私を喰べるきれいな生きもの

鍋島小骨

1:落ちていた

 顔のいい男を拾って飼いたいなあ、と思ったことはあった。

 もちろんそれは益体やくたいもない都合のいいファンタジーであって、実在の男にまつわる現実的なしがらみや面倒のことはついてこない、文字通りのただの、『道に落ちてる顔のいい男を拾って飼いたいなあ』だった。『五千兆円ほしい非課税で!』とか『猫吸いたい(飼ってはいない)』『すべてゆるされたい』『しにたい(何もなかったことになりたいの意)』とか、そういうやつの仲間だ。

 本気で実現を願っていたわけではない。

 そんなこと、起こるはずがないからだ。

 起こるはずのないことに向かって努力はしないし、本当の期待もしない。

 起こるはずがない。

 非現実的じゃないか。

 起こらないはずだ。



 有り得ないだろ。


 ふつう、

 顔のいい男が、

 道に落ちているということは、


 起こらないやつだろ?



 というその時点でのあらゆる感情をこめて私の口から漏れ出したのは、


「ああ……」


という一切面白味のない、小さな嘆声だった。



 道端に落ちていた顔のいい男は、緩慢に私を見上げた。

 色としては何の変哲もない、よくある焦げ茶色の瞳が、こちらを見て視線で捉えてきたというだけのことでこんなにもことに、私は心の底から驚いた。

 何がんだろう。

 目のかたちが美しい?

 眉や鼻とのバランスがきれい?

 手足がすらりと長くて頭身が高い?

 ひとの美しさとは一体なんだろう。

 いや、かたちが美しいと感じているのかどうかも、分からない。


 ただ、

 

 きれいだ。



 引き寄せられるように、それでもまだ少し離れたところに私はしゃがんでたずねる。


「あの。……救急車、呼ぶ?」


 真っ白だったからだ。青白いと言ってよかった。話は前後するがその時、氷のつぶてかと思えるくらい冷たい、どしゃ降りの雨が降っていた。


 想像してほしい。

 十歩先もかすんで見えないようなどしゃ降りの雨の夜道、大きな表通りでもない暗い裏道、その暗がりで地面に転がった男の顔がいい、とはっきり分かってしまう。

 結構ハンパなくものすごく顔のいい男だ。これ以上見ていると私は死ぬかもしれない。

 それでも助けが要るかと訊ねてしまう。

 そうさせるだけの力がその男にはあるということだった。


 多分それを魔力と呼ぶ。


 あるいは、魔性とか。






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