三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】

スズキアカネ

三森あげはは淑女になりたい

蝶のように舞い、蜂のように刺す!【1】

「お前どこ中だ!?」

「うちのシマに勝手に入ってきてんじゃねーぞ!」

「あぁん!? やんのかテメェ!!」


 ここは至って普通の町中だ。中学校があり、そばに住宅街や商店が集合している。

 だが……そこの場所だけ世紀末であった。

 ガラの悪い中学生男子たちは学ランを着崩し、なにやら牽制しあっている。しばし睨み合っていたが、数の暴力に負けると感じた相手は悔しそうに撤退していった。拳が出ていないだけマシなのであろうか。

 私はその風景を見て、うんざりした。よく見る光景だけどもう食傷気味だよ……


「あっあげは姐さん! こんちゃっす!! 代わりに奴をシメときましたんで!」

「最近の輩は礼儀がなってませんよね!」

「…そういうの、いいよ…ほんとに……」


 どこの時代からタイムスリップしてきたんだ? と尋ねたくなるような、立派なリーゼントをこさえた男子生徒がキラキラした目で、俺を褒めてくれと訴えてくる。

 あーもうホント何なんだろうねー。そういう言い方されると私が元締めみたいだから止めてほしいんだけどな…


「何をいいますか! あげは姐さんは伝説の 琥虎 ことらさんの妹さんです! 同じように崇める対象なんですよ!」

「ていうかそうしないと俺らが琥虎さん達にシメられるんで!」


 “達”って、達って何だよ。兄貴だけじゃないのか。あのヤンキーかぶれの不良軍団、また余計な事したのか…?

 私は普通に、普通の女の子として青春を謳歌したいというのに……周りが、そうはさせてくれない…!


「見てよ…あれ、三森さんじゃん」

「ヤッベ…ヤンキー集団従えてるよ…コワッ」


 …これだ…! 

 彼らに慕われると自動的に一般の生徒たちに遠巻きにされる図式!!

 小学校まではなんともなかったのに、兄貴が中学校で大暴れした結果私まで同じ目で見られるようになったんだよコノヤロー!!


「あぁ゛!? なんだテメーら! あげは姐さんになんか用か!?」

「あげは姐さん怒らせたらお前ら明日から表歩けなくなるからな!? 覚悟しとけよ!」 

「やめろぉ!」


 周りのせいで私という人格が勝手に作られて独り歩きしていく。クラスメイトも私を怖がって、声をかけるだけで悲鳴をあげられる始末だ。

 いいなと思った男の子も同様である。むしろ更に怯えられているのは気のせいではないはずだ。


 私はそんな恐ろしい存在ではない! 普通の! 甘酸っぱい青春に憧れるごく普通の女の子なんだよ!!


「卒業式はでっかいアゲハ蝶の刺繍の入った特攻服をお召しになるんですか?」

「絶対にお似合いですよ姐さん!」

「着るわけ無いだろが!」


 なんで悪目立ちしなきゃならんのだ!

 そもそも特攻服とかいつの時代の話だ! 今は何時代だ!? お前らはいつの時代に生きているのか! 

 フッと、鉄パイプを振り回しながら、車ハコ乗りして、パトカーの追跡から逃れている特攻服姿の私を想像してしまった。その瞬間一気に頭の中が冷えた。恐ろしいくらい冷静になれた。


 ──その時、一念発起したのだ。

 この生活からおさらばしようと。

 私のことを知らない人達のいる場所で再出発して、理想の青春を送ることを決めたのだ。


 私はヤンキーなんかじゃないのだ。ごく普通の、その辺にいる女の子なのだ…!



■□■



 私の名は 三森 みもりあげは16歳。華の高校1年生だ。

 突然だが、私の家族はガラが悪い。


 今でこそ仕事をちゃんとして私達家族を養ってくれている父だが、若い頃は相当やんちゃしており、警察と顔見知りになるくらい荒れていたそうだ。

 未成年の飲酒・喫煙は勿論の事、暴力・道交法違反など…人様にはそんな事言えないくらい世間にご迷惑を掛けてきたそうだ。

 父が酒を飲みといつも『あげはー! 父ちゃんはな、窃盗だけはしなかったんだ。敵対勢力同士での抗争をしていたんだぞー人に全然迷惑かけてなーい』と晴れ晴れした顔で武勇伝のごとく語るけども…全然すごくないから。

 まず警察に迷惑かけてんじゃん。それにバイクとか車の騒音できっと近隣の人はうるさかったし、不良なお父さんたちがうろつく度に一般の人はビビっていたと思う。

 胸を張れることは何一つない。


 『同じ学校のやつが他のシマの奴らにいじめられたらお礼参りに行ったもんだー』とものたまったが、父はいわゆるジャ○アンと同じで、の○太(同じ学校の生徒)を自分がいじめるのは良いが、他の奴がいじめるのは許さねぇというふざけた信念の持ち主なのだ。

 それさえなければ格好いいってなったけど自分がいじめてんじゃねぇかよと軽蔑した眼差しを送ったのは記憶に新しい。

 精々やったのはパシリと鞄持ちだって言っていたけどいじめはいじめじゃん。

 いじめられた側はいつまでも覚えてんだよ。武勇伝みたいに語るなと説教したら、父が「そんなことねぇもん」といじけて鬱陶しかった。



 続いて母は元レディースである。父と似たりよったりな過去を持つ。

 母は生家に恵まれずに非行をしたパターンで、かなり危険なことをしていたそうな。

 父は跡継ぎとか勉強とか色々なしがらみからグレた口だったので、全くの正反対の立場だった。喧嘩や暴走行為に明け暮れた日々、命さえ投げ出そうとする危なげな母を見かけて気にかけるようになっていたら、いつの間にか子供が出来てたんだってさ。どういう事だよ、最低だわ。

 その時の子が兄である。


 家族の情に飢えていた母は堕胎を拒否。ようやく自分の家族ができるんだ、自分一人でも生んで育てると断固として譲らず。

 ガチムチ祖父は責任を取れない男は許さんと父を鉄拳制裁した後、学生結婚させたそうだが学生にはそんな子供を育てる金がそうない。

 なので出世払いということでその間は祖父母が援助をしてくれたんだって。

 やんちゃだった父も子供の父親となるという自覚が生まれた。このままじゃいけないと実感したらしく、そこから勉強を真面目に取り組み、大学に進学。そして祖父の会社の後継者として就職して下っ端としてしごかれたそうな。

 そして2年遅れで生まれた私の名前は母が憧れたレディース総長の源氏名らしく、代替わりして総長になったときにその名を受け継いだそうだが……私は普通の名前が欲しかったです。

 もしもその総長の源氏名がカブトムシだったらそう付けてたんか? 子供の気持ちを考えてんのか?

 三森かぶとむしです! とか名乗る子供の気持ちを考えてみろ! カブトムシ拾ってレタスに巻いて食っちまうぞ!



 最後に兄とその友人たち。

 両親のDNAを色濃く遺伝した兄は少々目付きが悪いが、不良に憧れるミーハー女子によくモテていた。両親のいいとこ取りをしたイケメンだ。

 シュッとした輪郭に切れ長の奥二重の瞳、通った鼻筋、厚めの唇。ソフトモヒカンな髪を気分によっていろんな色に変えており、耳もピアスで穴だらけ。

 兄が私の耳にも穴を開けようとしていて、本気の兄妹喧嘩をしたのは記憶に新しい。耳たぶといえど、妹の身体を傷つけようとするとかとんでもない兄貴である。

 その友人らも粒ぞろいの不良ばかり。

 個性豊かすぎて説明するのが面倒だから以下略。

 

 もう慣れた。

 家に帰っても兄の友達がウチでたむろってるし…不良なら外でバイク転がせよと言ったら「暑いからいやだ」と帰ってきた。

 ふざけるな。軟弱者め。

 じゃあゲーセンとか寂れたバーとかに行けよ! そこで血に塗れた青春ドラマするのが不良だろうが!

 不良なのに何呑気にイカで陣地をインク塗れにするゲームしてんの? 週刊雑誌読み回して批評してるの? 今週作家急病で休載だってって何がっかりしてんだよ!

 普通の男子高生みたいなことしてんじゃねぇよ!

 不良ってさ、もっとこう…チーム同士の闘いとか陣地の取り合いとか、バイクに乗って警察を挑発したり、もっとさぁ…!


 私はガッと頭を抱えた。


「こんなんじゃ家に友達なんて連れてこれないわ!」


 私は女子校にこの春入学した。

 お淑やかな女の子に、まともな女の子になるために。


 なんだけどこいつらが、家族がそばにいるとその目標が段々遠ざかる気がする。

 だって家って身近な世界でしょ? ずっとこれを見てるとそれが常識となってしまうんだよ?

 友達との会話で噛み合わずに冷や汗をかいて誤魔化す私の気持ちがわかるか? 


 家族が嫌いなわけじゃない。大切な家族に変わりはない。私は確かに愛されて育った。家族は好きだ。だけどそれとこれは別である。

 私はただ、普通の女の子になりたいんだよ!


 あぁ神様、私をどうか淑女にしてください…


「あげはちゃん、タケがあげはちゃんの分の花丸プリン食べちゃったよ」

「おい! シッ」

「………」


 取り敢えずタケさんシメてからその後のこと考えよう。


「ねぇ琥虎、あげはちゃんは女の子らしくなりたいって言って雪花女子学園入ったけど……無理じゃないかなと俺思うんだよねー…」

「それ、あげはの前で言わねぇほうが良いぞ。痛い目見たくなかったらな」


 後ろで兄とその友人その1がなにか話しているけれど、私の耳にはしっかり入ってきている。後でシメるから首洗って待っているが良い。


「家の中であばれんじゃないよ、あげは! いつまで制服姿でいるんだい! さっさと着替えてきな!」

「だってお母さん!」

「2度目はないよっ」

「………」


 母の叱責に唇を噛みしめると私は渋々制服を着替えに自室に引っ込んだ。

 何故だ。私の友人の茉莉花 まりかはあんなにお淑やかで優しいのに、何故私はこんなにもがさつなんだ…


「私までガラが悪いのはどう考えても家族が悪い!!」


 三森あげは、目標はお淑やかなレディになること。

 好きなものは近所のケーキ屋の花丸プリン、税抜き250円である。


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