中で刀を呼んでみぃ」

「ほ、本当でありますか!? むーん、こいこいこい……」


 イズミにそう言われ、コルマは目を閉じて念じ始める。

 なんとも眉唾物な話だが、実際に見せられたら信じざるを得ないな。


 ていうか思い出したぞ。確か草原でもイズミは刀を呼びだしていた。

 なるほど、草原で盟友が全員武器を持っていなかったのはこれが理由だったのか。

 確かにどこでも自分の武器を呼べるのなら、持っていても邪魔なだけだろう。

 実に理に適った行動だったワケだ。


「き、来たであります! スゴイであります!」


 そんなことを考えていると、コルマは武器を呼び出すことに成功したようだ。

 イズミの時のように鋭い光が一瞬放たれたかと思うと、コルマの手には見慣れた刀が握られている。

 ……ははぁん、こりゃなかなか便利だな。




「こほん。さて、各々準備は出来たかな?」




 話しかけられてハッと気づく。

 いかん。気を付けていたが少し待たせてしまった。

 声の方を見ると、いつの間にか兜を被ったマルタがこちらを見ている。大剣も出現済みだ。

 正直、あの完全武装の姿を見ると死んだ時を思い出すから怖い。


「あぁ、こっちも大丈夫……おっと、ユリカ! コルマに強化とやらを掛けてくれ!」

「あ、そうだった。女神の加護、即席強化ッ!」


 ユリカがそう言うと、前に伸ばしたヤツの手から光が放たれる。

 光はそのままコルマの方へ飛んでいくと、瞬く間に全身を包んでいった。


「おぉ、これは……」

「どうだコルマ、体の調子は?」

「スゴイであります。全身に力が漲ると言いますか……前よりも素早く動けそうであります」


 へぇ、実感できるくらい強化されるのか。

 今度俺にもやって……いやいや、今は目の前に集中しねぇと。


「そいつは良かった……さて、待たせてすまなかったな。コッチはもういつでも始められるぜ」


 マルタ達にそう言って、俺も鉤爪を腕に装着する。

 さて、ここまで来たら覚悟を決めないとな。


 もう逃げ道はないんだし、せいぜいイケるところまでやらせてもらおう。


「それは重畳。ではイズミ殿、私と共にこちらへ」

「ん、相分かった」


 俺の返事を聞いて満足そうな顔をしたマルタは、イズミを引き連れて移動していった。

 ちょうど、俺たちがいる場所とは対象的になる場所である。


 奴らが遠ざかっていくと同時に、俺はコルマに耳打ちする。


「コルマ、さっき話した通りだ。分かってるな?」

「は、はい! どこまでやれるか分かりませんが、精一杯お役を務めるであります!」


 よし、良い返事だ。俺も作戦通りに動かないと。

 俺はこちらを見るマルタ達に視線を合わせ、準備完了の意を伝えた。


「よし……では、無駄な挨拶も不要だな。参るッ!」

「おうよッ! 元魔王軍小隊長の力味わいやがれッ!」

「ヒャハァッ、かかってこォいッ!!」

「アーリマン小隊副隊長コルマ、参るであります!」


 地面を蹴って、瞬時に加速する。

 各々が武器を構え、相手の方へ走り出した。

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